2 新しい家族たち
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「で、いつまでも戻ってこないと思ったら、兄弟喧嘩してたって?」
いつもより遅い昼食後、儂とロミオ兄は廊下に立たされていた。
目の前にはシスター服の女性が椅子に座り、下から抉り込むような角度で儂らを見据えてくる。
くすんだ金髪をいかにも適当に切った女性。
間違いなく美人のはずなのだが、どうにも自分の外観に興味がないのか、おしゃれなんて考えていないせいでそうと相手に意識させない。
この孤児院を預かるシスターであるティレアだ。
儂らの母親代わりにして、不良シスターである。
「ティレアさん。違うの、んで、だ」
「あん? まあ、いいか。おい、ティレアママと呼べと言っただろう」
今のは呼び間違いではない。首を傾げられたのは少し口調が安定しないせいだろう。
この人は何故か儂らに自分の事を『ママ』と呼ばせたがるのだが、下の子たちはともかく、儂ぐらいになると素直にそうは呼べないものだ。
いや、儂らのような孤児を保護してくれる立派な人物ではあるのだがのう。
せめて、もう少しシスターらしくあれば抵抗感も薄れるだろうに。
ティレアが目の前で足を組み直した。
シスター服にあるまじき深いスリットの入ったスカートが揺れて、生足を惜しげもなく披露してくれる。
思春期の男子なら思わず目をやってしまいそうだが、やはり儂には効かんよ。
しかし、ロミオ兄。あなたはもう少し反応するべきでは? 十四歳と思春期真っ盛りだというのに、ピクリとも反応しなかったじゃないか。いくらなんでもシスコンを拗らせ過ぎだろう。
儂が呆れていると、しれっとロミオ兄が言い訳を繰り出す。
「僕はしつけをしていただけです」
「あほ。しつけを暴力と一緒にすんな」
で、バッサリ切られた。
堂々と言ってはいたものの、さすがに自覚はあったのかロミオ兄も唇を引き結んで黙る。
「アリアが絡むとすぐにこれだ。出来がいいんだから、うまくやりな」
「妹に向ける心だけは誠実でありたいんです! 嘘や誤魔化しもしたくありません!」
「訂正。あんた、出来もよくないわ。やっぱりただのあほだ。罰として午後の畑の世話は一人でやんな」
再び切り捨てられて、ロミオ兄は肩を落としたまま作業へと向かった。
まあ、儂も教え子への感情なら同意できる点はあるので同情してしまいそうだが、まだ尻が痛いのでフォローはせん。
というか、ティレアさんが儂をじっと見つめているので、それどころじゃない。
少し口調を間違えたが、それだけで儂が前世の記憶を取り戻したとは気づかれまい。
いや、しかし、儂が赤ん坊のころから世話をしてくれた人だからの。何かしら違和感を覚えられていても不思議ではないか。
「おい。その服の汚れ方、それに怪我。ロミオのあほのせいだけじゃねだろ?」
ぬ。そちらか。
町の子供に卵を奪われた結果、林の斜面を転がり落ちた件は誤魔化せたと思っていたが、気づかれてしまったか。
さすがにロミオ兄やアリア姉より目ざとい。
「これは帰り道で転んじゃって――」
「嘘を吐くのはこの口かい」
「ぁぶぶぶぶぶ」
唇を摘ままれてしまった。
ひょっとこみたいにされる事、十秒。やっと解放される。
「転んだぐらいでそんな怪我するもんか。草の葉か枝に引っ掛かったか、そんなところか?」
ぬう。
見透かされておる。
しかし、一度ついた嘘は最後まで貫かせてもらおう。
「ごめん。本当は町で馬車にはねられかけたんだ。慌てて避けたけど、そしたら生垣に突っ込んじゃってさ。でも、アリア姉たちに心配させたくなかったから……」
最後の部分は嘘じゃない。
そのおかげか、ティレアさんはひとつ溜息を吐くと立ち上がり、椅子を片手に背を向けた。
どうやら解放してくれるようだ。
