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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
7/179

5 礼拝堂

 5


「ふーむ。これはなかなか」


 軽いランニングを終えて、儂はその場で何度かジャンプしてみる。

 実に体が軽い。

 まるで、外せないはずの手足の重りがなくなったようだ。


 何をしているかと言えば、身体能力の確認だ。

 朝の家事や手伝いを素早く済ませて、儂は自由時間を確保した。

 伊達に七十年も独身を貫いておらん!

 いや、別にそれだけじゃないんだぞ? 世界各地で色んな経験をしているのだ。十歳の子供のできる事なんて簡単なのだよ。


 いつもの半分の時間で終われば、まだお昼まで三時間はある。

 アリア姉が『カルロが家事の才能に目覚めた!』なんて騒いでおったが、違うのだよ。できない人が、人並みにできただけだから。

 まあ、それは放っておこう。


 閑話休題。

 今の儂に何ができて、できないのか知りたかったのだ。

 というわけで、前世で老いても動けるようにと続けていた運動と同じ内容を試してみたのだが、筋トレにしても、ランニングにしても、柔軟にしても、比べ物にならん。


「生まれ変わったのがよくわかるのう」


 おっと、嬉しすぎて素が出てしもうた。

 一人だからと油断しては、どんな失態をしでかすか知れたものじゃない。


 だが、嬉しいのは隠せん。

 息は上がらないし、関節も痛まんし、何より運動をして気持ちいいと思えたのはいつ以来だろうか?

 クールダウンのための柔軟運動を続けながら再確認する。


 儂、若さを堪能。


 未成熟な子供とはいっても、七十歳の体と比べれば高性能だ。

 本来なら体の上手い使い方もわかっていないかもしれんが、そこは儂の経験がある。

 これなら昨日の町の悪がきにも後れを取らんだろう。


 柔軟運動を終えると、服で汗をぬぐってからゆっくりと歩き出す。

 なんというか、まだまだ動き足りない感じだ。じっとしておれん。

 行く当てはないが、適当に歩いて気持ちをなだめるかの。


 時間を無駄にするのももったいないので、シャンテの手伝いでもしようかと考えつつ歩いていると、自然と目が礼拝堂に向かっていた。


「これも遺跡だったか」


 既に十分な調査を終えて、危険もなければ、得られる物もないと判断された、枯れた遺跡。


 生まれ変わってからまだ入っていなかった。

 カルロは興味がなかったようで、巡廻授業の時か、掃除の時でもないと入らなかったようだが、儂は気になる。

 とっても気になる。


 覗いてみると、中には誰もいなかった。

 掃除当番はティレアさんとロミオ兄だったが、もう終わったのだろう。


 足を踏み入れて観察してみる。

 入ってはいかんと言われておらんから、問題あるまい。


 高さは十メートル強。幅は十もないな。八メートル前後。奥行きは二十メートル、といったところか?

 床は均一のサイズのタイル……じゃないのう。これは石を磨いて、切ったように見えるが、古い時代にそんな事が……いや、魔法がある世界だ。不可能ではないのかもしれん。ともあれ、黒と白が交互に並ぶ様からは高い技術力が見える。

