孤独な勇者と孤独の王女
参加の合図が終わり、参加者は皆、解散していった。俺も部屋へ戻ろうかと、中庭を出ようとするところで、声を掛けられる。
「勇者様、この後何かご予定は?」
呼び止めたのは兵士だった。
特に予定も無いので、暇だと答えると兵士は、
「そうですか!良かった!では、一時間後勇者様とお話をしたいと、ある方が仰ってます。一時間後にあなた様のお部屋で絶対に絶対にお待ち下さい」
そう言うと兵士は去っていった。
ある方って誰だ?サーシャやユイナでは無いと思うし、モルジアールでも無さそうだ。
それに、兵士のあの執拗さは異常だった。
なんか、怖いなと思ったが、まぁ、なるようになれ、と、考えを軽く流す。
多分、俺は楽天的な性格だったのだろう。いや、こんな状況だ。楽天的に考えられなくては期待に押し潰されてしまうだろう。と、自己解決した。
「散歩でもしようかな?」
約束までは時間があるので、少し城内を散歩。
一人で回るのは初めてだったので少し新鮮だ。
城の中を歩き回っていると、兵士や使用人が俺を見て何か話をしていた。
意識して見てみると、色々な場所の兵士や使用人も俺を見て話をしている。
それだけ期待されてしまっているのか、と、少し胃が痛かった。
色々歩き回っている中、ふと、時計を見る。すると、兵士の言っていた時間まで残り僅かだった。
「やっべ!!!」
俺は走って自分の部屋を目指す。
兵士のあの執拗ぶりは、相当時間にうるさい人なのだろうと、部屋へ急ぐ。
部屋の前へ到着し、切れた息を整える。そして、扉を開けようと、ドアノブに手を掛けたとこで感じる。何かの気配を、圧倒的な何かを。
「ま、まさかな~あのお方が俺と話なんて…」
俺は恐る恐る扉を開いた。
「遅い!!!10分前行動は基本でしょう!?」
俺の予感は当たった。いや、当たってしまった。部屋の中、俺を待っていたのは、腕を組み、イラついた様子の、王女ミナレアだった。
「は、はい!申し訳ございませんでした!」
俺は跪き、謝罪。
「まぁ、いいわ。実際、時間には遅れて無いみたいだし」
部屋の時計を見てみると時間は約束の1分前だ。
危ねぇー、マジ危なかった、と、少し安心。
「それで、王女様、お話とは?」
王女の用件が分からないので質問。
「別に、大した用じゃないわ。ただ、アンタとちょっと話をしてやろうかなと思って」
言うと、王女はフン!と、そっぽを向いてしまった。
いやいや、訳分からん。これはツンデレか?とも思ったが、デレを見ていないので只のツンツンだ。
暫く無言が続いてしまい、会話の内容を探す。
話、話と、考えていると、王女の方から声を掛けてきた。
「話す内容が無いなら、私の愚痴を聞きなさいよ」
もしかして、愚痴を言うために俺を呼んだのか?と、思ったが、折角の王女からのお声掛けなんだし、どうせなら聞いてやるかと、王女の話を聞く事にした。
「聞きなさいよ?パパったら、さっきの参加の合図の時、頭痛で欠席したのよ!?ホント、信じらんない!!!」
パパとは恐らく王様の事だろう。言われてみれば、王様らしき人は中庭に居なかった。
「はぁ、頭痛ですか…」
王様をバカにする訳にもいかないので、曖昧な返事を返した。
その後も、王女の愚痴は続いた。やれ、パパがどうだの、やれ、モルジアールがどうだの。
愚痴を聞いているうちに王女の口が急に止まる。
俺は不思議に思い声を掛ける。
「どうかなさいましたか?」
「………ねぇ、アンタ、私と年も同じ位なんだし、二人の時は敬語使わなくていいわよ」
予想外だった。
俺の印象では、王女は我が儘で、常に周りを下に見ているのかと思っていたが、勇者といっても成り上がりの俺を対等に見ようとしてくれている。
王女という立場は皆に一定の距離を置かれてしまうから、寂しいのかもしれない。
多分、対等の相手が俺なのは、先程の中庭での一件で、俺の、顔に出てしまうという弱点のお陰なのだろう。
「分かりました。いや、分かったよ。ありがとうな、王女様」
王女の言葉を素直に受け入れた。
しかし、王女はまだ何か言いたそうにしている。
「どうした?」
「あ、あの、な、名前も、ミナって呼びなさいよ…」
「え?それは、流石に」
流石に、王女の名前を呼び捨ては、気が引ける。
「いいから、ミナって呼びなさいよね!?いい?これは王女命令よ!!!」
王女命令と来た。これでは逆らえないので仕方なく了承。
「わ、分かったよ。ミナ。これでいいんだろ?」
俺が名前を呼ぶと、最初からそうしなさいよね、と、言いながら、そっぽを向いてしまった。
女心は分からんもんだな、などと感じはしたが、ミナとの距離が縮まった気がする。ミナのお陰だ。
その後は、ミナとの距離が縮まった事もあり、話題は探す事もなく、話したいことが次々に出てきた。
暫く話をしているうちに、ミナが時計を見る。
「あ、もう、こんな時間。そろそろ部屋に戻るわね」
ミナが椅子から立ち上がり、扉の方へと向かう。
「またな」
俺はミナに短く言うと、ミナは振り返り、小さく手を降りながら、
「またね」
と、返してきた。
その時のミナの無邪気な笑顔は、一国の王女では無く、年相応の女の子にしか見えなかった。
異世界で記憶喪失な上に孤独の俺。ミナのような、仲の良い人が増えていくのは素直に嬉しかった。