第三話 初バトル
はっ! お腹いっぱい兎を食べた俺は、どうやら寝てしまっていたみたいだ。
『おはよう。もう朝ですよ』
真っ暗という訳ではないが辺りはかなり暗い。リースの言う通り朝なのだろう。
俺は立ち上がり、伸びをする。
……ん? 立ち上がり?
そう、俺は立っていた。リースと並んで立つと、頭がリースのへその辺りに来る。
「ぐぎゃぎゃぎゃ! ぎゃぎゃ!(昨日生まれたばかりなのに! もう立てたんだけど!?)」
『ゴブリンですからねえ……』
(ゴブリンって成長早いの?)
『はい。大体3日で成人します』
(まじか……)
流石異世界、ハツカネズミもびっくりである。
周りを見ると、ゴブリンの姿は一匹もいなかった。
あれ? 俺と一緒に生まれたゴブリン赤ちゃんズは? 俺たちの母親らしき人間を食べていた大人ゴブリンもいない。
おいおい。生後一日のゴブリンを置いていくな。育児をちゃんとしろ!
『育児はしてくれたじゃないですか? 兎肉貰いましたよね?』
(確かにまるまる一匹食べたが……まさかそれで育児終了!? まだ成人してないのに?)
『でももう自分の足で歩けるじゃないですか』
これは育児放棄だぞ。日本にいたら、訴えてやる。
『ちなみに、ゴブリンの幼児は集団で狩りに行きました。ヒデは寝ていたので置いてきぼりですね』
まじか。どうしよう?
今の俺は、服なんてなにも着ていないし、寝場所もないし、食べ物もない。つまり、衣食住のすべてがない。
『寝る場所はありますよ』
(え? どこ?)
『この洞窟です。ほら、あの辺りに毛皮がひかれています』
(あれが布団ってことか)
『はい』
寝場所があるのは、ありがたい。
あとは、衣食住で言うと、“衣”と“食”だが、“衣”は後回しでいいだろう。1人で狩りに行くか。
(だが、まずは魔法スキル《水刃魔法C》と《障壁魔法B》の使い方を知らないとな)
『そうですね。まだ、《魔力操作》と《力補助魔法C》しか教えてなかったですね』
(ああ)
『う~ん、でもあまり教えることもないような?』
(というと?)
『使おうと思えば、使えるはずなんですよ。あそこの木に向けてウォーターカッターを撃ってみて下さい』
リースは洞窟の外にある木を指さした。
「ぐぎゃぎゃ(ウォーターカッター)」
俺は右手をその木に向けて、「ウォーターカッターを使ええええええ」と心の中で叫ぶ。
すると、右手に魔力が集まり、手の平の前に水が集められていく。その水は刃となった。
水刃は、発射され、その木に一筋の傷を付けた。
『使えましたね』
「ぐぎゃ(簡単だ)」
パワーアシストも簡単に使えたし、スキルは簡単に使えるものなのかもしれない。
『《障壁魔法B》も簡単に使えると思います』
リースの言ったとおり、シールドも簡単に使えた。俺の目の前には、半透明の板が浮いている。
『形はイメージすれば、いろいろと自由に作れますよ。色も変えることが出来ます』
じゃあ……
俺は綿密にイメージする。そして、
「ぐぎゃぎゃ!(シールド!)」
体から魔力がごっそり抜き取られる感覚。
直後、俺の目の前には、女子高校生の制服を着たリースが立っていた!
「ぐぎゃぎゃ……(おお……)」
『な……!』
リースは言葉を失っている。
「ぐぎゃぎゃぎゃ(我ながら、素晴らしい完成度)」
リースはいつも剣士の格好なので、なかなか新鮮である。
『なななななな……』
そうだ! 細部までちゃんと作られているかチェックしなければ!
俺は地面に這いつくばって、下からスカートの中を見る。
おお、白と青のシマシマのパンツだ。
さまざまな角度からシールドを見る。
くっ、これを作った奴は天才か!?
