ハル
ハルさんに出会ったのは、そうやって一人で悩んで、正夢なんてものは元から無くて、自分の頭がおかしくなってしまったのかもしれないと思うようになった時期だった。
「ワタル君の持論に対して僕が疑問に思っていることは二つ。聞きたい?」
「聞かせてください」
家のそばを流れる川の土手にあるベンチに座って、ひたすら空を見ていたら、後ろから声をかけられたのだ。
「まず一つ。アヤメちゃんは本当に病気で死ぬのかな? 病院に行く人って、病気の人だけじゃないよね?」
「病気じゃないのに病院のベッドで寝る人? 例えば?」
「事故さ」
ハルさんの第一声は、こう。
君は、夢に悩んでいるんだね。
もちろん確信した。この人は、俺がどんな目にあっているのか知っている。
「じゃあ、アヤメは事故で死ぬんですか?」
「そんなことは僕にはわからない。なにせ、ワタル君から話を聞いただけなんだから」
振り返ってみると、そこにいたのは緑色のワイシャツとジーパンを身に着けた、ほっそりとした金髪男だった。
疑問はあった。
なぜ俺が悩んでいることを知っているのかとか、どうしてその原因が夢であることをわかっているのかとか。
それを問いただすとこの男は、風の噂さ、と飄々と答えるのだ。噂になんてなるはずがない。俺は誰にも話していない。
しかし、俺が話していないことこそ、そしてこの男が知る由もないことを知っていることこそ、あの夢は普通の夢ではなかったことの証明になってしまっているんじゃないか?
そしてこの男は、あの夢に少なからず関わりがあるんじゃないか?
男は感じよく笑ったあと、少し話をしないかい? と言って俺を品のいいカフェに連れて行った。
「二つ目はね、本当に今はアヤメちゃんを救えないのかってことさ」
俺がひとしきり自分の体験したことを話し終えると、ハルと名乗ったこの金髪男は、俺の話を本当のことだと完全に信じてくれた上で、彼自身の考えを話し始めたのだった。
俺は今しがたウェイトレスが運んできたコーヒーに軽く口をつけてから軽くため息をついた。
「どう考えたって、助けられるような状態ではないですよ」
「どうしてそう思う?」
「病気か事故かもわからない。病気ならどんな病気なのか、事故ならどんな事故なのか、いつそんなことになるのか。そのすべてがわからないんです。ただ、四月二十日にアヤメが死ぬ。その事実しかない。むしろその事実さえもないかもしれない。それに、俺は大学生になったばっかりのただの学生。権力も金もない。どうやって助けられるっていうんですか」
「ふむ。ワタル君の考えはこうだ。君はこの件に関して情報を得られる術がなくて、しかも自分にできることはかなり限られている。だから君はなんにもできなくて、助けられない」
「……そういうことです」
かなり癇に障る言い方だけど、否定できない。
「それなら、君の取るべき行動は一つに限られるね」
「一つに?」
「そうだよ。ただ一つさ」
ハルさんは満面の笑みを浮かべながら続ける。
「人に助けを求めることだ」
その答えを聞いてがっくりきた。もっと画期的な回答を期待していた。
「助けを求める? 正夢を見たんです、幼馴染が死にそうなんですって? そんな相談に真剣に答えてくれる人、ネットでだって見つかんないですよ」
「確かに、ネットでいくら探しても見つかんないだろうね。最高にイッてるやつだと思われること間違いなしだよ」
クスクスとおかしそうに笑うハルさん。
「けどね、ネットじゃ見つかんない相談相手ってのがあるんだよ、この世界にはね」
そう言うと胸ポケットから小さなメモ帳を取り出して、さらさらときれいな地図を描いた。それを俺の前にすっと滑らせて渡してきた。
「ここに行きな。きっと君を助けてくれる」
「どこですか、ここ?」
「さあ、行ってみないとわからないし、行ってみてもわからないかもしれない」
そのメモに描かれていたのが、小日向書店への地図だったのだ。
「ただ、行くんだったら覚悟をして行ったほうがいい。自分のすべてを賭けるほど、強固で折れることの無い覚悟をね」
ハルさんはそれだけ言うと俺の分の勘定まで払って店から出ていった。