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脳内ビブリオ  作者: 半月 諒
1章 不思議の図書館のアリス
8/10

「ゆっくり動かして」


 少しだけ足首を折り曲げる。動く。指を動かしてみる。大丈夫みたいだ。五本の指すべてがきれいに動く。


「痛くない?」


 握ったり緩めたりをひとしきり続けた後、痛くないと告げると、アリスはまたも得意げな顔をしていた。


「説明なんていらない。安全、でしょ?」

「確かにこれは説明のしようがなさそうですけど……」


 クロガネさんがぴょんと飛んで俺の座っているソファに乗っかってきた。そして前足で俺の足をちょいちょいと触る。


「大丈夫そうだな。お前は成長期でもなさそうだし、今回は“始まり”が数時間前だったからな。失敗のしようもない」

「あの、これ何が起きたんですか……?」


 クロガネさんに向かって聞いてみる。禁書、始まり、そしてあの図書館。比喩のような表現が多いし、わからないことばかりだ。

 クロガネさんは前足をなめながら言う。


「禁書の能力を使ったのさ。驚いたか?」

「そりゃ驚きましたけど……その禁書の能力ってのはなんなんです?」

「そうだなあ……この能力はな、言ってみれば、神様の仲間に与えられた力なんだ」

「神様の仲間……?」


 また比喩だろうか? それとも本当に神様がいるのか?


「実際、神様かどうかはわからん。ただ、人智を超えた何かがいて、それによって俺たちは能力を得ている。いわゆるサムシング・グレートってやつだな」


 にわかには信じられないことを言われている気がするが、しゃべる猫とか、あのありえない広さの図書館とか、無くなった足の治癒とか、信じざるを得ない出来事を経験してしまっているので、あまり突っ込む気にもなれない。それに、それぐらいのありえない事が起きてくれないと、俺の目的は達成できそうにない。

 アリスはてこてこと歩いて俺の向かいに置かれているソファに座った。クロガネさんが俺の座っているソファから降りて、アリスの膝の上にのる。


「じゃあ足が治ったところで、君がなぜここに来たのかを話してもらってもいいかな?」

 クロガネさんはアリスの膝の上にゆっくりと腰掛けて、しっぽを振りつつ俺の方を見る。そして軽く頷いて、俺に話すように促した。


「わかりました」


 そして俺は、あの日、三月二十五日から始まる、一連の出来事を話し始めた。


「それは突然やってきたんです。なんの前触れもありませんでした」



 大学の合格が決まり、何をするでもない毎日を過ごしていた頃のその日、昼間は暖かく、春が近づいてきていることが肌で感じられた。そんな快い昼とは裏腹に、夜は夏かと思うような暑さでなんとも寝つきが悪かった。

 暦の上では春でも、まだまだ寒い時期だ。扇風機などあるはずもなく、クーラーをつけるのもなんとなくはばかられ、ベッドの中でゴロゴロと動き回り、少しでも冷たい場所を探した。そんな最悪な夜は、その言葉の通り、まさに“最”悪な夜となった。

 その夜、夢に見たのだ。幼馴染のアヤメがベッドに横になっているのを。真っ白な部屋で、真っ白なベッドフレームで、真っ白なシーツと布団で、真っ白な患者服だった。多分、病院だ。昔、ひいじいちゃんのお見舞いで見た光景とよく似ていた。


 恐ろしくはっきりとした夢だった。


 ベッドの上にあった時計が四月二十日を表していたことだとか、アヤメの腕に巻きつけられたリストバンドが少しよじれているところだとか、普通じゃありえないような部分まで覚えていた。ベッドの横にある棚の上には、きれいな花束が花瓶に入った状態で置かれていて、この部屋で唯一、歪なまでに色鮮やかだった。

 それに、アヤメの肌のキメとか、まつ毛の一本一本とか、そんな細かい部分までよく見えていて、なんだか その時のアヤメはとても綺麗に見えた。


 部屋には、高くて不快になる音が響き渡っている。それを発する機械は、ベッドの真横に置いてあって、アヤメの指に導線を伸ばしていた。そして、画面にはピクリとも動かない一本線とゼロの文字。俺はただそれを、じっと見つめている。体は動かない。でも心で叫んでいた。意味を成さない、自分でもなんなのかわからない咆哮だった。


 目が覚めてからも、しばらくは動悸が収まらなかった。気持ちが悪くなるほど鮮明な映像が、頭の中で繰り返し再生される。起きた瞬間からわかっていた。それがただの夢ではないことを。

 でも、俺は正夢なんてものを簡単に信じるほど純粋な年ごろでもない。その日はやべえ夢を見ちまった、悪いことが起きることの暗示だろうか、ぐらいにしか思ってなかった。まさかアヤメが死ぬなんてことがあるはずないんだ。

 けど、それから数日の間、俺は正夢を見続けた。朝食のメニュー、テレビで流れている事故、服屋ですすめられたシャツの柄、数年ぶりにたまたま再会した旧友、そんなささいなことばかりだったが、その一つ一つが、前日の夢に出てきた。そして、俺の見ている夢は正夢なんだと訴えかけていた。それと同時に、アヤメの死を現実に引き寄せているように俺には感じられた。

 正夢は大学が始まるまで続いた。それはたった数日のことだったけれど、俺が不安と恐怖に襲われるには十分なだけの時間だった。

 大学が始まってすぐ、俺はアヤメに健康診断に行くように強く勧めた。病気か何かなら、発見できて治せるんじゃないかと考えた結果だった。

 アヤメは怪訝そうな顔をしていたが、しぶしぶといった感じで俺の言うとおりにしてくれた。

 しかし、結果を聞いて俺は驚いた。完全なまでに健康体だというのだ。

 何もなく、健康。いいことじゃないか。あーあ、なにごとも無くてよかった。これで安心して眠れる。


 ………本当にそうか?


 俺が見続けた正夢はなんだったんだ? たまたまなのか? いや、そんな偶然はないぐらいにはっきりした夢だった。じゃあ、アヤメに関するあの夢だけは正夢ではないのではないか。そうだ、あれが一連の夢と同等のものである保証はない。夢の内容が実現するタイミングが一つだけ大きくズレているし、事の重大さが他の夢の比じゃない。……けど、見たものをはっきり覚えているところや、夢の中での視界が恐ろしく明瞭なところなんかはまったく同じだ……。あれはただの夢じゃない……。それだけは確実だ。

 アヤメの病気は四月二十日に発病する。けど、その兆候は今のところない。つまり、アヤメは本当にその日に死ぬが、今の段階ではそれを回避する術がない、ということになる。


「それは、本当にそうなのかな?」

「本当にそう?」


 ハルさんに出会ったのは、そうやって一人で悩んで、正夢なんてものは元から無くて、自分の頭がおかしくなってしまったのかもしれないと思うようになった時期だった。


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