発見
死に場所を探していた。
夜分遅く、たった一人で、社会から隔絶されたような、この深い山奥の中を彷徨い歩いていると、これまでのことがふと思い出される。
思えば、常に私は厄介者扱いされていた。
学校でも職場でもそうだ。
暗い。薄気味悪い。どんくさい。要領が悪い。使えない。
それが私の評価だった。もともと激しい人見知りで、暗いとかいう印象は仕方ないと割り切っていた。だが、仕事や勉強に関しては、人一倍頑張ってきたはずだ。それなのに、何故かその努力が報われることはなかった。それこそが、要領が悪いと言われる所以なのだろう。
僅かながら庇ってくれた人もいた。しかし偽善から来るお節介の根気など、長くは続かない。自然と私の傍から人は離れていき、気付けば私は集団の中ですっかり孤立してしまっていた。
いや、もはや私は集団の中にはおらず、完全に蚊帳の外。周囲は私の存在など、最初からないものとして振舞っていた。
それでも私が職場を離れなかったのは、同僚はともかく、上司だけは私に度々話しかけてくれていたからだ。
入社当時からずっと世話になっていた上司。何かと迷惑をかけてしまうことがあったが、それでも見放さないでくれた。だから、その役に立てるようにと、少しでも仕事に精を出していた。
それなのに……。
それなのに、つい数日前、その上司からいよいよ言い渡されたのが、辞職の勧めだった。
少し疲れているみたいだから、暫く休んだほうがいいだとか、立場上の問題で遠回しな表現で言ってはいたものの、要は厄介払いがしたいだけというのは、手に取るようにわかった。これまでに何度も浴びせられた類の言葉だったからだ。
結局、この上司も、私のことは邪魔者に過ぎなかったのだ。部署の足を引っ張り、自身の出世の邪魔をする屑だったのだ。
とことんまで蔑まれ、疎まれ、それでもなんとか踏ん張ってきた挙句が、これだ。
私はもう疲れた。うんざりした。
つくづくこの世界には向いていない人間なのだと思った。誰からも必要とされていない。そんな人間など、生きている意味はない。
正直、宗教など信じてはいないが、もし輪廻というものがあるのなら、現世はもう諦め、生まれ変わって新しい人生を歩んだほうがよっぽどマシに思えた。
そこから、私の頭に死という単語が居残り、魅惑的な来世への希望に惹かれ、私は自らの命を絶つための場所を探す旅に出たのだ。
死ぬ時くらい、社会の邪魔にならないようにしたい。
そう思って、この人里離れた山の奥深くへと分け入ってきた。
「そろそろいいか」
私は一旦足を止め、周囲を見回してみた。
周りは木立と闇に囲まれている。風はなく、聞こえてくるのは電子音のような小さな虫の声だけ。ぽつぽつと不意に鳴り出すそれが、辺りの静寂さを余計に際立たせる。
手に持った懐中電灯を遠くに向けた。光が闇を薙ぎ払う。
どこまでいっても延々と、林と無造作に生い茂った雑草とで覆われている。
――と、その隅、闇を照らし出す光の輪の隅の方に、何かが見えた。
懐中電灯を動かした、そのほんの一瞬に映ったもの。それは、人の手垢さえついていない、草木や昆虫で満ち満ちた大自然の中には、あまりに不釣り合いなものだ。
不思議に思った私は、その方向を注視した。
林立する木々の間隙に見えるそれは、明らかに人工的に造られた巨大な建造物だった。
「なんだ……あれ」
思わず声が漏れる。
私の足は、まるでそれに吸い寄せられるかのように、勝手にその建造物へと進んでいた。
視線はそれに釘付けになり、足元への意識はまるでなかった。木の根に引っかかって、危うく転びそうに鳴りながらも、木々の間を縫うようにして歩く。
そして――、
「これは……」
林を抜け出た先に広がっていたのは、コンクリート製の高い壁だった。見上げてみると、三、四メートルはありそうだ。壁の表面は、その薄灰色に月明かりが反射して、虫たちの溜まり場になっている。年月のせいかひび割れているが、かといって手をかけられそうな場所はなく、とても登れそうにはない。
私は視線を左右に這わせた。
壁はずっと向こうの方にまで続いている。
こんなところに、なんでこんなものが……。
この壁の中に、いったい何があるというのか。
隠されていると覗きたくなるのが人間の性である。
私は死のうとしていたことなど、すっかり忘れ、まるで現実から乖離し、物語の中に入り込んだ気分に陥っていた。そんなものだから、気付けば私は小走りになりながら、取り敢えず壁沿いを左に進んでいた。
どこかに入り口があるに違いない。
柄にもなく興奮していた私は、途中ででこぼこした地面に足を取られながらも、構うことなくどんどんとその歩幅を広げていった。
やがて、壁は九十度に右に折れた。
私もそれに従い、右に折れる。
そして、壁伝いにずんずんと進んでいったその先に、ようやくその入り口が現れ出た。
入り口の両脇には、兎を模したようなキャラクターが、人を食らいそうなほど大口を開け、不気味なほどに満面の笑みを浮かべている。懐中電灯に照らされたそれは、ペンキが剥げてまるで亡霊のように朧げだ。
入り口は錆びてしまった幾つもの回転式のゲートが並んでいる。風が吹くたび、そのゲートが動いて、ぎいぎいと耳障りな金属音をがなり立てている。ゲートの両側には、まるで高速道路の入り口のように、人が一人入れる程度の小さなブースが配置されていた。文字がいろいろと書かれているが、こちらはすっかり潰れて読むことができない。
頭上を見上げれば、そこに朽ち果てた看板が垂れ下がっていた。
裏野ドリームランド。
アルファベット表記な上に、何箇所も欠けたりひしゃげている箇所があったが、辛うじてそう読むことができた。
なるほど。この壁の中は、廃園になった遊園地だったのか。
となると、このゲートのそばのブースには、従業員が入って、来場客にチケットを売っていたのだろう。
好景気だった頃、レジャー開発の流れに乗って、こんな辺鄙なところに建てられたものの、バブルの崩壊で一気に人が来なくなり、経営悪化で会社が倒産。撤去する費用もなく、そのままほったらかし。
きっとそんなところだ。
ゲートの手前には、立ち入り禁止の札がかかったロープが結びつけられているが、私は気にかけなかった。
こんなところに、警備員がいるわけもない。
それに、捕まったところで、どうだというのだろう。もうこの世に未練などないのだ。そんなことはどうでもよかった。
私はそれを跨いで、ゲートを押した。錆びの悲鳴に鼓膜を震わせられながらも、私は廃れた園内へと足を踏み入れた。




