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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
5/179

3 竜卵

 3


 はりきったシャンテが手当てをしてくれたが、はりきりすぎて儂はミイラ男になりかけてしもうた。

 まったく、困ったものだのう。

 結局、見兼ねたアリア姉がちゃんと直してくれたが、シャンテは落ち込んでいる。

 いいのだよ。そうやって失敗しながら成長していけばいいんだからね。


「では、始めるか」


 ほっこりしたところで、着替えも済ませて自室に戻ってきた。

 孤児院なのに個室があるのかと言われれば、ある。


 裕福なわけではない。このメリヤ孤児院はテールの町の郊外にある遺跡を利用した施設で、礼拝堂は遺跡そのものだったりする。

 儂らが生活している孤児院の部分は、遺跡を調査した際の建物を利用していて、数十人の大人が生活できる大きさなので、子供四人とシスターでは部屋が余るぐらいだ。

 おかげで掃除が大変なのだが、広い事に文句を言っては贅沢か。

 ともあれ、個室があると考え事がしやすくてありがたい。


 儂は机に座り、カルロとしての記憶を思い起こす事にした。

 正直、異世界という未知に冒険心が疼いておるのだが、今の儂は十歳児だし、知識もないままに動いてはすぐに失敗してしまうだろう。

 冒険は無謀とは違うのだ。何事も準備が肝要。


「まず、この世界には大陸が二つしかない」


 竜帝大陸と魔大陸。

 竜帝大陸というのが儂らのおる方で、魔大陸には魔族と呼ばれる人種が支配しておる。


 魔族か。

 いきなりファンタジーな知識が飛び出してきたのう。

 まあ、前世で知った話ではありふれた存在だったから不思議ではない。

 他にも獣人族や精霊族もいるそうだ。まあ、こちらは長い歴史の中で戦争があり、排他があり、数は非常に少ないのだとか。

 つまり、あの船で出会った少年のようなしっぽの感触を再び味わうのは難しいという事か。なんとも、無念である。


 と、軌道を修正しよう。

 大陸の形はひょうたんをイメージするとわかりやすいか。北の小さい方が魔大陸で、南の大きい方がが竜帝大陸らしい。

 地続きにはなっているのだが、くびれの部分は細く、潮の干潮で水没するので、別の大陸という認識らしい。


 で、竜帝大陸を支配するのが竜人族。

 つまり、儂らだ。

 どうやら儂は竜人族らしい。

 いや。角も牙も翼も鱗もないのだが、人族を導いた竜帝と、竜帝に選ばれた人族の王が竜王と呼ばれる事から、そんな名称になったのだとか。

 まあ、どこの歴史でも自称で大層な名前を名乗るのは珍しくない。


「で、この卵が竜卵か」


 儂はポシェットから卵を取り出して、目の前に持ち上げた。

 手のひらにすっぽりと収まるサイズの卵だ。

 形はありふれた鳥のそれと似ている。

 卵の表面には縦長のひし形が集ってできた花のような、歯車のようなマークがうっすらと見て取れた。


 儂ら竜人族は生まれながらに、この卵を握り締めて生まれてくる。

 もちろん、生まれた時からこんな大きさではなく、持ち主の成長に合わせて大きくなるのだとか。

 成長する卵とかわけがわからんが、そういうものだと受け止めるしかあるまい。

 この卵は二歳の辺りから大きくなり始め、十年目で孵化する。

 なので、竜人族は十二歳で一人前として認められる風習だ。


 無論、ただの卵ではない。


「竜卵解放!」


 試しに頭上で掲げて唱えてみる。


 が、虚しく部屋に儂の声が響いただけだった。

 まあ、わかっていたがの。やってみたくなるじゃないか。


「おいおい、程々にしとけよー」

「ふおっ!?」


 いつの間にかティレアさんが扉から覗いていた。

 実に生温かい視線が居心地を悪くする。

 年甲斐もなくはしゃいでいたのを見られて、恥ずかしくてたまらん。変な声が出てしもうた。


「の、ノックぐらいしてほしいのう!」


 儂の抗議に対しても、ティレアさんはちっとも悪びれた様子もなく、ずかずかと部屋に入ってきた。


「あん? ガキが一丁前に照れんなよ。ほらよ、服は縫っておいたからな」


 意外に几帳面に畳まれた服を儂の頭の上に乗せると、用件はそれだけだとばかりに出ていこうとして、扉を閉めかけたところで振り返ってきた。


「ああ。そうそう。前にやってた一回転してから、前に卵を突き出して、空に投げ上げたのを掴む方がかっこいいんじゃね?」


 これ、カルロ。

 十歳児を責めるつもりはないが、はしゃぎ過ぎではないかのう?

 いや、本当に責められん。カルロは儂と同じ存在なのだ。儂が子供の頃ならやっていたのだろう。

 しかし、七十すぎの爺にとってはあるまじき黒歴史の誕生だった。

 ああ、この内面と外面で受ける印象の差異がなんとも厄介な事よ。


「なあ、シャンテもそう思うだろ?」

「ぬほおっ!?」


 ティレアさんの視線は扉の影に向かっていて、よく見ればそこには愛しの孫――ではなく、妹のシャンテがいた。

 シャンテはじぃっと儂を見つめ続けていたが、ぷいっとそっぽを向くとどこかに行ってしまう。


「シャンテ! 無言の方が辛いのだが!?」

「はは! 照れてんだよ! かっこいい兄貴に惚れ直しちまったんじゃね?」


 んなわけあるかい!

