少女
少女がベッドに横たわっている。真っ白い部屋に、真っ白な布団をかけられて、真っ白な病衣を着せられて、無機質な人工呼吸器をつけられて、彼女は静かに眠っていた。俺はその横に立ち尽くし、ただじっと彼女にかかっている布団が、呼吸に合わせて規則的に上下するのを見ていた。
そっと彼女の顔に手を伸ばし、頬に触れる。すると、彼女の顔が、俺の手のほうにわずかに動いた気がした。その柔らかな感触を確かめるように、俺はできるだけ優しく彼女の頬を撫でた。
そして、無機質な高音が部屋中に響き渡る。
側に置かれた機械には、ゼロの表示とピクリともしない直線。
守らなきゃいけない。
何に変えても。
※
何かが額に当たっている。少し冷たくて、柔らかい。感触がとても気持ちいい。このままずっと触れていたい……
「ずっと、いっしょ」
鈴のような声がした。俺はゆっくりと目を開ける。
知らない天井だ……
「大丈夫?」
俺はその声にハッとして飛び起きる。目の前にはさっき俺に噛みついた美少女がいた。額に感じていたものは、どうやら彼女の手らしい。俺が飛び起きた反動で手が上がったままになっている。彼女は俺のことを見ると、言った。
「……泣いていた」
「えっ……」
頬に手を当ててみると、確かに濡れていた。
「あ、はは……ちょっとだけ見たくない夢を見ていたみたいだ」
夢の記憶なんて、すぐにあやふやになる。さっきまで見ていた夢も、すぐに像が曖昧になって、思い出せなくなってしまった。
「そう……」
こくんと頷くと、少女は俺の腕に自分の腕を絡めてきてって、
「ちょちょっと!? なに!?」
「寂しいときは、ギュッとする」
「いやいや、いや、いやいや」
動揺を隠せない。
「ずっと、いっしょ、だから」
「いやいやいや……だからといって知らない男の人にこんなことしちゃダメで……」
「ワタルは、特別、でしょ?」
特別って……っていうかなんで俺の名前知ってるんだ……
「でも、よかった。あんなことがあったけど、ワタル、元気そう」
あんなこと……?
そうだ、俺はさっきまで真っ白くて馬鹿でかい図書館にいて、地面に埋まって、よくわかんないけど助けられて、そして……足を失った……そうだ、足を失ったはずだ。ぱっと自分の足を見てみる。市販の包帯でぐるぐるに巻かれていた。包帯には少しだけ血がにじんでいて、正直、治療としては心もとない。足を動かそうとしてみる。すると足に激痛が走った。叫びたくなるほど痛い。
「浸食がひどい。私の免疫は、かなり、強力」
彼女はきれいな銀髪を揺らしながら話す。彼女の頭はちょうど俺の肩あたりにある。髪が光を反射して七色に輝いて見える。
「免疫? 何のことだかさっぱりだけど、本当に痛い……!」
「足がない。痛いのは当然」
「きゅ、救急車を呼んで……!」
病院で治療をしてもらわないといけない。まったくもって詳しくはないが、止血やらなにやらとやるべき治療がきっとあるはずだ。
「大丈夫。わたしが治す」
「君が……? 治すってどういうこと?」
「君、は、やめて」
「じゃあなんて呼べばいいかな?」
「アリスで、いい」
会って間もない女の子を呼び捨てか……だが、今は一刻を争う。何せ足がポロリともげているのだ。細かいことは後回しにしよう。
「じゃあアリス、治すってどういうこと?」
「そのままの意味。私が能力で、治す。完全に」
そう言うと、少しばかり自慢げに胸を張る。
「完全に? 無くなった足を? どうやって……? 生やしでもするの?」
「見てからの、お楽しみ」
「そんな不安感しか残らない治療説明はじめてだよ……」
どんな治され方をするのかわかったもんじゃない。
「早く、しよう」
「ちょっと待って、やっぱり何をするのか簡単にでいいから説明してよ」
「早く……」
「いや、説明を……」
「やっておいてもらえ、少年」
横の方から急に声がした。振り向くと、開けっ放しになっているドアからクロガネさんが入ってきた。