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脳内ビブリオ  作者: 半月 諒
1章 不思議の図書館のアリス
5/10

約束、そして受容

俺があきらめかけた、その時だった。



「適合、しよう」



 透き通るような声だった。

 自分の心臓が跳ねる音がした。

 声の主を見ようと思って、無理やり顔だけ前に向ける。

 そこにいたのは、艶やかに輝く銀髪を持つ美少女だった。

 

 透き通るような白い肌、そこにほんのりと朱が混じる頬、すっと通った鼻筋、柔らかな曲線を描き微笑みをたたえる口。ほっそりとした体にしなやかに伸びた手足。どれをとっても彼女は美しかった。

着ている真っ白なワンピースのスカートをなびかせて、ゆっくりと彼女は俺のほうへと歩く。彼女が足をつけるたび、地面からは白い植物のツタのようなものが生え、彼女の体にまとわりつこうとしていた。しかしそんなものは意に介さず彼女は歩を進める。足に付いたツタは根元から切れ、地面に落ちると溶けてなくなる。


 彼女が近づくにつれて、俺の体の沈みも遅くなっていく。“影”が、持っていた何かをゆっくりと放し、引っ張られる感覚がなくなる。

 美しいその少女の手が俺に届くほどになったとき、俺の沈みは完全に止まった。もはや顔と肩ぐらいしか外には出ていないが。


「適合しよう」


 鈴の鳴るような、心地のいい声だった。しかし、


「適合……?」


なんのことだかさっぱりわからない。


「何も、知らないの?」

「そうですね……」

「なら、どうしてここに?」

「そ、それは、本屋の中に図書館なんて不思議だったし、それに、扉を少し開けたら、なんだかわからないけど、何かに引き寄せられているような気がして……それで……」


 俺は必死に話した。けれど、うまく伝えられなかった。


「不思議なことを、言うのね」


彼女の話し方は一文字一文字が途切れているようで、なんとなく無機質に聞こえる。


「あなた、生きたい?」


 突然の質問だった。しかし、答えは決まっていた。死ぬのは嫌だ。生き延びたい。

 横から“影”が割って入って少女に向かって言う。


「でもアリスさん、そんな急に決めるなんて危険すぎではありませんか?」

「危険なのは、彼」

「大体の事柄はそうかもしれません。でも、図書館に出入りさせるんです。アリスさんにだって危険が及びます」

「わたしは、いい」


 少女は俺の顔を見つめて小さく笑う。たったそれだけで、俺は彼女に見とれてしまう。


「……そうですか。司書である私にはこれ以上反対する権限はありませんので、アリスさんに従いますけど……クロガネさんもそれでいいですか?」

「俺は端からそうしろと言っている」

「わかりました」


 そう言うと、“影”は俺のもとに来て、俺の頭を持って上に…ッて!


「イイイイタイ‼ イタイイタイイタイ‼」


 腕も腰も固定されてるから! もげる! 頭が!


「じゃあアリスさん、今回はしょうがないので、いつもとは違うところにお願いします」

「……わかった」


 少女はゆっくりと膝まづいて、俺の頬にそっと両手を添える。そして可愛らしい顔を俺の顔に近づけてきて……

 ちょっ、えっ、なにすんの!? あ、唇すげーつやつや……

 少しづつ彼女の唇が近づいてきて……

 思いっきり首を横にひねられて、首筋に噛みつかれた。がっつり。


「イイイイタイ‼ イタイイタイイタイ‼」


 歯形が付くなんてもんじゃない。人間の体の中で一番力が出るのが顎らしいが、その力を最大限に発揮されている。このままイッたら確実に肉がちぎれる! いや、ちぎれてる! 皮膚の下からどくどくと血がこぼれて、俺のシャツを染めている。

 少女は力を緩め、口を俺の首から離して座り直し、俺の目を見つめてくる。気付けば“影”はもうどこにもいない。クロガネさんもいない。


「我慢して」


 彼女の口元にはべっとりと血が付いている。口の端からすっと血の雫がこぼれ、きれいな形の頬を伝い、顎からポタリと地面に落ちる。雫は白い床に一点の赤を刺す。そしてその赤も俺がそうであったように、地面へと吸い込まれていった。


「これで最後」


 彼女は自分の左手の親指を口元に運び、歯でそれを思いきり切った。彼女の指から血が跳ねて俺の顔に当たる。彼女の顔にも跳ねて、俺の血と混ざりあう。

 彼女は俺の首筋にそっと親指をあてがう。


「汝はわれのためにあらゆる苦難も乗り越えると誓うか?」


 彼女と目が合う。彼女は目で俺に続きを促した。


「誓います」

「汝はわれと一つになることを願うか?」

「願います」


 彼女は、どことなく不安そうな顔をしていた。

 俺は精一杯の真剣な声で言った。彼女の不安な気持ちを少しでもなくそうと思って。不思議な話だ。今まさに死にそうなのは俺で、彼女はそれを助けているのに、彼女の方がよっぽど不安げだ。

そこで彼女は、はたと何かに気づいたような顔をした。そして言葉の続きを口にする。


「汝は……ずっとわたしといっしょにいてくれるか?」

 彼女はつやつやとした唇をきゅっと結んでいる。不安な気持ちはさらに強まっているようだった。

 俺は彼女の望む答えを言うしかない。そうしなければこのままわけのわからない地面に飲み込まれて死ぬから。

 だが、そんなことを考えずとも、自然と口は動いていた。


「ずっと、一緒にいます」


 彼女の顔に、パアッと音が聞こえるように笑顔が花開く。


「願いを聞き入れた。これからあなたを我が身の一部と認め、図書館への入場を許可する」


 その瞬間、自分の中の何かが変わった。細胞すべてに、焼き印を押し付けられたような感覚。そして、何ものかが俺という存在を受け入れてくれたような気持ちになる。

俺の体は地面から持ちあがった。ゆっくりと沼から引き上げられているようだ。

 よく見ると、さっきまで少女にへばりついていたツタが俺の体を引っ張り上げていた。

ああ、助かったんだ。そんなことを考えた。

 全身が浮かび上がりきって、俺は晴れて自由の身となった。

さて、いろいろなことを聞かないといけない。俺はわからないことだらけで、大変な世界に飛び込んでしまったらしい。知りたいことが山ほどある。

彼女と目が合った。


「お礼は、いい」


 そう言って少女は優しく微笑んだ。とてもきれいな笑顔だ。


「じゃあ、とりあえずさっき行けって言われてた部屋に行けばいいかな?」

 色んなことを彼女やクロガネさんに聞こう。そして俺の話もしよう。


 膝に手をかけて立ち上がろうとすると


「まって、多分、立てない」

 そう言って彼女はちょいちょいと俺の足のほうを指さした。その指に従って自分の足を見てみる。

そこに俺の足はなかった。

 足首より先がきれいになくなり、何かに噛み千切られたような傷口だけがあった。


「えっ」


 傷口からどばっと血が噴き出した。

 その瞬間、俺は意識を失った。


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