『ななななななんで!』
リースがやっと言葉を発した。
「ぐぎゃ?(どうかしたか?)」
『なんで、胸だけ大きいのですか!? 他の所は何も変えていないのに!』
「ぐぎゃぎゃ(そっちのほうが見栄えが良いと思っただけだ)」
『じゃあ、わたしは見栄えが悪いんですか!? 見栄えが悪いんですか!?』
「ぐぎゃ……(そういうわけじゃないが……)」
『いえ、絶対そうです。だって、ヒデは巨乳好きなんですから!』
「ぐぎゃ(いや、別に――)』
そんなやりとりをリースとしながら、ちょっと思う。胸が大きいリースがその深青の瞳で、俺らのやり取りを見ているのってちょっとシュールじゃない?
~~1時間後~~
機嫌を悪くしたリースをなんとか宥めた俺は、森を彷徨っていた。もちろん、食料を得るためである。
俺は森を慎重に歩く。一時間程度経ったおかげで、少し魔力は回復していた。
――――――ガサガサ
あれは昨日食べた兎!
木の幹に隠れて様子を窺う。兎はこちらには気付いてないようだ。
『ホーンラビット、ランクEです。素早いですが、角以外の攻撃はたいしたことありません』
つまり、角に当たらなければいいと。
とりあえず、緑色の右手を前に突きだして、ウォーターカッター! 手の平の前に水が集まり水刃の形を成す。そして、水刃が発射される。その水刃はホーンラビットの白い毛皮に覆われた胴に当たり、血しぶきが上がる。不意打ちが決まった。
当然、ホーンラビットはこちらに気付き、血を流しながら俺の方に走ってくる。
予想以上の速さだ!
ホーンラビットは一気に加速し、その角は鈍く光る。
「ぐぎゃぎゃ!(シールド!)」
俺の前に、透明な正方形の板が現れた。
――――――ガキン!
ホーンラビットの角が、透明な壁に当たり、その体が止まる。
その瞬間が狙い目だ。シールドを消してから、
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!(パワーアシストぉ!)」
パワーアシストによって加速した俺の右足が兎の頭を捕らえた!
兎は宙に浮いて、吹き飛ばされ、兎の首はあらぬ方向に曲がった。
そして、仕留めたホーンラビットは美味しく頂いた。
初めてのバトルは圧倒的な勝利だった。
――*――*――*――
次の獲物を求めて歩く。リースは俺のやや後方でふわふわと飛びながら付いてくる。
この森には大木ばかりであり、低木がほとんどない。地面にはシダ植物やコケが生えている。そのため、視界は薄暗いが案外悪くない。
また、洞窟で寝るつもりなので、後で洞窟に戻れるように、辺りの景色を憶えながら歩く。たまに巨大なキノコがあったり、綺麗な花畑があったりするので、意外と道を覚えるのは簡単だ。
俺は息を潜めて、木々の間を通る。このくすんだ緑色の肌は自然に溶け込み、俺の気配を薄くしていく。
「ぐぎゃぐぎゃああああ!」
「ぶげぶげ!」
「ぐぐぎゃああ!」
声が聞こえた。その方向に行ってみる。
ただでさえ低い体をさらに落として慎重に移動する。
そして、2メートル以上ありそうな巨大な豚頭の化け物と、数体のゴブリンが戦っているのが見えた。
『あれは、オークです』
リースは少し緊張した面持ちで、呟いた。
50メートルほどの距離を取り、木の陰に隠れながらオークを観察する。
「ぐぎゃぎゃ」
「ぐぎゃぐぎゃ」
「ぐぎゃー」
ゴブリンたちは果敢に攻める。
一体は、オークの足にしがみつき、噛みつく。
一体は、爪を立てて、オークの背中をひっかく。
一体は……
「ぶひおおおおおおん」
オークは、足を振り、その右手に持つ大剣を振る。
足にしがみついていたゴブリンは、腹に大剣を喰らい、宙を舞った。
他の近くにいたゴブリンも、軒並みダメージを負う。
(オークはあまりダメージを受けていない?)
