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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
12/179

10 成長

 10


 卵パンチ。

 卵振り下ろしから、持ち替えての卵アッパー。

 さらに持ち替えて、卵フック。

 流れるように卵オーバースロー。

 浮いたところを卵ドライブシュート。

 とどめに卵ダンク。


 まさに卵乱舞。

 卵の新境地を開拓してしもうた。

 最後の人形の宝石が砕け散り、機能停止して倒れていく。


「げほっ、ごほっ、うえっ!」


 三十分の激闘の果て。

 人形軍団、総勢三十体、殲滅完了じゃよ。


 と言っても、儂にも余裕はない。

 儂は重なり合って倒れた人形たちの上で、膝に手を当てて倒れないようにするので精一杯だった。

 最後の方、頭のネジが外れかかっていた気もするが、大丈夫か、儂?


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、うああ、きつい!」


 息が、苦しい。

 前世の今際を思い出す苦しさだ。

 ああ。酸素管がほしいのう。

 しゃべったりするだけ苦しくなるとわかっていても、気分が高揚しているせいか、それとも誰かに儂の気持ちを知ってもらいたいのか、ぼやいてしまう。


 若い体といっても、十歳は若すぎた。

 先手必勝、短期決戦を選んで正解だったわい。

 時間をかけていたらスタミナ切れしておった。

 途中から脇腹がいとうて、たまらんかったぞ。

 うむ。シャンテの応援があれば大丈夫だと思っておったが、精神力で乗り切るのにも限界があるのう。

 いや、当たり前の話だが。あの時はいけると思ったんじゃよ。まあ、実際にいけたのだから、間違いではなかった。


「ふううう……」


 少しだけ息が落ち着いてきたので、辺りを見回す。

 まさに死屍累々。

 人形の残骸が通路をほとんど塞いでしまっておる。

 まあ、そうなるように立ち回ったのだから、当然だ。


 最初の方は接近戦を演じたのだが、さすがに限度がある。

 数が増えて、儂も疲れが見えてきて、後がなくなってしもうた。


 そこで人形の残骸が増えてきたのを利用して、バリケードになるようにした。

 つまり、戦場を限定したのだ。

 こちらはランタンの明かりが届く範囲でないと満足に見えんかったから、そういう面でも必要な措置である。


 難しい話ではない。

 元から幅は三メートルほどの通路。成人男性ほどもある人形が数体も折り重なれば、道の半分を埋めてる形になる。

 人形をそちらに誘導して、殴る時に狙って倒すだけでいい。

 そんな工程を繰り返して通路を狭く改造していけば、結果、一体ずつしか通れなくなるのは必定。

 知能が高い相手でなくて助かったよ。


 おかげで各個撃破がしやすくなったのは良いが、最期はほとんど通路を塞いでしまうような状態になってしもうた。


 とはいえ、相手は疲れも恐怖も知らない人形兵器。

 延々と襲い掛かってくるのを倒すのはしんどかった。

 最後の方は儂も疲れが振り切って、ずいぶんとアクロバティックになってしもうた。


 うむ。

 サッカー部やバスケ部やラグビー部に所属していた教え子が、教えてくれたあれこれが、こんなところで役に立つとは、人生とはわからんものだ。

 青柳君の趣味といい、軍人の薫陶といい、好奇心を押さえずに、積極的に交じるようにしておったのは正解だったのう。

 ラグビーのゲームに参加して、危うく召されそうになったのも今となってはいい思い出よ。

 カルロも良いセンスを持っておる。


「あー、疲れた」


 残骸の隙間から奥を見る。

 暗闇の向こうは静かだ。

 新手の気配は、ない。

 やっと一休みできそうだ。


 そして、愛しの妹の姿を求めて振り返る。


「シャンテ!」

「すぅ、すぅ、すぅ」


 うむ。

 安らかな寝息よな。

 見事な伏せ寝だ。

 猫みたいに丸まっておる。

 実にかわいらしい。


 ああ。わかっておったよ。

 途中から声援がなくなっておったし。

 後ろから新手に襲われたかと心配になって、振り返った時の気持ちはなんだったのかのう。

 安心と残念が入り混じった複雑な気持ちじゃった。

 その気持ちは全て人形に叩きつけたが。

 ああ。あの人形だ。見事に粉々よな。悪い事をしたような気がしてくる。


 がっかりしてるか、だと?

