88 崩壊
88
夕食の後、約束通りリィナの部屋に行こうとしたら二階でマルスを見かけた。
隅っこのテーブルでカナンと熱心に話し合っている。
漏れ聞こえる内容からすると魔導具の専門的な会話みたいだ。
邪魔するのも悪いかなと思うけど、この後の予定を考えたら声を掛けるべきだろう。
「ねえ、マルス。今からリィナの部屋に行くんだけど、一緒に行く?」
「カルロ君? え、そうなの? でも、どうしてあたしに聞くのかしら? あたしは約束してないわよ?」
あれ?
リィナの身の上話になるならマルスも同席するものだとばかり思ったんだけど、声を掛けなかったのかな。
俺が首を傾げていると、マルスはあごに指を当てて考えだして、すぐに『ははあん』と不気味に微笑んだ。
おいおい。カナンが泣きそうになってるだろ。
「ごめんね、カルロ君。あたしはまだカナンとお話があるから、先に行っててくれる?」
「え? でも、呼ばれてないって」
「大事な話なら、あたしもいた方がいいしね? 邪魔はしないから、安心して」
「いや、邪魔だなんて思わないけど……」
なんだかなあ。
問い質したいところだけど、カナンとしていた話も大切な事だったみたいで、彼女が困ったような視線を俺に向けている。
邪魔をしているのは俺みたいだし、最初に考えた通り、マルスなら同席して問題はないのだ。
先に行ってればいいだろ。
「じゃあ、後で」
「ええ。楽しみにしてるわ」
楽しい話になるとは思えないんだけどな。
まあ、重い話で気づまりするぐらいならマルスが適度にちゃちゃを入れてくれた方がいいかもしれない。
リィナはもう部屋に戻っているようなので、そのまま六階に向かった。
昇降機から出るとリィナの専属メイドさんが部屋の前で控えていたので、取り次いでもらうとリビングに案内された。
リィナの部屋は殺風景だった。
基本的に部屋の備品しか置いていない。
入寮してから今日でまだ六日なのだからインテリアが揃っていないのは仕方ないだろうけど、小物のひとつも置いてない。
「まあ、それは俺もいっしょか」
部屋の使い方とか考えて、必要な物を揃えないとな。
大きな家具は備え付けの物でいいし、生活用品なんかはヴィオラが言うまでもなく用意してくれているとして。
俺個人がほしい物もある。
遺跡関連の資料とか、遺跡探索に必要になる道具や備品類なんかは厳選しないと。
特待生になって浮いた学費でシャンテたちにプレゼントしようとも考えていたし、一度は商店街を回ってみよう。
ヴィオラが言うにはテールの町とかでは見られない魔導具とかも帰るという話だし。
そんな事を考えている間にメイドさんが紅茶を用意して、退席していた。
リィナが席を外すように指示を出していたのだろう。
いくら専属メイドでも聞かせられる内容ではないからな。
しかし、いくら待ってもリィナが来ない。
紅茶を飲み切ってしまって、明日以降の予定を考えたりして時間を潰してみたけど、かれこれ三十分は経とうとしているぞ。
あの真面目なリィナが客を待たせるというのはどうなんだろう?
