キティにお酒をもらいました。
ポチからだいぶ離れたところで私は壁に背をつけてはあとため息を一つはいた。
どんなに遠く離れてもポチは同じ会場内にいる。完全に視界から消すためには不自然に作られた暗い場所に行くことだが、ポチから行くなと言われているので行くのは躊躇われた。
少しでも視界にいれないようにと下を見ていると唐突にこんにちは、と声をかけられた。
顔を上げるとそこには優しげな顔立ちをした青年がそこにいた。
「日本の方、ですか?」
「は、はい。そうです」
そう私が慌てて答えると彼はふわりと微笑んだ。
「そうですか!お会いできてとても嬉しいです!」
「は、はあ」
彼は本当に嬉しそうに私に話しかける。話を聞けば、彼の名前はキティというある働き者の猫を思わせる名前を与えられ、彼もまたここへとやって来たのだが、共に飼われている人間が外国人であるためうまくコミュニケーションがとれず、今日ここで同じ日本人に初めて会えたのだという。
確かにこの中には異国の人も多くポチを囲う人の中にもそんな人はいた。……何故かポチはそんな人達とも意志疎通していたけれど。
「大変だったんですね……」
そう心から言えば、皆同じようなものですから、とキティは微笑んだ。
そう考えると私はだいぶ恵まれた方なのだろう。自分が突然我儘な人間のように思えてきた。恥ずかしい、と下を向いているとどうぞ、と彼から可愛らしいピンクの飲み物を渡された。
私はそれを素直に受けとると口をつける。甘くてとても美味しい。あっという間に飲み干してしまうとまたお代わりをもらってそれもすぐに無くなった。
落ち着いたせいかぽっと体が暖かくなってきた。
「タマさんはどんな生活を?」
「私は……同じ日本人と共に住んでいます。相手はポチと行って……あ、あそこです」
ポチのいる方を指せばその人だかりにすごいですね、と感心するような声に私は本当に、と苦笑した。
「他の方々に比べたら私全然幸せだったんですね。私には運がないんだと思っていましたけど、運が良い方だったんですね。話のわかる彼がそばにいてくれましたし。私は本当に幸運な人間です」
「……そうですか?でも、あなたは今辛そうな顔をしていますけど」
その言葉に私ははっと彼を見る。
キティは優しげな笑みを浮かべたまま言った。
「何があったか聞いてもいいですか?」
その言葉に私は気づけば今までのことを話ていた。キティに比べれば恥ずかしい程に贅沢な願い。でもキティは嫌な顔も笑ったりもせずに真剣に聞いてくれた。
話終えた後、どうしてだろうか。涙がこぼれていた。
意味がわからない。今まで辛くても泣くほどじゃなかったのに。なのに、今高ぶった感情が止められない。
そんな私の頭をキティは優しく撫でる。そうして顔を近づけて耳元で言った。
「僕はずるい男ですね」
「ずるい?」
その言葉の意味がわからなくてそう言葉を繰り返せば、ええとうなずかれた。
どういう意味ですか?と問おうとしたその時突然体がふわりと浮いた
「きゃっ」
慌ててバランスをとろうと目の前のそれにしがみつくとそれはキティの肩で、そこで初めて私は彼の腕を椅子にするように抱き上げられているのだと気づいた。
「あ、あの……?」
「こっちです」
戸惑っているうちに彼はすたすたと歩き出してしまう。そうして不自然に暗いところへと向かっていることに気づいて私は慌てる。
「あ、あの!そっちは……行っちゃいけないって」
そう言えばキティはクスリと笑いをもらした。
「そんなこと誰が言ったんですか?こちらがメインなのに」
「え?」
その言葉に私は目をぱちくりとさせる。メイン?いったいそれはどういうことなのか。
混乱している間にその中へ入ってしまう。
「えっと……」
そこに入ってから気づく。そこはいくつものベットが並べられていた。
ベットは屋根付きでカーテンで中は見えないようになっており、カーテンが空いているベットときっちりと閉められているベットがある。
それを見て私はようやくこのパーティの趣旨がわかった。
ここは婚活パーティというやつだったのだ。私達はペットであるから目的は当然交尾だろう。こうやって仕切られているのだって私達のことを考えてというよりも人前ではやらないという習性があるからと仕方なくといったところに違いない。
「あ、あの、私……!」
慌ててキティから離れようとする。が、何故か力が上手く入らない。視界もくらくらとしている。
そんな自分の体の変化に驚いているうちにそっとベットに下ろされてしまう。シャッと音がしてキティがカーテンを閉めたのだとわかった。会場の音が一切聞こえなくなる。
きっとこれは魔法だ。閉じることにより音を遮断する魔法でもかかっているのだろう。そうぼんやりとした頭で考える。おかしい。上手く思考ができない。世界がぼんやりとする。ベットに沈んでいるせいだけでなく体がふわふわする。
「僕はずるい男ですね」
キティがまた同じ言葉を繰り返した。
「一人が嫌で弱ったあなたにつけこんで、お酒まで飲ませて目的を果たそうとしているんですから」
「お酒……」
そうかあのピンクの飲み物はお酒だったのか。じゃあ今のこの私の体の状態はそれが原因か。
「それでももう一人は嫌だ……」
そう言う声は静かなのに助けてと泣き叫ぶ子供のように感じた。そうあの日ポチに喚き散らした私自身のように。
「あなたと番になれば共にいられなくとも定期的に会える。子供が生まれればその子供と共に過ごせるかもしれない。そうすればもう一人じゃなくなる」
そっと彼が私の頬に触れた。ひんやりして気持ちいはずなのにどうしてか嫌だ、と思った。
嫌、その言葉が無意識に口からこぼれていた。
嫌だ。嫌。こんなの嫌。
「ポチさんじゃなきゃ嫌ですか?」
その言葉に私は頷いていた。いつもなら素直になれないのに、お酒のせいだろう。感情が隠せない。
そう本当はポチなら良いのだ。ポチじゃなきゃ嫌なのだ。でも
「でも、彼はあなたに想いは返してくれないのでしょう?」
その言葉に私はびくりと体を震わす。彼を拒絶するために押していた手の力が緩まる。
そうだ。彼は返してくれない。一度与えられたら期待してしまう。求めてしまう。それは辛いから。そんなことになるくらいなら最初から望まない。
「僕ならあなたにそれを返せます。愛してあげます。与えてあげます。だから……」
受け入れて。
そう囁くその声に私はそっと目を閉じた。
思考が纏まらない。何が正しいのか、自分の心すらもわからない。
ふわふわする。思考も体も全部。
スカートの中に手が侵入した。優しく太股をキティが優しく撫でる。吐息が胸元に落ちて、体を震わせる。
ああ、もうこのまま……。
そう思ったその時だった。
「見つけた!!」