表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
8/179

6 推論

 6


 夕食の後、儂は部屋でティレアさんから借りた本を読んだ。

 獣人族と精霊族の言語の辞書。

 本当は地域の風土史や郷土史の本があれば良かったのだが、そこまで専門的な物は見つからなかった。町長とかなら持っているかもしれんのう。

 ない物ねだりしても仕方ないので、知識の不足は実地で補うしかない。


 というわけで、一人で礼拝堂に忍び込んだりしておる。


 いくらなんでも無防備じゃないかと?

 鍵はもちろん掛かっていたぞ。

 だから、本を借りた時にティレアさんの部屋からそっと拝借させてもらった。本棚の方を向いている隙に、ささっとな。


 後は簡単だった。

 儂の部屋が一番礼拝堂に近い。

 窓からそっと抜け出すだけでよい。


 なので、ばれてはいかんからランタンは使えない。

 窓から入る月明かりが頼りだ。


 ちなみに、空には月がふたつ浮いておったよ。さすがは異世界だのう。赤い月と、青白い月が空に浮かんで度肝を抜かれそうになった。

 しかし、二つの月のおかげで、なんとか物も見える。

 時間の目安にもなってありがたい。

 祭壇の上に設けられた天井の窓から入る光は、今は斜めに差しているが、日付の変わる頃には真上から祭壇を照らすようになるだろう。

 それを今日の時間制限にするかのう。


 背負ったリュックを担ぎ直して、儂は祭壇へと向かった。使えそうな物を適当に入れたのだが、どれだけ役に立つのか儂もわからんが。


 まあよい。考察を始めようか。


「疑問点、その一。何故、ここは『礼拝堂』なのか?」


 普通、こういった宗教施設の中心は『聖堂』と呼ばれる。

 礼拝堂というのはサブとしての祭壇としての呼び名だ。

 なら、この『エタニモ礼拝堂』のメインである聖堂はどこにあるのか?