「まあ、お前も男だって事か。その気概に免じて嘘については許してやる。手当てしたら着替えて、今日は夕方まで部屋で勉強してな。明後日にはノルト神父も来るんだから、聞きたい事ぐらいまとめておけよ」
色々と出歩いてみたいところだったのだが、事故に遭ったという事にしたのだから、これは仕方ないか。
どの道、重労働の畑仕事はロミオ兄の罰になっている以上、大変な家事や仕事はないのだし、ここは現状をはゆっくりと把握するために使わせてもらおう。
と、食堂に入りかけたところでティレアさんが顔だけ振り返った。
「ガキの問題はガキで解決しな。大人が出張って来たら言え。竜帝様のありがたーい説教をくれてやるからよ」
ポカンとしてしまった儂へにやりと笑ってみせて、ティレアさんは食堂に入っていった。
これはしてやられた。
完全に儂の嘘がばれておったか。
さすがは儂らの親代わり。子の事をわかっておる。
ううむ。年齢的には彼女も孫の区分だが、保護者としての立ち位置にある人物だからだろうか、同志という意識になってしまうな。
ともあれ、許可を頂いたのはありがたい。
町の馬鹿ガキどもが、儂の家族に手を出すというなら容赦はせんつもりだったのだ。
儂はいいし、ロミオ兄もいい。男だし、自衛の力がある。
しかし、アリア姉や妹に手を出すなら叩き潰してくれるわ。
いや、叩き潰すは子供相手に大人気ないか。
ならば、道理を叩き込む。そう、これならいいだろう。うむうむ。少々、過激な方法になるかもしれんが、ちゃんとしつけの範囲内にすれば問題あるまい。
あれ? これでは儂もシスコンに分類されてしまうのかの? いや、儂が愛するのは孫だ。ロミオ兄とは違う。
「お兄ちゃん!」
儂が内心で教育方針について決意を固めていると、ティレアさんが閉めた食堂のドアがバァンと派手に開いた。
で、壁にぶつかった反動で戻ってきて、出てこようとした少女の鼻を痛打した。
手にしていた救急箱を手放して、鼻を押さえ、そのままコロンと後ろに倒れてしまう。
「あうっ!」
かわいらしく尻餅をついて転んだ少女。
ふわふわの茶色の髪をリボンで束ねた少女――にも満たない幼女は、今にも泣きそうになったが、すんでのところで耐えた。
アリア姉のお下がりのワンピースをグッと握り締めて、唇をギュッと引き締めて立ち上がる。
「な、泣かないもん!」
儂が何か言ったわけではないが、一方的に宣言してくる。
どう見ても目には涙の粒が浮いているのだが、見ないふりをしてやるのが優しさだろう。
彼女は落とした救急箱を拾うと、儂のお腹の辺りに押し付けてくる。
「ん!」
「……ああ。ティレアさんが持たせてくれたのか。ありがとうな」
「ん!」
「なに? 手当もしてくれる? うーん、では、お願いしようか」
「ん!」
「はは。シャンテはいい子だな」
ふふふ。
かわいい妹なら一音あれば言いたい事などわかるわい。
頭を撫でてやると、むずかりながらも満更でもなさそうだ。
泣きそうになっていたのが、既に頬を膨らませて興奮している。普通ならこの反応は怒ってると思うだろう? しかし、これは喜んでいるのだよ。
シャンテ・メリヤ。
メリヤ孤児院の最年少の少女だ。
七歳になったばかりで、一番歳の近い儂に懐いてくれている。
しかし、なんというか新鮮だのう。
今まで教え子を孫のように思っていたが、一番低い年齢層でも大学生だし、最年少の芙蓉君でも高校生だった。
こんなに小さく、かわいく、幼い孫は初めてじゃ。
ロミオ兄やアリア姉よりも、ずっと孫として思えてしまう。
「シャンテはかわいいなあ」
「ん!」
儂はシャンテが満足するまで頭を撫で続けた。
メリヤ孤児院はティレアさんを親代わりとして、長男のロミオ兄。長女のアリア姉。次男の儂、カルロ。次女のシャンテ。
後は週に一回だけやってきて、町の子供たちと一緒に勉強を教えてくれる巡廻神父のノルト神父がいるけど、あの人は家庭教師的な感じかな。
ともかく、この五人がこの新しい人生での儂の家族だった。
孫(幼女)を撫でまわす案件、発生。