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第六話 ジューク・ムッソー

 Dランク冒険者ジューク・ムッソーは、とあるパーティに助っ人として参加していた。


 冒険者たちの間では、定期的に他の冒険者とパーティを組むと生存率が上がることは常識であり、

「少なくとも一ヶ月に一度は他のパーティに入って、いろいろと新しいことを学ぼう」

 とブランフの街の冒険者ギルドでは呼びかけている。冒険者ギルドで定期的に行われる講習でも、このことは言われており、ジュークはよくこの講習に参加している。


 ジュークは講習で習ったことを実践する真面目な冒険者であった。

 ……正確には、「傍から見ると」という言葉を付け足す必要があるが。


 実際、ジュークが講習に参加しているのは、冒険者としての心構えを知りたいだとか、不足した知識を補いたいとか、そういう高尚な理由ではない。

 彼は尊敬する冒険者の話が聞きたかっただけなのだ!


 その冒険者の名は、ユチ・ガトイゴ。

 15歳の“美少女冒険者”であり、“最年少Sランク冒険者”でもある


 ユチによる講習は半年ほど前から行われているが、常に超満員であった。その結果、この半年間、新人冒険者たちの死亡率は大きく減少し、大けがをして長期休業する者も減った。さらに、冒険者たちの雰囲気、特に新人冒険者たちの雰囲気が良くなった。


 当然、ギルド側は大感謝だ。

「ユチ・ガトイゴちゃんには、本当に感謝している」

と“ブランフの街の冒険者ギルドのギルドマスター”アクセン・ビータイは満面の笑みで言う。


 そしてそれによって、ブランフの街の冒険者ギルドの人気は上がる。

 ここブランフの街には、近くに新人冒険者用の狩り場“ゴアカ・バンの森”がある。そのため以前から多くの新人冒険者が拠点にしていたが、最近では王都など他の街からブランフの街に拠点を変える新人冒険者が増えてきているのだ。


 ゴアカ・バンの森とは反対側、川を越えた場所には、高ランク冒険者の狩り場がある。ブランフの街には高ランク冒険者も一定数いるが、そのような者たちから見ても、ギルド全体の雰囲気が良くなることは歓迎すべきことだった。


 それ故、周囲からのユチへの評価は高い。

 講習の講師としてギルドから多少の賃金が出るとはいえ、Sランク冒険者の稼ぎに比べれば微々たるものであり、ボランティア精神旺盛なユチを尊敬する人はたくさんいる。


 ジュークもその一人。


 そんなジュークは講習で言われたことを実践すべく、現在とあるパーティに助っ人として入っている。そのパーティは、Dランク4人で活動していて、内訳は、剣士2人、槍使い1人、魔法使い1人だ。

 剣士2人は近接戦闘、槍使いは盾で魔法使いを守りつつ、攻撃できるのなら、攻撃する。

 よくある構成である。


 そこに魔法剣士であるジュークが、遊撃として加わる。

 ジュークは魔法も剣もDランク程度の腕前があり、Cランク冒険者に匹敵する実力を持つ。


 彼ら5人は森を歩く。新人冒険者用の狩り場“ゴアカ・バンの森”である。


 彼らは静かに歩く。

 そこに話声はない。

 会話は周囲への警戒を散漫にさせるので、何かを伝えたいのなら簡潔に短くするべきである、と講習でよく言われているからだ。


 歩いていると、彼らの前に、体長1メートルほどの少し丸みを帯びた、赤褐色のトカゲが現れた。


「アカガラトカゲだ! 行くぞっ!」


 リーダーの男は、メンバーにそう言うと、赤いトカゲに向かって走る。

 それに続いて、もう一人の剣士が走る。


 ジュークはその二人から大きくそれて走る。アカガラトカゲの脇腹を狙うつもりなのだろう。


 槍使いはゆっくり前へ。

 そして、魔法使いはウォーターランスを放った!


 高圧の水の槍は、アカガラトカゲの頭に当たり、血が流れている。しかし、軽傷である。


「固いところに当たっちゃった……」


 魔法使いは悔しそうだ。


 アカガラトカゲは怒り、口からファイアーボールを魔法使いに向かって放とうとする……が、それはジュークが放ったウィンドボールがアカガラトカゲに大きな衝撃を加えたため、失敗に終わる。


 その直後、二人の剣士がアカガラトカゲの左右の脇腹をそれぞれ、大きく斬り致命傷を与えたのだった。


 ……


 パックスと言われる箱にアカガラトカゲを入れて、再び森を歩く。

 パックスとは、入れた物の重さをほぼ0にする魔導具であり、冒険者や運送業者などの間で幅広く使われている。重さはないが体積はあるので、持つと動きが制限される。セオリー通り、パックスは魔法使いが背負っていた。


「おい……あれって……」


 最初にそう言ったのは誰だったか、そいつが指さす方向を見たときの衝撃が大きすぎて忘れてしまった、とジュークは後に語る。


 豚頭にピンク色の肌を晒した上半身。そして、下半身には毛が生えた巨体。右手には大剣を持っている。


――――――そこには、オークがいた。


「おいおい……」

「オーク……なんで?」


 狼狽えるパーティメンバー。

 それもそのはず。この“ゴアカ・バンの森”はほとんどがEランク、たまにDランクの魔物が出没するという程度であり、Cランクモンスターであるオークはいないはずなのだ!