 もちろん、これには例外がある。

 前世でも宗派によって呼び名が違ったし、個人所有のチャペルという例もあるし、そもそもがキリスト教の区分の話なのだ。

 それ以前に、大前提としてこの世界では普通の事なのかもしれなかった。


 だが、調べてみれば『聖堂』と『礼拝堂』の区分は、概ね儂の考え通りであった。

 メインの『聖堂』。サブの『礼拝堂』。

 こちらでもそのような認識であっているらしい。


 そして、この『礼拝堂』という名前の出所も、後に竜人族が付けたものではない。

 獣人語で『礼拝堂』と台座に明記されている。ご神体の像は運び出されたが、台座は昔のままだから間違いあるまい。

 この遺跡が現役の頃からここは『礼拝堂』だったのだ。


 ならば、『聖堂』も近くにあるはずではないか。

 しかし、この近辺で他に遺跡は見つかっていない。


「調査隊は壊れてなくなったと考えたようだが」


 その可能性は十分にあり得る。

 魔法の力を使っても、永劫不滅なんて有り得ないのだ。

 長い歴史の中で奪われ、壊され、廃れる運命からは逃れられまい。


 だが、儂は礼拝堂の絵が気にかかった。

 あれ程に手間暇と労力が注ぎ込まれた絵が礼拝堂に飾られているなら、聖堂にはそれ以上に力を注がれねばならない。

 なのに、痕跡も残らずに消えるのは変だ。

 礼拝堂が無事なら、聖堂も残っているだろう。それなのに、より注力されたはずの聖堂だけが何故なくなる。


 無論、だからこそメインの聖堂は念入りに破壊されたり、略奪の憂き目にあったかもしれんが、どちらにしても礼拝堂だけが見逃されるというのもなあ。

 うまく隠した? それなら聖堂の方は隠さんかという話じゃろう。


 そんな疑惑を持って観察してみると、次の疑問が出てきた。


「疑問点、その二。絵の内容がふさわしくない」


 壁と天井を使った森林の絵。

 確かにすばらしい絵画だ。

 種族の隔たりなく感情を揺り動かされるだろう。

 なるほど、礼拝堂に飾られるにふさわしい作品じゃ。


 だが、その中にあるべきものがない。


「獣人族なら神獣か、自分たちの種族の動物が入っているはずじゃないのか?」


 調べたところ、獣人族の信仰は神獣に向けられ、その次が自分たちの祖先だ。

 そして、こういった宗教施設からは、絵や像が多数見つかっておる。偶像崇拝を禁じていないらしい。

 犬系の獣人なら犬が。猫系の獣人なら猫が。何かしらかの形で現れる。


 だが、この絵画の中にはどこにもない。

 森という場所は獣人族にとっても馴染みのある環境だろうが、メインは樹木ではない。そこに住まう生物だ。

 というのに、不自然な程にいない。

 むしろ、排除されていると言った方が正しい。


 今はなくなった神獣像がそうだと思うかもしれないが、ティレアさん曰く『大した価値はなかった』らしい。

 最も崇拝が向けられるべき神獣像の価値が低く、動物のいない森の絵の方に力が入っている状況。


「嘘があるんだろうな」


 エタニモ礼拝堂は何かを隠している。

 まあ、推論を重ねているので、このまま主張するのは難しいだろうのう。学会で発表して笑われるだけなら良い方で、悪ければボケたかと心配されかねん。


「もう少し資料があれば裏づけも取れるかもしれないけど、あてがないんだよなあ」


 風土史とか郷土史がなく、獣人族がいない今では口伝も期待できない。探索チームか学習院には文献があるのだろうか?

 気になるが、読めないのなら諦めよう。

 なので、今は推論を続ける。

 まあ、趣味みたいなものだ。

 どこかに秘密が隠れていると想像して楽しんでいるだけよ。


「疑問点、その三。この絵は本当に獣人族が描いたのか?」


 何度も言うが、この絵はかなり精緻に描かれている。

 写真に近いレベルの技術だ。


 獣人族は高い身体能力と強靭な生命力を誇りとして、生活も戦いも文化もその身ひとつで当たるのを良しとする種族らしい。

 獣化という特殊な能力を持っているそうだが、それも自らの血に眠る獣の力を解放するというもの。

 青柳君流にいえば、脳筋という奴なのだろうのう。あの子もよく言っておった。なんだったか、そう、『おバカな子ってかわいいですよねえ、調教したくなりますよねえ』と。

 と、脱線してもうた。青柳君の趣味嗜好は関係ない。


 獣人族は器用さではなく、力強さを身上としておる点に注目したい。


 つまり、獣人族が描いたとは思えないのだ。

 もちろん、これも例外がいるだろうから否定の根拠するには弱いのだが、先にも言った通り、描かれている内容からも考えられた。


「竜人族は……どうかな」


 この辺りを獣人族が支配していた頃は、まだ竜卵の力を持っていない。

 ただの人がこれ程の絵を完成させられる……わけないな。

 天才がどうとかいうレベルではないわい。前世の現代技術を持っても、機械の力なくては無理だろう。


「となると、魔族か、精霊族か」


 まあ、おそらく後者だろう。

 ティレアさんがちらっと言っておった。ここを支配していた獣人族は、精霊族も従えていた、と。

 精霊族の持つ魔法の力で描かれた。いや、『描かされた』可能性は高そうだ。

 この点ももう少し調べたいな。精霊族の魔法について詳しくないので、推論とさえ呼べないレベルになってしまう。


 じゃが、大きく外れてはいないと思うんだがのう。

 推論ばかりだが、仮説が思い浮かぶのじゃ。


 聖堂と礼拝堂。

 森ばかりの絵画。

 崇拝の対象の重き。

 従属していた精霊族。


「隠れキリシタンのようなものかのう」


 獣人族に支配されていた精霊族が、改宗を強要されて建築した礼拝堂。

 だが、彼らは表向きは服従したように見せて、心までは屈服していなかった。

 いつかの反逆のため、心の拠り所である聖堂を隠すイミテーション。

 すばらしい絵を飾る事で礼拝堂の価値を上げて、一見すると神獣信仰に乗り換えたように装いつつも、彼らだけの聖堂を隠していたのではないだろうか。


 つまり、この礼拝堂のどこかに、精霊族の聖堂へ繋がる秘密のルートがある。


「と面白いんだけどなあ」


 空想の類よなあ。

 魔法という要素があるとわかって色々と加味したのだが、空想や妄想と変わらんかのう。

 冒険という言葉に心が躍ったせい、という事にしておくか。


 どちらにしろ、この程度の推察なら調査隊もしただろうし、本気にしたかどうかは別として、探しもしたはずだ。

 しかし、見つけられなかった。


「だから、ないとは言えない俺は諦めが悪いなあ」


 どうしても自分で調べたくなってしまうのじゃ。

 さあて、調査の時間と行きますかのう。

一話で調査まで終わらせるつもりが、終わりませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