禁書
「やっておいてもらえ、少年」
横の方から急に声がした。振り向くと、開けっ放しになっているドアからクロガネさんが入ってきた。改めて、しゃべる猫がいる不思議を感じる。
「今、お前が必要としている力でお前のその足を治してくれる。どんなものか見られるいい機会だと思うぞ。」
「そうなんですか?」
アリスのほうを見ると
「そう。“禁書”の力で治す」
“禁書”……。それがアヤメを助けるのに必要な力の名前なのか……。
「それは、どんな病気でも治せる力なの?」
「説明はあと。早く治す」
「……っ! 自分の足なんてどうでもいい! ……その力があれば本当にアヤメは助かるのか知りたいんだ。急がないと……あと一週間で、アヤメは……」
間に合わなかったら、アヤメは、アヤメは……。
「そう焦るな、少年」
「焦りもします! あんたらはなんもわかってないからっ……!」
目に涙がにじんだ。我ながら恥ずかしい。
クロガネさんが俺の目を見つめながら言う。
「少年、焦る必要は無い。今は冷静になれ。状況も飲み込めてないお前には、できることなど何もない。まずは君から詳しい話を聞かせてほしい。私たちは君の置かれている状況を説明しよう。それからでも、何も遅くはないさ」
猫に諭されてしまった。
確かに、俺は何の事情も把握できていない。ここがどんな場所で、この人たちは何者で、俺が求めているものは何で、そして俺はどうやってアヤメを救うのか。
……冷静になって一度ゆっくりと状況を知っておく必要があるのも事実だ。
「アヤメには時間がないのかもしれない……確実なことは俺にも言えないけど、このままなら助からないだろうし、もし治療に時間がかかるようなものだとしたら……一刻を争っている状態なのかもしれないし……」
「心配するな。お前の足を治すぐらいの時間ならいくらでもとれる」
「本当ですか……?」
足を丸ごと治すなんて、どれだけ時間がかかったっておかしくない。時間がないんだ、俺には。
「大丈夫、すぐに治る」
「すぐ? 足をまるごと治すのに?」
「一分とかからないさ」
「一分!?」
そんなことがあり得るのだろうか? 無くなった足を治すのだって普通に考えれば信じがたいことなのに。それをたった一分で?
「禁書の力を信じてくれ」
クロガネさんの顔は真剣だった。何も嘘はついてない。それを伝えようとする強い意志が感じられた。
「……信じていいんですね?」
クロガネさんはゆっくりと頷いてくれた。
少しだけ落ち着いた気がする。
「よし、アリス、治療しちゃうぞ」
「わかった」
アリスはソファの前に正座して、クロガネさんはそれを後ろの方から見ている。
そして二人で二言三言と簡単に確認をし合っていた。
クロガネさんとアリスが話しているのを見ると、子供が猫とじゃれているようで非常に愛らしい。ああ、クロガネさんをモフりたい……
「それで、治療ってどこでやるんですか?」
「ここで。私が」
「ここで……? 何もないですけど……」
「大丈夫。心配いらない」
すると、急に真剣な顔をして、俺の足を自分のほうに引き寄せた。
「いや、痛い‼ 痛いです‼」
足の肉が完全に持っていかれているのだ。触られただけで死ぬほど痛い。
「ちょ、何するの? ねえ、何するの!?」
アリスは弱音を吐く俺には目もくれず、両手を俺の患部に乗せている。
「汝、“始まり”へと回帰せよ」
不意に彼女の手の周りに不思議な光が見えた。それが俺の残った足首から足のあったはずの空間に広がり、きらきらと光った。
幻想的な光だ。見とれてしまう……
「これはな、禁書の光って言うんだ。綺麗だろ?」
「はい……」
禁書の光。なんなんだろう、この光は……
すると突然、光はパチンとはじけて、そこに俺の足があった。
「え……?」
突然の足の復活に頭がついていかなかった。包帯もどこかに消えていた……