9・漁師の朝は早い
「起きて」
「んん?…むにゃ」
身体を揺すられ目を覚ますと辺りはまだ暗い。
なんだまだ夜中じゃないか…
そう思いまたまぶたを閉じようとすると
「おう、ボウズ!朝だぞい、いつまで寝とるんじゃ!!」
ふとんをテーブルクロスみたく盛大に引っ張られ強制的に回収される。
「おうふ!…お、おはようございます?」
時計を見ると時刻は深夜2時…
えっ?うそだろ?
じいさんを見ると悪戯が成功したかのような笑みをこぼしている。
「ほら、いくぞい。出船じゃ、はよう準備せい。」
そりゃないぜ、じいさん!
なにがなにやらわからないまま着替えをしてると、ギョッとし少年はそそくさとじいさんの後ろに隠れる。
「よしボウズ、着替え終わったら朝メシじゃ。先に居間に行っとるからのう。しっかり食べるのじゃぞ」
少年から目線を俺に移しニヤニヤと部屋を出て行く。
◇◆◇
じいさんたちの後を追い、まだ暗い道を進んでいく。
港に近づいていくにつれ港周辺がとても明るくなっている。船に到着すると、まるでソコだけが真っ昼間かと思うくらい明るかった。
「ちー坊、じーさん!おせぇぞ!」
ある船上から声が聞こえる。
その声に手を振りながら答え、じいさんは誇るようにこう言った。
「あれがワシの船、千代丸じゃ。ようこそワシの船へ、歓迎するぞい」
甲板に乗り、まずは自己紹介となる。
「今日からこの船に乗ることになったボウズじゃ、名前は…」
じいさんは俺の顔を困った顔をして覗き込みむ。
ん?と少し考え込む。
…そういや俺もじいさんたちの名前知らねぇ!?
お互い名前も知らないのに乗せるなんて豪快というかなんというか…
「えっと…俺の名前はタクローっていいます。若輩者ですがどうかよろしくお願いします」
「そうか、タクローか!これから頼むぞい」
そういうと、先ほど大声を上げてた男が呆れた顔でじいさんを見る。
「かー…じーさんは名前も知らない奴連れてきたのかよ。まあ、らしいっちゃらしいがな。俺は小川武則、みんなからはタッケって呼ばれてんだ!よろしくな!」
服を着ていてもわかる引き締まったムダのない筋肉、爽やかという言葉がピッタリの好青年、じいさんに負けず劣らず豪快そうな人だ。
「ふん、福田だ。船長からはフクと呼ばれてる。…こんな奴が漁師なんかつとまるとは到底思えないがな(ボソッ」
えっと…聞こえてますよ?
そう言ってきたフクって人はメガネをクイッとあげて睨んでくる。印象としては見るからにインテリで漁師をしていると言っても信じられない見た目。必要最低限の挨拶をするその姿はクールって感じだか俺の苦手なタイプかも…
「オラほうは外館ちゅうもんだ、よろすくな」
ニコニコと小柄なおじいちゃん、しわくちゃの顔を更にしわくちゃになる笑顔だ。なんかマイナスイオンとか出てそうな優しい雰囲気で見てるだけで癒やされる。つい最近目覚めてしまった俺の枯れ線ブームに拍車を掛けるくらい可愛いおじいちゃんだ。
しかし、地元の人なのか訛りが強い。
「そしてワシが船長じゃ!こっちが孫の八千代じゃ」
いや!じいさんの名前は!?
…って?あれ?やちよ?まるで女の子みたいじゃないか…
「あれ?…おじいさん?この少年…もしかして女の子?」
恐る恐る聞いてみる。
その瞬間…船のエンジンの音だけがこだますり、段々と少年…いや彼女の顔が見る見るウチに赤くなっていく…一気に俺の体温が下がり血の気が引いていくのがわかる。
ドッと周りからそれぞれの笑い声が溢れだし、八千代ちゃんがプルプルと震え禍々しいオーラを出しながら近づいてくる…
そのオーラはまさに鬼の孫に相応しくリトルオーガの幻影が見えてくるほどに…ヤバい…ヤバいぞ…
キッと睨みつけたと同時に放たれる平手。
あまりの恐怖で周りが急にスローモーションになり彼女の平手が俺の頬をゆっくりと打ちつける。
い…痛ぇ!鋭い痛みが ゆっくり やってくるッ!
うおああああ あああああ 周りがスローなんかじゃなく俺の恐怖という『意識』だけが鋭く『暴走』しちまってるんだ!
スパァァァァァァン!!!
俺の頬から放たれる大きな音はそのまま出船の合図となったのだった。
衝撃の事実!
なんちゃって、気づく人は気づきますよねぇ…