 しておらんよ。ああ、ちっともしておらん。儂の雄姿にシャンテが感動してくれるかもなんて微塵も考えておらんかったわ。

 ……いいのじゃ。

 真の勇者は隠れて活躍するものよ。


「そりゃあ眠いよなあ」


 そもそも夜も深い時間だ。

 七歳児には起きているのもつらいだろう。

 怖かったり、興奮したりで疲れておったはずだし、応援の途中で睡魔に呑まれてコテンと落ちてもうたとったところか。

 しかし、それにしてもこの状況で熟睡できるとは胆の据わった子じゃ。

 美人になるのは決められた運命だが、大物になるぞ、この子は。


 さすがに石畳の上に寝かせたままにはできないので、リュックから出したタオルを敷き、その上に移してやる。

 持ち上げても、ぐっすりと眠っていて起きる様子はない。

 儂の上着を羽織らせて、その隣に腰を下ろす。


 この通路についても色々と調べたいところだが、少し休まんと後が続かん。


「でも、助かった」


 竜卵を眺めて、しみじみと呟く。


「遺跡群か、まったく性質たちの悪い」


 この人形ども、易々と倒したように見えて、必殺の布陣だったぞ。

 仮想侵入者だっただろう、特に獣人族には致命的だったのではないか。

 強固な金属の体と、数量と、疲れを知らぬ愚直なまでの前進。

 獣人族の能力は知らないが、真っ当に戦っておったら押し切られるのは必定だ。


 その点、儂は竜卵のおかげで一打必殺ができた。

 おかげで一戦一戦を短時間で終わらせられたから、数の不利が致命的にならなかったし、戦場を組み立てられたのだ。

 竜卵がなければ、最初の一体に手こずっている間に押し潰されておったわ。


「と考えると、この『エタニモ聖堂』は竜人族が竜卵を手に入れる前の遺跡なのかな?」


 いくらなんでも遺跡特効への対策がお粗末だった。

 獣人族への対策だけで手一杯だった、という考えもあるが、これだけの防衛力を用意する連中のする事というには違和感を覚える。

 なら、単純に知らなかった可能性があった。

 その辺り、遺跡を調べれば年代についてもわかるはずだが、その前には儂はこの世界の歴史をしっかり学びたいのう。


 それは巡廻神父殿に相談するとして、今はこちらの事情に集中するか。


「とりあえず、遺跡群には竜卵があればなんとか……ん?」


 気づく。

 儂の竜卵、なんか変わっておらんか?

 いや、ひびができてるとか、欠けてるとかではなくの。

 卵の印が少し変化しておるのだ。


 ストレンジを示すひし形を組み合わせて作った花。

 それは正確には八つのひし形で、内側の部分の辺が短く、外側が長くなっている姿が、儂には花に見えたわけだが、人によっては雪の結晶に見えるかもしれん。


 印象の話は置いておき、そのひし形が増えておる。

 今までの八つの外側にうっすらと新しいひし形が浮かび上がっているのだ。


 儂の竜卵は年々、ゆっくりと大きくなっておったが、この印は変わらんかった。

 ストレンジのマークが浮かんだのが六歳の時だった。それからずっと、このままだったものが急にどうしたというのか?


「遺跡群しかないか」


 アームズもストレンジも特定条件で成長するのだったか。

 ならば、その条件は遺跡群の撃破なんかもしれん。

 遺跡の持つ力を打ち破るというが、実際のところは竜卵が吸収しているのだとしたらつじつまも合う。

 よくよく考えてみれば、最初よりも後半の方が竜卵の効果が上がっていたような気もするしのう。

 でなければ、シュートや投げたのをぶつけたぐらいで倒せるわけもないし。


 しかし、


「羽化前でも成長するんだ」


 果たして、この事をどれだけの人が知っているのか。

 誰も知らない、というのはさすがにないにしても、子供が遺跡群と戦う状況も同じぐらいなかなかないだろうし、かなり少ないんだろうなあ。


 二年後に儂の竜卵から何が生まれてくるのか。

 この後も遺跡群と戦っていれば、どれだけ卵が成長していくのか計り知れんぞ。

 とはいえ、遺跡からの脱出に竜卵は必須。使わないわけにはいかない。


「まあ、いいかのう」


 前向きに考えよう。

 どの道、探索者の道を進むなら竜卵の成長は必要不可欠なのだから、予習していると考えればいい。

 うむ。

 それに、成長の方向性が巨大化でなくて一安心だのう。

 今のサイズは手のひらサイズでいい具合だが、あんまり育っては持ち歩くのも不便だし、振り回すのも難儀しそうだ。

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