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「むう?」


 目を覚ました。

 まず視界に入ったのは、遮る物ひとつない満天の青空・・・・・

 おかしな日本語と言われれば返しようがないが、そうと言う他ないのも事実。

 それは明るい昼中の空だというのに、沢山の星が輝いているのだから。なんとも不思議な光景じゃった。

 思わず呟きが漏れる。


「なんと美しい……」


 世界中を旅してきたが、これ程の風景は初めてだ。

 是非とも写真を撮って、教え子たちにも見せてやらねば。考古学とは関係なくとも、世界の美しさがもたらす感動は、人を動かす原動力になるのだから。あー、携帯で写真はどうやって撮るんだったか。ボタンが多すぎて覚えられんのだよなあ。

 と、そこまで考えて気づいた。

 いや、思い出した。


 目を覚ました?

 儂は背中を刺され、腹も刺され、おまけに川に落ちて、そのまま意識を失ったはず。

 どんな奇跡が起きようと助かる道理がない。


「これは、いったい?」


 しかし、体を起こしてみれば五体満足の手足がある。

 痛みもなく、疲れもない。

 どちらかと言えば、ここ最近よりも調子がいいぐらいだ。


「目が覚めました?」

「ぬ?」


 声を掛けられて振り返ると、隣のベンチに誰かが座っていた。

 