 とはいえ、冒険者たちは冷静だった。彼らはまだ13、14の子供たちだが、それでも冒険者である。この程度のことでパニックに陥ることはない。


「逃げるぞ!」


 リーダーが皆に言う。ジュークたちはコクコクと頷いて、そそくさと逃げようとする。

 幸いオークはまだこちらに気付いていない……


「ぶおああああああ!!」


 否!

 確かに、その(・・)オークはジュークたちに気付いていなかった。しかし、その近くには別のオークがいたのだ!


「まさか! もう一体いるのかよ!」


 叫ぶジュークの視界には、最初に見つけたオークがこちらを見ていた。結局2体のオークに見つかってしまった……


 オークのダッシュは早い。

 背中を見せれば、あっという間に両断されてしまうだろう。


「戦うしかねえ! あの2体がCランク下位ならば十分勝機はある!」


 リーダーがメンバーを勇気付ける。


 その間にも、オークはこちらに走ってくる。


「うおおおおおお」

「ウィンドニードル!」


 槍使いの男が走る。

 ジュークは走りながら、風棘魔法(ウィンドニードル)を放つ。


 2人の剣士も走る。

 魔法使いは、魔導具パックスを地面に下ろし、魔力を杖に送っている。


 オークは大剣を横に持ち、顔に向けて放たれたウィンドニードルを防ぐ。


「うおおおおおお」


 槍使いはオークの腹に目がけて槍を突き出す!


 さらに、オークの背中に回り込んでいた二人の剣士が足の腱を斬る!


 だが、3人とも攻撃が浅かった。


「ぶおああああああ!!」


 オークが叫び、大剣を振り回し一回転する。

 吹き飛ばされる三人。


「ぐあっ」

「痛え」

「くそっ」


 地面を転がったリーダーのところには、別のオークがやって来る。


「リーダー!」


 叫ぶもう一人の剣士。


「大丈夫! Bランク魔法水収束砲魔法(ウォーターレーザー)!」


 杖は大量の魔力を消費した。

 魔法使いの杖から、一本の細い高圧水流が直進し、リーダーを狙っていたオークの胸を貫き吹き飛ばす。


「やった! あと、一体! みんな、勝てるよ!」

「助かった、バレッタ」


 興奮している魔法使いの少女にお礼を言うリーダー。


「よっしゃああああああ! 俺ら男も良いところ見せるぞ!」

「「「おおおおおお!!」」」


 魔法使いの魔力をほとんど使い切ってしまったとは言え、こちらは無傷の戦士が四人だ。

 それに引き替え、オークは残り一体。しかも、傷ついている。


 勝てる。

 それがここにいるDランク冒険者たちの共通した思考だった。


「「「ぶおああああああ!!!!!!」」」


 そのとき、新たに3体のオークが現れたのだ!