 左右の壁面には二列ずつのベンチが並んでいるが、これは最近になって持ち込まれた木製のベンチだのう。

 窓が少ない上に小さいので、外観はレンガ造りの倉庫にも見えたが、内部はがらりと変わる。


「おおぅ、これは……」


 既に知っていたはずなのに、思わず声が漏れてしまい、そのまま絶句する。

 壁面と天井いっぱいに絵が描かれているのだ。


 それは森だった。

 人の手の入っていない原生林。

 森林の内側から見た全周囲が描き出されている。

 当然、多いのは樹木。

 しかし、それだけではない。

 樹木だけでもいくつかの種類があるし、大小の違いから、傾いた物や歪に幹をうねらせた物まで多彩だった。

 その間にも蔦が伸び、苔がむし、洞が空き、実に生々しい。

 奥行きのある構図のおかげで、木々の隙間から覗く向こう側まで把握できるが、そこにあるのもまた樹木。

 鬱蒼と生い茂る植生は圧倒的で、圧迫感があった。

 あるいは、木々の牢獄とさえ思える程に。


 何故かと考えて気づく。

 この森には動物がいない。

 よく調べねばわからんが、鳥や虫さえも描かれていないのではないだろうか。

 これだけ精細に描かれているだけに、若干の違和感がある。

 まあ、そのせいで背筋が冷たくなったのかもしれん。


 そのくせに、生々しい。


 写実的という言葉を体現している。

 ところどころ、塗料が落ちて、壁面が剥き出しになっていたり、窓がなければ、そこに本物の森が広がっていると思っていたかもしれん。

 ほとんど、写真と大差ない。


「印象はスクロヴェーニ礼拝堂に近いな」


 前世の礼拝堂の中でも有名な世界遺産だ。

 他にも有名な礼拝堂だとシスティーナ礼拝堂とか、聖キンガ礼拝堂あたりがあるが、儂が口に出した礼拝堂は絵画の点で一致する。

 壁と天井に描かれたフレスコ画は一見の価値があった。


「こっちはどんな技法で描かれているのか……」


 フレスコ画ではあるまい。

 あれでこんな写実的な絵は無理だ。いや、他の画法でも難しいだろう。おそらく、魔法が使われているのだろうが。

 まあ、今は置いておく。


 止めていた歩を進めて礼拝堂の最奥、祭壇へと向かう。

 そこに飾られているのは金色に輝く竜帝像――ほとんどの竜人族が信仰する竜帝信仰の象徴だった。

 まあ、金色だがこれはメッキだのう。

 金だったら不良シスターが売って、生活費にしていただろうし。


「これが運び込まれる前は何があったのか……」

「獣人族の神獣像さ」

「ふおっ!?」


 突然の声に驚いて振り返れば、そこには草の葉をくわえたティレアさん。

 どこのガキ大将じゃ。しかも、妙に似合ってしもうておる。年頃の娘なのに、何とも残念な娘だのう。


 ティレアさんは儂の驚きも、がっかりも気付いた素振りもなくやってくると、竜帝像の額をぺしぺし叩きながら続けた。


「うちらの教会が使う前までは、ここは獣人族の礼拝堂だったんだ。だから、元々はここに神獣像があったわけなんだけどよ、そいつは調査っつう事で持ってかれちまったそうだ。置いてってくれたら売れただろうになあ。まあ、大した価値はなかったらしいんだけどよ。その少しがほしいのになぁ」


 切なそうな声を出さんでくれ。泣きそうになる。

 やっぱり、経営が厳しんだのう。

 ますます金の無心なんて頼めないわ。いや。元から頼むつもりはないのだが。


 儂が目頭を押さえている間に、ティレアさんは竜帝像の裏に回って何かを取っていたようだ。

 安っぽい鎖のネックレス……ではないな。

 あれは竜帝信仰のロザリオだ。球体を抱きかかえた竜の木彫りが見えた。


「ああ、やっぱりここだった」

「ティレアさん、シスターがロザリオを手放しちゃダメでしょ」

「掃除する時、邪魔なんだよ。じゃらじゃら。これ、売れねえかな?」

「売らないでください」


 それなくしたらティレアさん、シスターじゃなくなっちゃうから。悪ぶってるけど、実は面倒見のいい姉御になっちゃうから。

 さすがに本気ではなかったらしく、ティレアさんは『だよなー』と頷いた。


「で、カルロはこんな所で何してんだ? つまんねえだろ、こんなの」

「こんなって、ちょっと気になったんだよ」

「ふうん」


 遺跡を愛する人間としては一言もの申したいところだが、興味のない人間に無理強いするのは主義ではない。

 それより折角、知識のある人間がいるのだから、質問タイムだ。


「ここ、獣人族の遺跡だったの?」

「ああ。昔、この辺りはほとんど獣人族の、あー、なんだったか……犬だか、猫だかの種族が支配してたんだってよ」


 ぬ、あのフワフワのモフモフの幸せたちか?

 そりゃあ、素晴らしいのう。是非とも、飛びこんでみたかった。


「かなりでっかい国だったとかで、竜人族どころか、精霊族まで従えたって話だったな。名前は……なんだっけか、思い出せねえ……あ、あれだ、あれ」


 とティレアさんが指差すのは祭壇の土台。

 小さくて目立たないが、土台の石段に直接何かが刻まれていた。

 見慣れない文字だが、なんと書いてあるのかのう?


「獣人語で『エタニモ礼拝堂』って書かれてんだ、それ。国の名前も同じだったみてえだけど、今じゃそれぐらいしか名前も残ってねえんだろうなあ」

「じゃあ、元からここは礼拝堂だったんだ」

「おう。こんな立派な絵もあったから、壊しちまうのも、放っておくのももったいねえってな。当時の教会の偉い奴が決めたみたいだぜ」


 なかなか竜帝崇拝教会は懐が深いのう。

 対立宗教の施設なんて打ち壊されるのが常なのだが、まあ、それだけこの絵に価値を見出したのだろう。

 問題はこの絵だけで集客できるほどの力が、田舎町にはなかった事だが。

 結果、儂たちは孤児院で生活できているので感謝するべきかもしれん。


 しかし、そうか。

 ここは昔から『礼拝堂』だったのか。


「礼拝堂、のう」


 さて、儂の考えすぎなのかどうか、少し調べてみるとするか。

 まずはどこからか始めるか。ふふ、なんと、なんと心の踊る事よ。


「ほら。そろそろ昼だ、戻んぞー?」


 儂はティレアさんに引きずられるようにして礼拝堂を出た。

孫がいないと真面目。

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