 金髪の少年だ。

 学校の制服みたいな装いで、その上に着物をコート代わりに羽織っている。

 端正な顔立ちだが、どこか幼いというか、幸薄そうというか、儚げなせいで、どうにも保護欲を疼かせる雰囲気。

 そこまではいい。

 希少ではあろうが、皆無という存在ではあるまい。

 だが、思わず唸ってしまう。


「ぬう……」


 その手に握られているのは漆黒のバインダーと、長柄の偃月刀だった。


 偃月刀。

 間違いなく銃刀法違反である。

 これまで実物を多く見てきた経験から、模造刀でないのがわかってしまい、反応に困ってしまう。

 まして、それを持つ少年は柔和な空気の持ち主で、とても武器が似合う人物ではない。かなりの違和感を覚えた。

 まあ、今はそれも見なかった事にしよう。


 いや、無視してはいけないとは思うのだが、他に最大級の問題があるのだ。


「それは何かの?」


 少年の頭には茶色の毛並の猫耳があり、腰からは同色のしっぽが伸びていた。


 作り物では、ない。

 猫耳もしっぽも実に自然な様子で動いている。

 生憎、刀剣類と違って猫耳としっぽの鑑定は専門外だが、素人でも本物とわかってしまう生々しさがそこにはあった。


「猫の耳としっぽに見えるのだが……」

「あー。本物です。触ってみますか?」


 苦笑しながら差し出されるしっぽ。

 おそるおそる握ってみる。


 柔らかくて、ぬくくて、なんというか、そこには幸せがあった。


 それにしても握手ではなく、握尾。

 七十年生きて初めての経験だ。

 とりあえず、あと一時間ほど触っていたいところだが、手の内側からするりとしっぽが抜けていってしまった。


「あっ……」


 思わず切ない声が出てしまった。

 魔性だ。

 あれは魔性のしっぽだ。


「えっと、そろそろ話を進めたいんですけど、いいですか?」

「おっと、うむ。すまなんだ。色々と尋ねたいところだが、まずは君の話を聞いた方がよさそうかの?」


 しっぽへの想いを強力な意志で抑えつけて、本題を思い出す。


 ここがどこで、彼が何者で、儂の身に何が起きたのか。

 疑問は尽きないのだが、とりあえず、儂の常識が通じないというのは間違いなさそうだ。

 いや、何も彼の姿形でそう判断したわけじゃない。


 辺りを見回してみてわかった。

 ここは普通ではない。


 青空に輝く星々というのも異常だが、視線を下に移せば水平線の彼方まで広がる海原。

 その海原には無数のシャボン玉が浮いていた。

 大小様々な水泡は、風に流される事もなく、浮き沈みもせず、ただただ海面を漂っている。


 そして、海から今いる場所に移すと、そこには商業ビルじみた建築物が鎮座していた。

 階層にしてざっと十階ほど。

 まるで段々畑のように段差を持ちながら積まれている。

 ガラス張りの壁面で、光の反射で内側は見えないが、純白の壁面は磨き抜かれていた。

 地面が揺れる感覚は知っている。

 きっとここは、船の上――それも、豪華客船の上なのだろう。


 現在地は船の舳先にある展望デッキ辺りか。

 儂はそのベンチの上で寝ていたらしい。


 辺りには他に人がいる、と思う。

 断言できんのは、相手がどういうわけかはっきりと認識できんからだ。どうにも目の焦点が合わず、ぼやけてしまっている。

 老眼、ではあるまい。視力はいいのだ。それに建物などはくっきりと見えていて、ぼやけるのは人だけなので、間違いあるまい。

 それらもまた、ここが普通ではないと判断する要因だった。


「冷静ですね」

「まあの。長く生きたからのう」

「いや、長く生きてるだけでここを受け入れられるはずないんですけど……うん。そういうおじいちゃんもいるよね。うん、セカイは広いもんね」


 いや、さすがにこんな経験はないがの、慌てても仕方ないとは思っておる。

 何やらぶつぶつと独り言を漏らしておった少年は言い聞かせるようにひとつ頷いて、真剣な眼差しで儂を見つめてきた。


「えっと、じゃあまずは結論から言います。あなたは亡くなられました」

「そうか。では、ここは死後の世界というやつか」


 驚きはなかった。

 むしろ、きっぱり断言されて落ち着いたぐらいだ。

 元から足掻くつもりはない。暴漢に突っ込んだ時に、死は覚悟していたのだから。あそこから助かったといわれる方が納得いかない。

 少年は儂のそんな覚悟を見て取った上で、結論から入ったように思える。

 見た目通りの軟弱な少年ではないのかもしれん。

 色々と修羅場を潜っているのだろうな。


「なら、君は仏か鬼かの?」

「いえ、どちらでもありませんし、そもそもここはあなたの想像している死後の世界とは違うんです」


 ほう。

 まあ、確かにここは海上だしの。三途の川というわけではなさそうだ。


「ここはあらゆる時間と空間が交差する大海域で、この船は泡沫世界を旅する箱舟です。俺は舟守というか、仲介というか、雑用というか……父さんが持っていた権限をもらって働いていて、そんな感じです」


 なるほど。

 まったくわからんぞ。

 大海域? 泡沫世界? 箱舟? 舟守?

 どうやら家庭の都合でこの少年はここにいるらしいが、それにしたところで権限とはなんぞや?


「まあ、その辺りはいいんです。大事なのはあなたには選択があるって事なんです」

「選択とな?」

「ある世界があなたを必要としています。そこは今まであなたがいた世界とはまったく別の世界……えっと、父さん風に言うなら異世界です」


 異世界。

 知っているぞ。

 いわゆる、アニメや漫画やゲームに出てくるファンタジーな世界だろう?

 うむ。まさか、青柳君の趣味で薦められて呼んだライトノベルの知識が役に立つとは、世の中わからんものだ。

 教え子の趣味を理解しようと、新しい事に挑戦した当時の儂よ、ナイスだぞ。

 ええっと、確か前回の飲み会で、酔った青柳君はこうも言っていたな。


「猫耳ショタっ子萌え、だったか?」

「え!? なんですか、いきなり!?」


 おっと、間違えて声に出してしもうた。

 これは少年の属性の事ではないか。

『うう。父さんやミラさんみたいな事を……』などと独り言をこぼしながら、ベンチの端へと距離を取る少年には悪い事をしてしまった。

 いや、うん。ちょっとからかってみたくなった気持ちがないわけじゃないな。これは反省せねば。


「すまん。間違えた。つまり、剣と魔法の世界、とやらかのう?」


 言い直すと少年は警戒しながらも元の位置に座り直してくれた。


「あ、伝わりましたか? はい。俺からはあまり教えてはいけないんですけど、そう考えてもらえるとわかりやすいと思います。父さん、すごいなあ」


 少年の父親も青柳君とご同輩らしいな。

 ひとしきり父親を称えた少年は、話の路線を戻してくれた。


「その世界にあなたを転生させたいみたいです」

「転生……生まれ変わりという事かのう」

「ええ。その世界の人間として、今の知識や経験を持ったまま生きてほしいと」


 ふむふむ。

 それも青柳君の話にあったな。

 強くてニューゲーム、だったか?

 楽して強くなれるなど甘えるな、と考えてしまう儂はやはり、時代遅れなのだろうなあ。


 ともかく、異世界が儂を呼んでいる。

 ううむ。意味がわからん。

 異世界人ではなく、異世界そのものとな? 集合的無意識とか、異世界の神とか、そんな認識で良いのかの?

 それに呼ぶならばこんな爺ではなく、もっと若い連中だろう。少なくとも青柳君から薦められた本ではそうだったのだが。

 話を聞いてもわからん事だらけだ。


「儂で間違いないのかい?」

「はい。色んな世界の、色んな時代の、色んな人の中であなたが適任だって、その世界は判断したみたいです」


 人違いではない、と。


 それにしても、儂がか。

 考古学ぐらいでしか役に立てんと思うのだが、そちら方面の知識が求められていると?

