レベル20・スケルトン は …………
荒野と森の境界線。
生命力あふれる大木の根本で、静かな寝息をたてていた人物がうめき声をあげる。
「……うっ」
別の男がその声に気づき、寝ている男の下へと駆け寄った。
「おう、起きたか」
「……ここは?」
ゆっくりと目を開き、異形の騎士に倒されたリーダーの男は周囲を確認しはじめる。
その姿を確認して無事であることに安堵のため息を吐くのは、同じく異形の騎士に倒された大男だった。
「戦った場所から対して離れちゃいねぇよ。
森側に戻ったってくらいだ」
周囲の状況を見てそうだろうなと思っていたリーダーは、大男の言葉に確信を得てゆっくりと体を起こす。
「……二人は?」
「いるわよ、ここに」
リーダーから見て後ろ側、樹木の影に隠れるような場所から、凛とした魔法使いの声が響く。
少なくとも声だけは元気そうである。
もう一人の女性である僧侶は、無言のままリーダーを見つめ、唐突に飛びついていった。
「よ、よがった~~~っ!
死なないでよかった~!
あ、あな、あなたが死んだら! わだしっわだじ……っ!」
「お、おいおい……」
仲睦まじい光景に、片や若い者を見守る父親のような、片やイチャつくカップルの睨む独り者のように見つめる二人であった。
どっちがどっちとは言わないが。
「か、体は?
なんともないですか? どこもちゃんとありますかっ!?
回復魔法いりませんか!?」
「大丈夫だ、寝起きでちょっとだるいくらいで何ともない。
それよりみんなは……無事そうだな」
言葉の途中で大男は力こぶをみせ、魔法使いは両の掌を空に向けて軽く首を振る。
僧侶は現在進行形で色々なものがあたっているので神経を全力で集中させ、無事であることを理解しているので大丈夫。
つまり、全員無事ということだった。
「……こっちの被害は何かあったか?」
こうなると何も無い、ということが逆に不思議に思えてくる。
強力なモンスターと戦い、敗北したという事実は間違いない。
あれほどに強力なモンスターは夢か幻だったと言われればそう思いたいほどではあるが、逆にその強さと戦った実感が強く体に残っている。
もはや忘れろと言われても忘れることはできないだろう。
だというのに、自分達は生きている。
死んでもおかしくはない状況に立たされ、その中で意識を失うということはそのまま死ぬという意味だ。
少なくとも冒険者という生き方はそういう生き方をしている。
しかも、被害らしい被害もない。
「エリクサーを一個、それも僧侶があんたに投げたヤツが奪われただけね」
つまり気絶している間の被害は皆無、ということのようだ。
荷物も確認してみたが、特に何か奪われたような形跡は無いらしい。
「……ついでに言っておくことがあるとすれば、それね」
魔法使いはそう言ってある地点を指差してみせた。
リーダーがその方向に顔を向けると……
「これ、は?」
そこにあったのは赤い線。
薄らと輝く赤色は真っ直ぐに伸び、彼らの周囲を四角く囲んでいた。
その赤が魔力によるものであることは、冒険者である彼らにわからないはずが無い。
そしてその輝きが、罠であるのかそうでないのか、ということまでも。
「結界、それも超がつくほどの強力な、ね」
魔法使いが言った瞬間、風に揺られた木の葉が宙を舞う。
風に乗り、ゆらゆらと結界のほうへと近づいて、線の真上へと差し掛かる。
そして見えない壁にぶつかった瞬間、木の葉は外側に向かって爆発した。
「うおぅっ」
不思議なことに音も衝撃もほとんど無く、木の葉が吹き飛ぶという映像だけを見させられているような不思議な光景だった。
現実感の無い、フィルターごしの世界を見ているかのような感覚を覚える。
「こんな強力な結界、外側にいたら感じる圧力も半端じゃないでしょうね。
野生の動物はもちろんモンスターだって迂闊には近寄らないわ」
荒らされた形跡のない荷物、強力な結界、それはつまり……
「……つまり、誰かが助けてくれた、ってことか」
「多分、ね」
だとするとおかしい点がいくつも残ることになる。
リーダーはそのことに気づいてはいるし、魔法使いもそう感じている。
「だったら村にまだいらっしゃるかもしれません!