 ありゃあ痛々しい兄貴分の姿に幻滅した妹じゃ!

 しかし、ティレアさんは本気で言っているのか、真顔でうんうんと頷いている。この人もアリア姉ほどではないが、天然というか、独自の価値観で生きているからのう。


 人目がなければベッドに飛び込んで、毛布を被って引きこもっているところだ。

 いや、十歳児ならおかしくはない。

 そう、一人遊びぐらい普通だ。

 儂は恥ずかしくない。少なくとも外面的には。

 内面的には爆死だが。


「でも、怪我してんだから大人しくしてろよー」


 平静を装いつつも葛藤している儂に、ティレアさんはそんな風に言い置いて、今度こそ出ていった。

 すぐにでもベッドにダイブしたいところだが、儂もいい年だ。

 これぐらいの羞恥、自制して見せようじゃないか。

 まあ、後でシャンテにはフォローするぞ。全力で。お兄ちゃん、変じゃないからの?


 その後、何度か深呼吸を繰り返して、火照った頬から熱が引くのを待って考察を再開した。

 今度は落ち着いて、思考だけを巡らせる。


「竜卵は三種類ある、と」


 卵が羽化すると竜人族は様々な力を得られる。

 その内訳はこの通りだ。


 七割が中身なし――通称、エンプティ。

 孵化した卵は割れたまま消えてしまう。しかし、身体能力全般が向上する。儂の感覚からすると前世のアスリートレベルだろうか。

 なので、この世界の十二歳以上の人間は総じて体が頑丈だ。

 卵の表面には二重丸の印がある。


 次に二割強が武具――通称、アームズ。

 これだと卵は何度でも蘇り、武具を収納できるそうだが、質量保存の法則とかどうなっているのかわからん。

 ともあれ、武器や防具が出てくるそうだ。

 これらの武器は特定条件で成長までするらしく、元の性質は変えられないまでも体積を増大させられる。

 印は円の中にダイヤの形。


 残りの一割程度がそれ以外の何か――通称、ストレンジ。

 武具以外の道具だったり、中には動物が出てきたりするそうだ。

 もちろん、ただの道具や動物ではなく、アームズの武具と同じ性質を持っている。

 が、本当に色々な実例があるらしく、当たり外れが最も大きい種類と言われていた。

 過去には小型の竜が生まれた事もあるが、針だったり、石ころだったりが出てきた事もあったのだとか。

 印はひし形を組み合わせた花弁。


 何が生まれるかで人生が大きく変わると言われている。

 儂の卵は最後のストレンジ。

 非常に博打要素が強い種類だ。二年後が楽しみでもあり、恐ろしくもあるな。

 ちなみに、ロミオ兄とアリア姉はエンプティで、ティレアさんはアームズ。シャンテはまだ卵の印がはっきりしていないのでわからない。


「うむ。シャンテならきっとすごい卵に違いない」


 武器は危ないから、儂とお揃いのストレンジだといいのう。

 それで、可愛らしい動物なら完璧じゃ。


 と、儂が想像していると、再び扉が開けられた。

 今度はバンッと派手に。


 そこにいたのは走り去ったはずのシャンテ。

 さっきの失敗を覚えていたのか、戻ってきたドアをんーっと手を伸ばして防ぎ、ドヤ顔を儂に向けてくる。

 うむ。かわいい。


「シャンテ? どうしたんだ?」

「見て!」


 とことこと儂の前まで来ると、シャンテは自分の竜卵を両手で胸の前で抱え、右に持ち上げ、左に持ち上げ、くるくる回って、頭の上に持ち上げて、屈伸したりしてから、最後に思いっきりジャンプ。


「りゅうらん、かいほう!」


 両手を前に突き出してポージング。

 舌足らずな台詞もかわいいのう。

 さっきよりレベルの上がったドヤ顔も最高だ。

 つまり、儂の黒歴史に刺激されて、自分だけのポーズを考えてきたのか。走り去ったのもライバルへの闘志に背中を押されただけ、と。

 儂の株が落ちわけじゃないのは素直に喜ばしい。


「お兄ちゃんも!」

「儂も――っと、俺も?」


 黒歴史誕生にダメージを受けたばかりの儂に素敵なお誘いをしてくれる。


 そうでなかったとしても、今のを男の儂がやるのは子供とはいえきついと思うのだが……愚問だな。

 かわいい妹のためなら、幼少期の恥などいくらでも掻き捨ててくれるわ!


「よーし、お兄ちゃん、負けないぞー!」

「シャンテも! シャンテも負けいないもん!」


 そうして、儂はシャンテに合わせて、青柳君に見させられた魔法少女アニメの変身シーンのようなポージングを何度も繰り返すのだった。

 青柳君、当時は正直理解できんかったが、あの時の経験がシャンテを喜ばしてくれたぞ。本当に、本当にありがとうのう。


 まあ、窓の外を通りかかったロミオ兄とアリア姉に見られていたのに気付いた時は、軽く死にたくなったがの。

 それでもシャンテが喜んでくれたのだ。儂は後悔しておらん。うん。してないぞ?

孫(幼女)とダンスの案件発生。

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