 しかし、世界が違えば歴史も文化も違う。

 儂の知る地球の考古学が通じはせんだろうに。


「ちなみに、儂だけが呼ばれたのかな?」

「いえ、他にも候補者はいるみたいです。今も僕以外の舟守がその人たちにこういったやり取りをしています」


 なるほど。

 では、ぼやけて見える人影がそうなのかもしれん。


 これまでの情報から推察してみようか。


 まず、前提として異世界では変事が起きておる。

 それに対処するため異世界(?)が他の世界から人を呼ぶ事にした。

 わざわざ他の世界から対処方法を呼び寄せるからには、その世界の住人では問題に対処できないと考えるべきだろうか。

 儂の得意とする考古学はその解決手段の内のひとつである。そして、他の候補者もまた何かしら他の要素を持っており、解決手段になりえると。


「それは断る事もできるのかの?」

「はい。その時は一般的な死後の流れになります。魂が漂白されて、新しい何かとして生まれ変わります」

「しかし、呼び寄せようとしている相手は異世界なんじゃろう? 逃れられるのかのう?」


 かなり上位の意思が働いておるのだ。儂の意向なんぞ聞き入れられるとは思えん。


「大丈夫です」


 しかし、少年はにこりと微笑んだ。

 柔らかな形でありながら、強い雰囲気のある笑みだった。


「何が邪魔しようとしても関係ありません。俺が責任を持って元の世界に戻します。無理やりなんて絶対に許しませんから」


 ほほう! 少年のこの気迫、凄まじいの!

 世界を敵にするという言葉に偽りなし、か。

 儂のような爺のためにありがたい気遣いだ。


「そうか。では、最後にひとつだけ、良いか?」

「俺に教えられる事なら」


 先程もあまり教えてはいけないと言っていたか。

 この様子だとその異世界の詳細は教えてもらえないだろう。

 ならば、他の候補者についてもダメだな。そもそも、話せる事があるならこの少年は話してくれる気がするしのう。

 ともあれ、問題はない。

 儂が知りたい事はひとつだけで、実にシンプルな問いなのだから。


「その世界に、冒険はあるかの?」

「ええ。あります」


 そうか。

 ならば、決まりだ。


「行こう。その異世界に」


 迷いはない。

 儂の求める冒険は現世では失われてしまった。

 ならば、異世界に行くしかあるまい。

 たとえ、危険のある世界だったとしても。


「……わかりました」


 少年は僅かの間、目を瞑り、一度だけ頷いた。

 彼は空に向かって声を上げる。


「じゃあ、お願い!」

「きゅいいいいいいっ!」


 頭上に影が差した。

 強烈な風を受けて見上げれば、恐竜が飛んでいた。

 図鑑で読んだ。あるいは博物館の実寸大模型で見た姿。まさにそのもの。しかし、現実感は段違いじゃ。

 体長五メートルはありそうな巨体が宙に浮いているというだけでとんでもない威圧感。これは作り物では再現できん。

 というか、これは恐竜ではなく、竜そのものか!?


 滞空していた竜が急降下してくると、驚きに固まっていた儂はあっさりと襟首をくわえられてしまった。

 すると、竜はそのまま大海原へと飛び立っていく。

 眼下では豪華客船の甲板で、少年が大きく手を振っていた。

 どうやらこの竜が異世界への案内人らしい。




 飛翔する事、体感時間で十分。

 豪華客船も見えなくなった。

 果たしてこの竜は運搬の役を果たしてくれておるのか、それとも餌を巣に持ち帰ろうとしているだけなのかと不安になり始めた頃。


「きゅい」


 唐突に儂は解放された。


 ふっと体が浮遊感に包まれる。

 竜が襟を放したのだ。

 当然、そうなれば儂は落ちていくしかない。

 何もなに大海原の真ん中へと。


「ぬうおおおおおおおおおおおおっ!?」


 もしや、儂は水難の相でもあったのか思ったが、結果から言えば海には落ちなかった。

 僅かな滞空時間の後、儂の体は浮遊していた小さなシャボン玉に触れて、そのまま水泡の内側へと吸い込まれたのだ。

 ビー玉程度の大きさのシャボン玉に飲まれるという不思議に気を取られる暇もない。


 落ちていく中で見えたの強烈な光の流れ。

 最早、自分が落ちているのか、流されているのかもわからない。

 ただ、途中で様々なものがはがれ、ぬぐわれ、濾され、清められていく。


 そうして圧倒されたまま、儂の意識は再び眠りについていった。




 そして、気が付けば儂は、生まれ変わっていた。

なんか覚えのある人物がいたかもしれませんが、もうこの作品内では出てきませんのであしからず。

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