第二話 リースがいた世界
試してみたが、洞窟の地面や壁をすり抜けることは出来なかった。俺は幽霊ではないみたいだ。リースの言う通り、俺はゴブリンに転生したのだろう。しかも、よくよく考えてみると俺の考えた仮説では、俺自身が赤ちゃんゴブリンになった説明ができない。
まあ、推測は外れてしまったが、ゴブリンの幽霊よりも、生きているゴブリンの方がマシだ。
「ぐぎゃ(ゴブリン転生かぁ~)」
『異世界転生でもありますよ!』
なるほど。
ゴブリン転生というと響きが悪いが、異世界転生というと心が躍る。
実際、異世界に行くラノベはいくつか読んだことがある。主人公が活躍して、美少女から好かれまくるハーレムのイメージが強い。
そのとき、不意に思い出した。銀縁のメガネをかけた冴えない男子である池増朝矢の言葉である。「異世界転移したらまずは、初手ステータスオープン安定っしょ?」
今ならその意味が分かるかもしれない。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!(ステータスオープン!)」
名前:宮勝秀
種族:ゴブリン
年齢:0
EXP:100
神域技能:《EXP吸収》《進化の系譜》
究極技能:なし
通常技能:《魔力操作B》《力補助魔法C》《水刃魔法C》《障壁魔法B》
――――――!
目の前に半透明のパネルが現れた。
本当に効果があるとは……初手安定なだけはある。定跡は強し。池増に感謝だ。
種族:ゴブリン、年齢:0
うむ。やっぱりそういうことなのか。
つまり、俺は赤ちゃんゴブリンと。
そんでもって、巨人なんていなかった。おそらく骸骨女性から俺たち10人のゴブリンは生まれたのだろう。
「ぐぎゃぎゃ(でも、ゴブリンとして生きていくとか、考えるだけでも憂鬱……)」
ゴブリンと言えば、嫌われ者でその上雑魚という、救いようもないゴミというイメージがある。
『まあまあ、案外ゴブリンも悪くないかも、ですよ? この世界は魔力で満ちているので、魔法をバンバン放てますし! あとは生前の私のように剣士になるのもいいですよ!』
リースが励ましてくれる。
魔法かぁ。そう思うと、少しやる気が出てくる気がする。
「ぐぎゃぎゃ?(魔法って、例えばどんなことができるんだ?)」
『何でもできますよ!』
(何でも? なら、俺が人間に戻ることはできるのか?)
『それって、ヒデが日本人だったときのように?』
(ああ……というか、それ以外何があるんだ?)
『いえ、気にしないで下さい。ヒデが人間に戻ることは可能ですよ』
(マジか!)
『……でも、難易度はヘル級なんです』
まあ種族を変える魔法が難しいのは当然だ。
(じゃあ、他にはどんな魔法が……空を飛ぶこととかできる?)
『はい! あまり難しい魔法ではないですよ』
(じゃあ、透視の魔法は?)
『できます』
(じゃ、じゃあ透明人間は?)
『それもできますが……』
リースはジト目で俺を睨む。
おっと、別に覗きをしようなんて考えてないからな?
「ぐぎゃぎゃ(魔法もいいけど、腹が減った)」
俺は、話題を変える。でも、腹が減ったのは本当だ。
見ると、先程の兎は既に9匹の赤ん坊ゴブリンによって食べ尽くされていた。
「ぐぎゃぎゃ!(俺の兎!)」
食べ終わった9匹は満足そうに眠っている……あ、なんか腹が立ってきた。
『見てください! あっちにアカアオ芋がありました!』
そんなリースの声を聞くと怒りが和らいだ。
テンションが高い小学生女子は素晴らしい……あ、俺ロリコンではないからな?
ただ和むというだけだ。
『わたしは永遠の17歳です! っていうか、あのアオアカ芋を見てくださいよ~』
自称年齢17歳、見た目年齢小学生のリースは、洞窟の外を指さす。そこにはいろいろな草が生えていた。
しかし、アオアカ芋? なんだ、それは? 俺はそんな芋聞いたことがないし、地球にはない植物のはずだ。
『あ、それは、この世界が私の生前に暮らしていた世界だからです!』
「ぐぎゃ!(まじか!)」
『まじです!』
「ぐぎゃぎゃ……ぐぎゃぎゃ!(勝手にヨーロッパ出身の幽霊だと思っていたが……まさか、こんな魔法が使える面白い世界に住んでいたとは!)」
てか、ずるいな。ずるい。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!!(なんで、黙ってたんだよ!!)」
『それは……ヒデがうるさくなりそうでしたし。あ、もちろん、ずっと黙っていようなんて思っていませんでしたよ? ただヒデが30くらいになるまでは黙っていようと思ってたんです』
はぁ……まじか。リースとの信用にヒビが入るわ。
『ヒデ! 許して下さい! 何でもしますから! でも、こんなことになるなら話していた方が良かったですね』
(何でもしますか……じゃあ、質問。リースは、何故この世界に来たか、分かるのか?)
