222s -礼音と里音と夜空の星-
僕と双子の妹の里音が住んでいるのは、都会から少し離れた小さい町だ。小学校やショッピングモールに行くにも不便だし、家の周りも近所の家が何軒かあるだけで、あとは田畑ばかりが広がっていた。国道や線路も、家のベランダからようやく目にできるぐらいの場所にある。
そんな町で僕たちは生まれ育った。そして、12歳になる前日の冬の日、それは突然起きた。二階にある自室のベッドでゲームをしていると、不意に部屋の電気が消えた。目の前が暗闇に包まれる。
「うわっ」
僕は思わず素っ頓狂な悲鳴を上げた。突然のことに、ゲームをしていた僕の手指がまったく別のボタンに触れる。その瞬間、画面上の敵モンスターが攻撃を仕掛け、僕はあっという間に負けてしまった。
「GAME OVER」の文字が泳ぐ画面に溜息を吐きながら、僕はゲームの画面から洩れる光を頼りに、ベッドから起き上がる。部屋のドアノブに手をかけたところで、父さんと母さんの声が聞こえてきた。どうやら二人も、突然の事態に混乱しているようだ。
「あら、停電? こんな寒い時に」
「雨や雪も降ってないし、多分発電所のトラブルだろう。すぐ戻るとは思うけど、今日は十分暖かくして寝た方が良いな」
僕はドアノブを開け、廊下に出る。スマホを手に持った両親は、螺旋階段の踊り場の辺りに立っていた。手に持ったゲームの光に気付いた父さんが、僕の名前を呼びかける。
「礼音、今日はもう早めに寝ろ。すぐに停電は収まると思うが、一応布団とかは確認しとけよ。里音も――」
「里音?」
僕はゲーム機の明かりをあちこちに回した。けれど、里音の姿は見当たらない。
もしかして、まだ部屋にいるのか? そう思った僕は、里音の部屋の前へとゆっくり移動する。
「僕、一応里音の様子を見てみるよ。父さんと母さんはもう寝るの?」
「ああ、観たいテレビも無いしな。おやすみ」
おやすみなさい。僕はそう言って、里音の部屋の戸を開けた。少女漫画が並べられた本棚や、ネコのぬいぐるみが置かれたピンク色のベッド。部屋のあちこちを見回しても、里音の姿は見当たらない。すると、ベランダに通じる窓が開いており、小さな人影が立っているのが見えた。僕はベランダへ歩み寄り、妹の後ろ姿を照らし出す。黄色いパジャマを着た里音は、胸まで伸びた黒髪を揺らし、僕を振り返った。
「何だ、礼音か」
「何だ、はないだろ。急に停電したから、様子を見に来たんだよ。父さんが暖かくして早めに寝ろってさ」
うん、分かった。里音はそれだけ言うと、再び外の景色へと顔を向けた。さっきから何を見てるんだ? そう思った僕は、里音の横に立ち、彼女の先にある世界を見上げた。そこには、雲一つない夜空が広がっていた。黒色の空に、小さな星が無数に散らばっている。そのほとんどが白い星ばかりだったけど、中には青白く見えるものもあった。操作をしないまま一定時間が経ち、自動的に画面が暗くなったゲーム機を片手に、気付けば僕は夜の世界に魅了されていた。パジャマ越しに伝わる肌寒さも何だか心地良い。
「綺麗だな」
僕は、思ったことを率直に声に出す。遠くの国道から、車が走り去る音が小さく響いたかと思うと、やがて夜独特の静寂が訪れる。持ったまま静かなかすかに瞬く星々を見上げたまま、里音が唇を動かす。
「うん。今日は停電して、夜空がいつもよりはっきり見えるから」
「いつも家から見える夜空って、こんな綺麗だったっけ」
「そうだよ。礼音は気付かなかったの?」
里音がくすくすと笑い声を漏らす。僕は双子の妹の言葉に返す言葉もなく、黙って星を見上げていた。すると、里音がおもむろに夜空を指し示し、あちこちに動かしてみせた。
「あそこに見えるのが、オリオン座。オリオン座の左上にあるベテルギウスと、その左にあるプロキオン、右下にあるシリウスで冬の大三角を作ってるんだって。それで、冬の大三角を取り囲むように、六つの一等星が並んでるのを冬のダイヤモンドっていうの」
「へえ、詳しいな」
「マイちゃんに教えてもらった」
同じクラスの友達の名前を出しながら、里音は得意げに笑った。そんな妹の笑顔をちらと見つめ、あらためて純粋な夜空を眺める。僕は里音やマイちゃんほど星座に詳しくないが、プラネタリウムみたいな美しい夜空を前にしていると、自分の悩みや不満が不思議とちっぽけなものに感じられた。
すると、白い何かが夜空を勢いよく駆け抜けて行った。
流れ星? いや、違う。星というよりも、あれは……。
「――ユニコーン?」
「えっ?」
僕がそう呟くのを聞いた里音が、僕の顔を見つめた。それと同時に、里音の部屋に明かりが灯る。僕の部屋やリビング、さらに近所の家々に明かりが点く様子を前に、僕は里音に今見た光景を口にした。
「今、夜空をユニコーンが駆けて行った。見えなかったか?」
「ううん、全然……ていうか礼音、ユニコーンがいるわけないじゃん」
「そう言われても、僕は見えたんだから」
冬の肌寒さが残るベランダで、僕と里音はしばしユニコーンを見た見なかったで言い合いになった。やがてどちらからともなく吹き出し、程なく僕たち二人は互いに笑いあった。
後から知ったことだけれど、僕たちの町が停電した時間は3分42秒だった。もしかしたら、222秒だけ見えたあの夜の星空は、ユニコーンが僕たち兄妹の誕生日を祝って見せてくれたのかもしれない。
そしてユニコーンは、きっと今もあの美しい星空を駆け巡っている。僕は何故だかそんな気がした。