いや、これぐらいで腹を立てるつもりはないけど、段々と心配になってきたぞ。
実は持病持ちで、急な発作で倒れていたりとかしないよな。
「リィナー」
とりあえず、廊下の方に声を掛けてみた。
けど、返事はない。
メイドさんも姿を現わさないという事は六階から離れているのだろうか。
どうしようか迷ったけど、探しに行く事にしよう。
倒れているとはいかなくても具合が悪いのかもしれないし。
「リィナ、いないの?」
部屋をノックしながら声を掛けて回った。
こういう時、無駄に部屋が多いから困る。
とはいえ、広大な遺跡でもあるまいし、すぐに確認は終わっていくけど、返事はないままだった。
遂に最後の一部屋になってしまう。
同じ構造の部屋だがらわかるんだけど、ここは寝室のはずだ。
「リィナ? いるんでしょ?」
返事はない。
けど、気配はする。
いや、気配というかブツブツと呟く声なんだけど。
扉の下の隙間から部屋灯りと一緒に漏れているらしい。
とりあえず、苦しげな呻き声とか、聞いたら気まずくなるようなあれこれではないようなので安心した。
「リィナ!」
もう一度、今度は前より声を大きな声で呼んでみた。
しかし、返事がないのも、呟き声が止まらないのも一緒。
ダメだ。
完全に自分の世界にダイブしてしまっているようだ。
別にリィナが正気に返るまで待っていてもいいんだけど、何もない部屋でぼうっとしているのは性に合わない。
中に入って声を掛けよう。
さすがに肩を叩けば復帰してくれるだろう。
許可もなく部屋に入るのは申し訳ないけど、親友の気安さという事で勘弁してもらおう。
そうと決めたら実行だ。
再度ノックして、
「リィナ、返事してくれる? 返事がないなら勝手に入っちゃうからね」
と言い訳にならない言い訳をしつつドアを開ける。
鍵はかかっていなかったので、そっと中に入り込んだ。
部屋はやっぱり殺風景だった。
リィナの私物のバッグが部屋の隅に置かれている以外は、 備え付けのベッドとクローゼットがあるだけ。
そんな部屋の中にリィナがいた。
半裸で。
正確に描写するならパンツ一丁というべきか。
白いボクサーショーツ。
体にフィットする素材らしく、リィナの形のいいお尻に密着している。
それ以外は何も身につけていない。
びっくりするほど白い肌を惜しげもなく露出している。
あんな華奢な体でヴィンセントにクロスカウンター一発で撃沈するのだから、竜卵の強化はすごいと改めて思わされる。
で、そんな恰好で何をしているのかと思えば、手に持った洋服を睨みつけていた。
「僕がこれを着るのか? こんなヒラヒラした服なんて着た事もないぞ。しかし、確かにこれは正規の制服だ。マルスが用意してくれたのだから間違いない。だが、しかし、僕に似合うとは思えないぞ。変な目で見られたら……ぐっ、なんだ? 想像したら胸が痛くなってきた……」
部屋に入った俺に気付きもせずに呟き続けている。
おいおい、自室とはいえ不用心すぎるだろ。
抹消されたことになっている皇族だというのに警戒感がなさすぎる。
これは親友として注意を促さなくては。
そっと足音を殺して忍び寄る。
普段のリィナだったらそれでも気づいていただろうけど、背後に迫ってもまったく反応しない。
「隙ありー!」
思いっきりハグした。
脇の下から手を通して、ギュッと抱きしめてみる。
「………」
反応は、ない。
俺とリィナの時間が止まったみたいに静寂が部屋を包んでいる。
リィナは手にした洋服を取り落として、そのまま硬直してしまった。
俺としては驚いたリィナが怒って、謝りつつも待たせすぎだよと軽く責めて、それでチャラにしようという流れを考えていたんだけど……あれえ?
ハグした手をどかすタイミングも見失って、そのまま呼びかけた。
「リィナ?」
「………」
無言。
でも、反応はあった。
なんか、ぷるぷる震えている。
気のせいか白い肌も紅潮しているような……。
しまった。
激怒させてしまったか。
プライバシーの侵害を責められれば言い逃れはできない。
「えっと、その、ごめん。悪気はなかったのは信じてほしいんだけど、無理だったら怒ってくれていいよ?」
「カル、ロ……」
絞り出したような声だ。
リィナは振り向かないまま、ポンコツロボットみたいな口調で続けてくる。
「何か、いう事は、ない、のか?」
と言われても、わけがわからない。
既に謝罪はしている。
リィナの性格上、許すまで何度でも謝れとか言わないだろう。
「えっと、その服はどうしたの? 着替えるんじゃないの?」
無言。違ったか。
「あ、待たされたのは怒ってないからね?」
無言。これも違う。
「マルスは後で来るって言ってたよ」
無言。正解がまったく見えない。
「カルロ!」
「はいっ!」
業を煮やしたのか、リィナが拳をギュッと握り締めて叫んだ。
何を言われるのかドキドキしながら待つ事、更に一分近く。
掠れた声でリィナがぼそぼそと呟いた。
「……その、感想、とか、だ」
感想?
感想って何の?
洋服はよく見えなかったし、部屋のインテリアについて意見を求められているわけでもなければ、リィナにおすすめされた本とか道具だってないし、まさか夕食の献立について話題にしているわけでもないだろう。
この状況。
未知の経験。
リィナの変調。
俺が語れる所感。
そんなの、ハグしたリィナぐらいしかないじゃん。
どうしてそんな事を聞くのだろうとは思うものの、その辺りを追及していては話が進みそうもない。
そろそろリィナの震えが工事現場の掘削機みたいになってきた。
感想……。
「胸板薄いよね? いい鍛え方、教えようか?」
「ふぐうううううううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ」
リィナが泣き崩れた。
……なんで?