雪山は後にしてまずは村に戻りましょう!」
ちょっと天然が入っている僧侶は気づいていないようだ。
「おう、礼はちゃんと言わねぇとな!」
ついでに大男の脳味噌も筋肉でできているようなので気づいていなかった。
内心ため息を吐きたくなる二人であったが、実際問題として雪山どころではなくなってしまったし、村に戻るという点については賛成であったので、疑問を抱えたまま村へと帰るのであった。
――――――――――
「きゃーーー!」
村まで後少し、といったところでその悲鳴は聞こえた。
間違いなく村の中から響いたものだ。
「みんなっ!」
おう、と一斉に返事をした仲間と共に、悲鳴のほうへと走りだす彼ら。
一宿一飯とはいえ世話になった村の人々に、何の礼も義理もかけないほどの人でなしではない。
悲鳴の聞こえた方向は誰かの家であった、現場らしき場所には人だかりができている。
村人の一人が彼らを見つけると声をかけてきた。
「冒険者さん達! 頼む、あいつを止めてくれ!
あんた達しかあいつを止められねぇよ!」
「まかせろ!」
どういう状況かさえ確認もせずに頷くリーダーに、呆れと諦めと笑顔の表情を浮かべる彼の仲間達。
そして彼らは人混みをかき分け、家の中へと進む。
その先に何があるかも知らずに……
「や、やめてお願い!
その子に手を出さないで!」
若い女性の声、そしてそのセリフから子供がもう一人いることがわかる。
女子供に手を出す非道に罰を下さんと、リーダーは奥の扉へと勢いよく進む。
「だめ……だめぇ……
そんな、そんなこと……」
奇襲で相手を切りつけてやるべく、リーダーは剣を抜く。
そして、ドアを蹴破り……
「たかが風邪なんかにエリクサーなんて使わないでっ!!!」
「ズコーーーッ!」
勢いよく奥の壁にヘッドバッドを決めた。
「う~、骨のおじちゃんこれ美味しくないよぉ」
「カッ!?(ガビーン!?)」
異形の騎士は子供の言葉にショックを受け、項垂れていた。
冒険者達と戦った時の格好良さと怖さはどこにいったのかとツッコミを入れたくなる姿だ。
「……アレって、アレだよな」
「……多分」
「……あんなのが何体もいてたまるもんですか」
「うう……そのエリクサー1本いくらすると……うぅ」
――――――――――
「……つまり数年前にお嬢さんの目の前にいきなり現れた、と」
「はい、そうなんです」
魔法使いが指をさした方向には、鼻歌でも歌っているのかカタカタ音を出しながらキッチンで何かをしている異形の騎士の姿があった。
さっきの今で死にかけた覚えのある冒険者一行はその姿に毒でも作っているのではないかと若干怯えている。
その足元をちょろちょろしているさっきの風邪っぴきだった女の子だけが心を癒してくれる、異形の騎士をキレさせやしないかという爆弾でもあるが。
「最初は怖くて叫んでしまったんですけどね。
ほら、彼って見た目がアレじゃないですか」
全力で首を縦に振る冒険者一行がいたのは言うまでもないだろう。
「でも彼ってば、叫んだ私を見てションボリしちゃって、なんかその姿があまりにも可哀想だったものでつい……」
「つい?」
「そのまま同居しちゃいましたっ」
「ヲイッ!」
「テヘッ」
「テヘッじゃねえええ!
モンスターよ! アイツモンスターなのよっ!? あんたちゃんとわかってんのねぇ!?
私たちアイツに殺されかけたのよっ!?」
「まあまあ落ち着いて」
その言葉と同時に魔法使いの前にスッとお茶が差し出される。
「あらありがと。
そうね、私もちょっと興奮しちゃったわ。
……あら、美味しいじゃないこのお茶、誰が入れてくれ……」
魔法使いが振り向いた先にいたのは、親指をグッとたてている異形の騎士だった。
心なしか骸骨のような兜がいい笑顔になっているようにも見える。
「カカッ」
「お前かよっ!
さっきから台所でカタカタやってたのはこれかよっ!」
「ガイコツさん料理も覚えたんですよ、最近じゃ私が作るより美味しくって……」
「料理までできんのかよおおぉぉっ!