オークは、体は下半身にのみ茶色の毛が生えていて、上半身はピンク色の肌を晒している。その体からは血が流れているものの、たいしたダメージではないように思える。
5体のゴブリンが倒れていて、残っているのは6体のゴブリン。
ゴブリンたちは、オークに攻めかかるが、オークは次々にゴブリンを薙ぎ払う。
(オークの勝ちかな)
『オークはランクC。魔法や剣技は使えませんが、強靱な体を持ち、あの巨体からは考えられない程の加速力と持久力をもちます……』
戦うなら遠距離からの魔法戦でケリをつけるべきか? あの大剣に当たったらひとたまりもないだろう。
戦うか、一旦逃げるべきか。俺はランクBらしいのでランク上は勝っているが、あのオークの歴戦の雄という雰囲気を見ると、勝てる気がしなくなってくる。
オークは上段から大剣を降り下ろし、ゴブリンの頭をかち割る。そして、ゴブリンは全滅した。
(オーク……強いな)
『ヒデ! オークが来ます!』
リースがそう言った直後、突然オークがこっちを見て、爆速! こっちに向けて走ってきた! 速い! ホーンラビット以上の速さだ。しかも、2メートル超えの巨体である。
十分距離を取っていると思っていたが、見込みが甘かった。
俺は近くの大木の後ろにとっさに隠れる。
木に突っ込んでくれないかな、とか思うが、オークはそれほどバカではないらしい。オークは巨体を揺らしながら、回り込んで俺を狙う。
くっ。
俺は本気で逃げるが、オークの方が圧倒的に速い!
必死に逃げるが俺の脚力じゃあすぐに追いつかれる。どうすれば……
魔法だ! 魔法を使おう!
俺の使える魔法は三つ――《力補助魔法C》《水刃魔法C》《障壁魔法B》だ。
どれにしようかと、一瞬迷う。しかし、その間にもオークは迫る。俺は咄嗟の判断で選択する。
そして、俺はオークへと振り返り――
「ぐぎゃ!(《障壁魔法B》!)」
俺は、《障壁魔法B》を使った。理由は単純明快。Bランクだからという安直な理由で選択した。
ドオオオン!
直後、轟音。オークは透明な魔力障壁にぶつかっり、シールドには少しヒビが入った。よし、今のうちに逃げよう。
俺はオークに背を向けて走る。本気で走る。
しかし、そのすぐ後、
パリン!
という音が聞こえた。
俺は、嫌な予感がして振り返った。すぐに分かった。オークは大剣でシールドを叩き割ったんだ!
てか、やばいぞ。シールドが大剣で一撃で破壊されるとなると、逃げ切れるか。他の魔法も使うか?
俺はちらちらとオークを見ながら走りる。その間にどうするか考える。お? オークの足が止まった? もしかして諦めたのか?
そのとき、リースが慌てたように言った。
『ヒデ! 上です! 大ジャンプです!』
え? 上? なんで?
『早く! 《力補助魔法C》を使って!』
俺はよく分からなかったが、リースに言われた通り、《力補助魔法C》を使いながら、右足に力を込めて大ジャンプ!