『分かりませんが、運は良かったんだと思います。異世界と言っても一つじゃないんです。その中で、私がいた世界に来れたので』
(リースはここ以外の異世界に行ったことがあるのか?)
『ないですが……』
(そうか……)
なぜ転生したのかは分からないが、とりあえず死んだら終わりだ。え? 別の異世界で生き返れる? いや、その可能性もあるかもしれないが、今は死んだら終わりと思った方がいいと思う。
『私もそう思います。この世界が私が前世で住んでいた場所ですが、転生者なんて聞いたことがありませんし、ヒデが特別なんだと思います』
転生者っていないのか。なら、余計に死んだら終わりと考えた方が良さそうだ。
今、俺は赤ちゃんゴブリン。戦闘力は低いだろう。それに、腹も減っている。
『ほら! まずはアオアカ芋を掘りましょう! ほら! あそこにありますから!』
そこまで俺はハイハイ、つまり四つん這いで歩く。
『これです! これ! これを引っこ抜いてください!』
リースは一つの草を指し示す。見た目はオクラの苗のような茎がまっすぐとした草である。
……とは言ってみたものの、ほかの草との違いはよく分からない。
『他の草はアオアカ芋じゃないですよ』
「ぐぐぎゃ(う~ん、違いがよく分からない)」
『アオアカ草はニョキって感じにビヨーンビヨヨンウネッって感じです』
「ぐぎゃぎゃ(もうちょっと分かりやすく教えてよ)」
『え~! 今ので分からなかったんですか?』
「ぐぎゃ(今ので理解できる奴がいたら、逆に見てみたいレベルだろ)」
とりあえず俺は、アオアカ芋の茎を握って引っ張ろうと頑張る。
「ぐぎゃー(無理だー)」
『弱いです!』
「ぐぎゃ!(生まれたばっかなんだから仕方ないだろ!)」
赤ちゃんゴブリンである俺に引っこ抜くだけの力はない。
そうだ! なにか魔法的な何かで上手いこと出来ないだろうか?
ステータスをほとんど見ていなかったことを思い出す。
名前:宮勝秀
種族:ゴブリン
年齢:0
EXP:100
神域技能:《EXP吸収》《進化の系譜》
究極技能:なし
通常技能:《魔力操作B》《力補助魔法C》《水刃魔法C》《障壁魔法B》
ゴッドスキルなんて強そうなものがあるじゃないか! これが俗に言う、チートスキルって奴か!
『いや、そんなことはないです』
リースはきっぱりと言う。
『《EXP吸収》はこの世界のほぼすべての動物に与えられていますし、《進化の系譜》もモンスターならどんなのでも持っていますよ』
まさかのゴッドスキルのバーゲンセールである。
「ぎゃぎゃぐ?(じゃあ、EXPってのは?)」
『ヒデの持つ魂の大きさを表していて、EXPが大きいほどいろいろな技が使えます。
たいてい、EXPを多く持っているモンスターは体もEXPと同じくらい強いので、EXP=レベルとかEXP=戦闘力とかそういう風に捉えてもいいです。
ヒデはEXP100ですが、だいたいランクBくらいです。あ、えっと、ランクBっていうのは、冒険者ランクBの者と同等の実力という意味で……』
非常に説明下手なリース。
しかし、冒険者! 夢のある言葉だが、ゴブリンである俺は狩られる側なのではなかろうか。
しかもBっていうのが微妙だ。どうせ上にAとSがあるのだろう。
『確かに、AとSはありますが……』
予想通りだ。
『でも、通常のゴブリンはランクE、強い個体でもランクD程度です。だからランクBっていうのはかなり強いですよ?』
ゴブリンにしては強い、というだけの話だろう。
しかし、かなりしょぼいがEXP:100というのは転生特典なのかもしれない。
最後に通常技能に確認だ。この世界の先輩である少女に説明させる。
通常技能:《魔力操作B》《力補助魔法C》《水刃魔法C》《障壁魔法B》
『えっと、《魔力操作》は魔法を使うためには必須の技能で、魔力を感知し操作するスキルです。常時発動型なので、五感を集中してみると、いつもと違う感覚に気付くはずです』
俺は言われたようにやってみる。
目を閉じて集中!
……これは! 体全体に光るものを感じる。これが魔力か?
『うん、そうです』
魔力を動かしてみる……おお、少し動いた。
『《力補助魔法》は魔法スキルで、力強くなれ~とか思えば使えます』
魔法スキル! いいね!
アオアカ芋を引っこ抜くのに、《力補助魔法》を使ってみる。
引く力が強くなれ~、アンド、アオアカ芋の茎を引っ張る。
ズリッ!