っていうかんなこと聞いてねぇよっ!? お前何なんだよガイコツウウウゥゥゥ!?」
魔法使いのキャラ崩壊は、ガイコツのエピソードが語られる度に酷くなっていった。
――――――――――
「つまり、歌って踊れて家事もできて編み物(プロ級)で暇つぶしをして趣味が絵を書くこと(高額で売れるレベル)で子供が好きな働き者の真面目な騎士、ということですね。
おまけにやたら強いと」
「そういうことです、本人(骨?)はスーパースケルトンって言ってあげると喜びます」
「順番! 順番おかしいから!
強いを最初にもってこいやあああぁぁぁっ!?!?」
魔法使いのキャラ崩壊が止まらないので、リーダーが変わって問答をしている。
お嬢さんと子供が可哀想な人を見る目で魔法使いを見ていることには気づいていないようだ、魔法使い本人だけが。
「で、そちらのお子さんが風邪をひいてしまっていたがたまたま薬がきれてしまっていたと。
こんな辺境の地に来てくれる商人はほとんどいないので、どうしようかと思っていたらあのガイコツさんがエリクサーをどっかから持ってきたと」
「はい、そのとおりです」
ちなみにそのエリクサーは間違いなく彼らの者である。
絶対回復薬の名の通り、精製には時間がかかるもののあらゆる怪我や病気に有効とされ、回復魔法の触媒として使えば失った手足でさえ復活させるという奇跡の薬だ。
当然のように風邪なんて一発で治る。
「彼が来てからこの村は助かってるんですよ。
畑仕事はよく手伝ってくれるし、魔物が出たら追っ払ってくれますし、雪山にいるお友達から珍しいものをもらってきてくれますし、たまに来る悪い冒険者達なんかすぐに懲らしめてくれるんです。
何より子供達と一緒に遊んでくれるので、大人はみんな彼のことを信用しているんですよ」
「……そう、ですか」
冒険者一行は、キャラ崩壊していた魔法使いでさえも押し黙る。
話を終え、お嬢さんが異形の騎士と共に畑仕事へと戻っていった後、冒険者達は別の話し合いをしていた。
「で、どうするよ」
「どうするも何も……あいつが本物の『爆発する者』なら報告が義務よ」
「でも、なんか嫌な感じです」
冒険者達は愚鈍ではない、馬鹿かもしれないしノリで色々やってしまうことはあるが、それだけの集団ではない。
冒険者のチームとしてここまでやってこれた、雪山の龍を倒そうと考えるくらいには実力のある者たちだ。
そんな彼らがあの異形の騎士を見て、『爆発する者』であると考えるのは当然だった。
現在『爆発する者』は冒険者において最優先事項であり、発見次第報告というのは義務に近い状況となっている。
何も知らなければ、すぐにでもこの村を離れて冒険者ギルドへ報告していたであろう。
だが、彼らはその行為を悩んでいた、悩まざるを得なかった。
「……あんたはどうなのよ」
「……この村は、平和……だよな」
それはそこに平和があるから、穏やかな時の流れがあるから、そしてそれが揺るぐようなことは無いと言い切れるだけの、絶対に近い戦闘能力を持ったものがいるから。
そしてその戦闘能力を持ったものが、率先して平和に貢献しているように見えてしょうがないのだ。
「そうね、平和ね」
「この平和は、アイツがいるから……っていう部分もあるんだろうな」
「そうね、少なくとも村の人達はそう思っているでしょうね」
窓の外に映る光景、異形の騎士の両肩に子供が1人ずつ座り、自分も自分もと足元で駄々をこねる子供達。
それを優しくなだめるお嬢さんと、それを見守る大人達。
一度は願い、誰もが忘れ去ってしまった平和が、そこにはあった。
「うん、決めた!
俺たちは雪山に向かって、龍も発見できずに俺が怪我してエリクサーを使っちまった!
エリクサー無しで龍に挑みたくないから帰ってきた、そういうことで!」
「はい、そういうことにしましょうっ!」
「はい、じゃあそういうことで」
「おう、そういうことだな」
子供達にまとわりつかれる異形の騎士、骸骨が進化したかのような恐ろしいその姿。
周囲に広がるは平和の光景。
ダンジョンが真に望んだことは、果たしてなんであったのか。
それはもしかすると、世界の裏側ではなく表側の存在として、ただ生きることだったのかもしれない。
―――――完―――――