「――!? マジか!?」

「な……なにが……」

「さらにオークが?」

「え……」

「なんでだ?」


 合計4体のオーク。

 勝てる可能性は皆無だ。


 でも、ここにいる4人は冒険者だ。どれだけ悲惨な状況であっても死を受け入れるなんてしない。


 そもそも、オークは4体。冒険者は5人。全員が別々の方向へ走れば、誰かは生き残るだろう。

 頭の回転が速いリーダーとジュークはそのことに気付いていた。


「おい、聞け!」


 リーダーが叫ぶ。


「戦っても勝てる相手ではない! でも、逃げ切ることならできる! 俺の合図で全員が別の方向へ逃げ出すんだ!」


 剣士、槍使い、魔法使いそしてジュークの4人はリーダーの言葉に頷いた。


 彼らは全く諦めていない。状況が悪いと思うし、誰か死ぬかもしれないとみんな思っているが、自分が死ぬなんて思っていない。みんな冒険者らしい心を持っていた。


 そして、リーダーが叫んだ。


「さあ! 誰が生き残っても恨みっこなしだ! 行くぞッ!」


 最も早く動いたのはリーダーだった。後ろを向き、走り出そうとした。


 それを見た4人は、自分も決断をし、自らも走り出そうとした――


――――――しかし、そのとき大剣がリーダーの胸を正面から貫いた。


 新しくやって来たオークのうち一体が、右肩に乗せていた大剣を投げたのだ。


「「「「……は?」」」」


 4人はリーダーが貫かれた瞬間を見た。

 4人は一瞬何が起きたのか理解できなかった。


「まじ……すか……」


 と言って、口から血を流して地面に倒れたリーダー。


 オーク4体。人間4人。

 既に逃げ出すことすら不可能だ……

 魔法使いの少女は、ここでみんな死んでしまうのだと悟った。


「あはははははは。なんだこれ……」


 槍使いの少年は自嘲げに言う。その瞳からは涙がポロポロと流れ出てくる。


「あ、あ、あ、あ、ああああああああああああ!!!!!!」


 剣士の少年は、理不尽なこの世界を呪う叫びを上げた。


 そして、魔術師の少女バレッタ・ウラウディは地面にへたり込んだ。涙を流す少女の脳裏には今日まで13年間の人生が流れる。


 生まれも育ちもここブランフの街だった。

 初めて小学校で習ったウォーターボールの魔法に感動したのが魔法が好きになったきっかけだった。

 そして四年生の春。

「ウォーターランス!」

 という声の下、放たれた水槍が的を破壊したときから、魔法の勉強を積極的にやるようになった。

 だけど小学校は六年生までで、それ以降は義務教育ではないらしい。私の家はどちらかというと貧乏な部類で、進学という選択肢はなかった。

 だから冒険者になった。冒険者は魔法の訓練になるし、魔物を倒すとEXPが増えて強くなれるんだって。

 冒険者は一番下がDランクだ。力を測る際、ランク分けではEランク、Dランク、Cランク……と分かれているが、Eランクでは冒険者にはなれない。危険すぎるからね。

 私の場合、Dランク魔法のウォーターランスが使えたから、簡単に通った。

 Sランク冒険者ユチ・ガトイゴが中学を卒業して、ここブランフの街で活動し始めたのも、私と同じ時だった。そして、ユチ様の素晴らしい心を知り、私もあんな風になりたいと思った……でも結局なれなかったよ。

 お母さん、私が死んで、悲しむかな? お父さんは大号泣しそうだ。


 バレッタが人生を振り返っていたとき、槍使いは無謀にもオークに背中を向けて逃げた。そして当然のように背中を斬られて倒れた。また、剣士はさらに無謀なことに、オークたちに斬りかかった。そして当然のように殺された。


 ジューク・ムッソーは、突っ立ったまま、己のいる状況をただ眺めていた。


 胸に穴が空いて、死んでいるか、もうすぐ死ぬだろう、オーク1体と少年1人。

 そして逃げて死んだ、1人の少年。

 戦いを挑んで死んだ、1人の少年。

 地面に座り、虚構を見つめる少女。


 ああ、こんなとき尊敬するユチ・ガトイゴならばどうするのだろうか、とくだらないことを考えるジューク(じぶん)が1人。


 とはいえ、こんな状況でもジュークは諦めていなかった。もう無理だと思いながらも、あきらめが悪く、何か手はないかと必死に考える――


――――――瞬間、ジュークは、リーダーを殺したオークの首が水の刃によってはねらたのを見た。

 落下する一つの豚頭。


 そして、ジュークの左側からまばゆい光が一瞬放たれた。


「ぶおああ?」


 3体のオークたちは、その光の方を注意深く観察している。


 そのことは、ジュークのチカチカする視界の中でも分かる。


「これは……チャンスなのか?」


 ジュークは必死だった。

 この森には水刃を放つモンスターはいない。だから普通に考えたら、水刃を放ったのは人間だろう。ならば、その人間がこの状況にいる自分を助けてくれたと考えるのが普通だ。しかし、変だ。これだけ強力な水刃を放てる冒険者がこんな新人用の森にいるなんておかしい。もしかしたら、悪い人なのかもしれない。もしかしたら、新種のモンスターかもしれない。そう思って、ジュークは一人逃げ出した!


 森の中を走る少年。


 そしてその賭けは成功した。

 大剣が飛んでくることも、オークが走って追いかけてくることもなかった。


 本気で走り続け、どれだけ走ったのか、ジュークの体はぼろぼろだったが、ブランフの街に足を踏み入れることに成功した。そしてその瞬間、力尽きたのだった。




名前:ジューク・ムッソー

種族:人間

年齢:14

EXP:13

神域技能(ゴッドスキル):《EXP吸収》

究極技能(アルティメットスキル):なし

通常技能(ノーマルスキル):《魔力操作D》《風棘魔法(ウィンドニードル)D》《風槍魔法(ウィンドランス)D》《光球魔法(ライトボール)E》《基本剣術D》

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