芋が出てきた。勢い余って後ろに一回転してしまったが、しっかりとアオアカ芋が俺の右手に握られている。
アオアカ芋の根っこの土を手で払うとその異様な外見が露わになった。アオアカ芋は根元から、順に青、赤、青、赤、青と五本の縞模様がある芋だった。
見るからに危険そうな食べ物なんですけど!? 古今東西、派手な色のキノコやカエルなどは猛毒を持つって言うし。
『食べましょう!』
「ぐぎゃぎゃぎゃ!(これを食べるとか正気の沙汰じゃない!)」
『ここは地球じゃないんです! これは大丈夫です!』
リースが催促する上、俺の空腹も限界に近い。
「ぐぎゃ(毒があったら、リースのせいだからな)」
俺は意を決して、アオアカ芋にかじりついた!
しゃきしゃき、ねばねば、しゃきしゃき、ねばねば。
味がしない……そして謎の食感である……
アカアオ芋は言うなればキャベツとモロヘイヤを足し合わせたような食べ物だった。
「ぐぎゃぎゃぐぎゃ(こんな野菜じゃあ、腹はふくれない。肉食べたい……)」
俺は一人ごちる。
――――――カサカサカサ
草を踏みつぶす音が聞こえた。
さっき洞窟を出た5人の大人ゴブリンのうち一人がやって来て洞窟の中に入る。そして、角の生えた兎を9人の真ん中辺りに置いて、再び森の中に去った。
おお、ナイスタイミング! GJ、大人ゴブリン。
俺以外の9人は寝ている。これはチャンス!?
『はい! チャンスです!』
「ぐぎゃぎゃ(さっきは兎を一ミリも食べられなかったが今回は逆に俺一人で全部食ってやる!)」
『その意気です』
「ぐぎゃぐぎゃ(慎重に行くぞ!)」
抜き足差し足忍び足。俺は慎重に、赤ちゃんゴブリンの間を抜ける。
『ハイハイですけどね』
そんなリースのツッコミはスルーして四つん這いで歩く。
後ろから見ると、赤ちゃんゴブリンは別に緑色ということ以外変なところはない。
ちょっと赤ちゃんゴブリンの顔を覗き込んでみる。すると、緑色の醜悪な顔がそこにあった。
うわ、見なけりゃ良かった……スースーと呼吸するゴブリン赤ちゃんを見てちょっと可愛いかもって思った俺がバカだった。
でも俺もこの顔なんだよね……
……考えるのはやめよう。精神衛生上良くない。
「ぐぎゃぎゃ……」
うお! 隣の赤ちゃんゴブリンから声が!
でも、寝言みたいだ。起きてはいない。
そして無事に、兎の死体にたどり着いた俺。
兎からは血が流れていて、傷口からはピンク色の腸が見えている。一本の角が生えた兎の瞳には、既に光はない。
食べる?
食べない?
ここまで来たら、食べるしかないのだろうが……生っていうのはねえ。
『ゴブリンは、肉を生で食べてもお腹壊したりしませんよ』
そういう生物学的な話をしているわけじゃなくて……1人の人間として、生の兎を食べるのは気が引ける。
『ヒデはもう人間ではないです』
確かに俺はゴブリンだが、つい最近まで15年間日本人男子として平和に生きてきた。
そう、プライドがあるのだ! 日本人としてのプライドが! 日本人としての誇りを捨ててしまえば、身も心もゴブリンに成り下がってしまうだろう。体はゴブリンかもしれない。だけど心は人間のままだ。
~~1分後~~
薄暗い洞窟の中、9匹の幼児に囲まれて、俺は兎を貪り食っていた。
生の兎がこんなにおいしいなんて知らなかった。うま、めっちゃ美味い。
リースはそんな俺を見て言う。
『そうして、ヒデは身も心もゴブリンとなりました』
「ぐぎゃぎゃぎゃ!(心は人間のままだ!)」
臨機応変というやつだ。厳しい環境で生き残るためには、多少の価値観の変化は致し方ない。
……そもそもこれは、ゴブリンの体になったことによる味覚の変化であって、心の変化ではないのでは? うん、それいいね。そう考えよう。俺はゴブリンの味覚になっただけで、人間の心は変わっていない。
鋭いゴブリンの歯で兎を囓る。噛み切れないときは両手にある小さな尖爪を使って千切る。兎肉を噛みしめると血なのかな? なにか液体が染み出して、それがクセになる。腸も最高においしい。
「ぐぎゃぎゃ(お腹いっぱいで眠くなってきた)」
少し、いや、かなりきつい。お腹がはち切れそうだ。
俺は自分より大きなサイズの兎をまるまる食べきって、残ったのは兎の骨と角だけだった。
名前:宮勝秀
種族:ゴブリン
年齢:0
EXP:100
神域技能:《EXP吸収》《進化の系譜》
究極技能:なし
通常技能:《魔力操作B》《力補助魔法C》《水刃魔法C》《障壁魔法B》