ジャンプする直前、オークは大剣を投げた。
「ぐぎゃあ!(危ねえ!)」
大剣は、俺のいたところを凄まじい速度で通過した。
下を見ると、オークは、慌てて木に刺さった大剣を引っこ抜くところだ。
そして、オークは大剣を抜き、ゆっくり歩きながらこちらを見上げている。
落ちる俺を狙うつもりだろう。
「ぐぎゃああ!(てか、落ちる! リース! 落ちる! なんとかしないと!)」
俺は放物線の頂点からゆっくりと落ち始めている。地上15メートルくらいか? 重力は地球よりも少し弱い気がするが、このままだとやばい。
リースは俺の近くまで飛んできて言う。
『魔法スキル《障壁魔法》で足場を作ってください!』
俺は自分の下に透明なシールドを張る。
――――――ゴツン
痛ったい。が、一旦は助かったみたいだ。
「ぐぎゃ~(ふう)」
『まだ戦いは続いています! 集中してください』
「ぐぎゃぎゃ(これだけの高さに、オークの剣は届かない)」
完全に休戦モードの俺は、地上8メートルほどの高さの透明な障壁越しに、オークを見下ろす。
流石にオークが2メートル越え、2メートル半近いと言っても、ここまでは届かない。
オークは膝を曲げて両腕を後ろに伸ばし、口で大剣を持って構えていた。
「ぐげぎゃ(この姿勢……)」
俺は、この姿勢に見覚えがある!
そう、垂直跳びだ。これは垂直跳びの姿勢だ!
って、もしかして……
そう思った瞬間、オークは腕を大きく振って、上に跳んだ。オークの巨体が弾丸のように、迫ってくる。
やばい!
「ぐぎゃ!(ウォーターカッター!)」
俺は、空中のオークを狙って水刃を放つ。俺の持つ、唯一の遠距離技だ。
「ぶおああああああ!!」
オークは何か叫びながら、空中で行動する……ってちょっと待て!
口に咥えた剣の柄を右手で持ち剣の腹を左手で支え、その大剣を盾にして水刃を受け止めた。
そして、巨大な質量を持つオークの運動エネルギーは衰えることなく、俺に迫る!
とっさにパワーアシストを起動しつつ障壁を蹴る!
く……ほとんど踏み込めなかった。これでは3メートルすら飛べないだろう。
その瞬間、パリンという音がし、オークは下から剣を振り上げる。
障壁はオークの体当たりで割れた。その代わりオークの勢いはかなり減衰したようだが、血ぬれの大剣はオークによって振り上げられている。
やばい! これ、当たるぞ!
俺は、咄嗟に動く。
「ぐぎゃああ!!(シールドおおおおおお!!)」
足にシールドを展開し蹴る。パワーアシストを使う余裕はない。
だが、それで十分だった。
オークの剣は俺に紙一重で届かず、俺の目の前には空中で振り切ってバランスを崩したオークの姿が映っていた。
ピンチから一転、チャンスである。
「ぐぎゃ(いけっ! ウォーターカッター×2!)
両手をオークの首に向けて水刃を放つ。両手から放たれた二枚の高圧力の水刃はオークの首に当たり、血が噴き出した。
オークはそれを必死に押さえようとするが、既に致命傷である。
――――――ズドン
オークが頭から地面に落ちた。そして、動かなくなった。
『ヒデ! やりましたね!』
「ぎゃぎゃ(ああ……)」
心臓がドクドクと強く鼓動する。リースはタンポポのような笑顔で、嬉しそうだ。シールドを使って地上に降りた俺は、既に動かなくなったオークを見る。死んだか?
『オークは死んでいます。ヒデ、流石です!』
どうやら死んでいるようだ。
良かった。
なんとか、生き残った。本当に、なんとかだ。はっきり言って、俺は死んでいてもおかしくなかった。
(怖いな、俺はこんな世界で生き抜かなければいけないのか)
『そうですね』
(怖いな、リース)
『そうですね……』
でも、いくら怖くても、オークは待ってくれない。
自分を守るためには、それだけの強さが必要だ。
やっぱり強くならないとな。俺は異世界転生したが、次死んでも、またこうやって転生出来る保証はない。むしろ、今回異世界転生しているのがおかしいと思う。だから俺は、死なないように、強くならないといけない。
俺は、異世界で強くなる決意をしたのだった。
名前:宮勝秀
種族:ゴブリン
年齢:0
EXP:104
神域技能:《EXP吸収》《進化の系譜》
究極技能:なし
通常技能:《魔力操作B》《力補助魔法C》《水刃魔法C》《障壁魔法B》