始まりの狼煙
「勇者さま…朝…です!」
体を揺すられ目が覚める。
俺を起こしてくれたのはユイナだった。ユイナの後ろにはサーシャもいる。
「勇者殿、モルジアール殿がお呼びです。仕度が出来次第、執務室に来てほしいとのこと」
「ああ、分かった」
多分、闘いの事だろう。詳しい話はまた次の時にと、言っていたし。
俺がベッドから出ると、ユイナはベッドでゴロゴロと、寝転がっていた。
そんなユイナをサーシャは注意し、ベッドメイクのやり方を教えていた。
「楽しそうだな♪俺も混ぜてー♪」
俺はベッドへと飛び込みユイナを抱き締める。
「勇者さま、くすぐっ…たいです~♪」
ユイナはくすぐったそうに、微笑んでいた。
俺達を見るサーシャはやれやれと、少し呆れ顔だった。
平和だ。少なくとも、今、この場所は。
俺はこの小さな平和をもっと大きなものにしたいと、心から感じた。
短い時間だったが、3人の平和な時間過ごした後、俺は身仕度をして、執務室へ。
執務室では、当たり前だがモルジアールが待っていた。
モルジアールと軽く挨拶を交わし、早速本題へ。
「お話とは、闘いについてです。恐らく、そろそろ各国の代表者が揃う頃合いでしょう。今一度問います。勇者様、私共の国のため、闘いに参加して頂けますか?」
モルジアールは重い口調で語る。
俺は深く息を吸ってから、口を開く。
「ああ、やってやるさ」
今の答えはやれるとこまでじゃない。必ずやり通すという答え。
救いたい第三市街を。サーシャを。ユイナを。
「そうだ、参加国…というか、この世界に、今現在、この世界には国はいくつあるんだ?」
思っていた疑問を口にする。最終的に1つに統一するのだから、重要な事だし、国の数が分かれば、闘いの数もある程度は計算出来る。
「この世界には現在、328ヵ国存在します。大小は様々ですが、この闘いは、国土、財力、軍事力は問わないので、実質、どの国もが平均。闘いは厳しいものになるでしょう」
「328か…最高でも8回闘いがあるのか…」
「いえ、トーナメント制では無いので一概に試合数は決められないかと…条件の中では、日程などの記載もありませんでしたし」
つまり、最悪、327勝しなくてはならない可能性もあるということだ。
予想外の事に少し不安になる。が、
俺はそんな不安を吹き飛ばすため、勢いを付け、乗り切ろうとした。
「まぁ、結局目指すは一番だ。やってやるさ、絶対にな!」
「おぉー!!!頼もしい限りですぞ!勇者殿!」
勢いをつけたはいいが、やはり不安なのは内緒だ。
その後もモルジアールとの作戦会議、というか話し合いは続いた。
ある程度、話し合いが進んだとこで、大変な事に気がついた。
それは、俺自身が強いのか分からない。
何故、今まで考えなかったのか分からない。
むしろ、一番重要な事なのに。
「な、なぁ、モルジアール、俺さ、自分がちゃんと闘えるか分からないんだけど大丈夫?」
俺は苦笑いで話す。
「………………」
モルジアールは目を閉じ、何かを考えているようだ。
流石は大臣なだけある。こんな時も冷静だ。
「分かりませぬ!そこは、勇者殿の努力でどうにかしていただくという事で!」
モルジアールは物凄い覇気を放ちながら言う。鬼の気迫を感じる。
実際、このおっさんが闘った方がいいんじゃね?とも思ったが、代表者オンリーの条件なので、仕方ない。
「分かったよ…頑張ってみます…」
俺は力無く返事した。
「おっと、早速参加の合図の準備をしなくては!」
話し合いの終わった俺達は解散した。
モルジアールは準備をすると言い、城の兵士達に声を掛けていた。
兵士が呼びに来るとの事なので、俺は一旦部屋で待機。
一時間程待っていたら、部屋に兵士が。
特に準備することも無いらしいので、そのまま中庭へと向かった。
中庭は大広間から繋がっているらしく、ひとまず大広間へ。
「勇者様、皆様がお待ちです」
兵士は言いながら中庭への扉を開く。すると、中庭には多くの兵士が集い、その数は1000人を越えていたと思う。
兵士達は綺麗に整列し、奥にはこの国のお偉いさんらしき人物達が居た。
その中でも庭の奥にある豪華な椅子に腰掛け、兵士1000人の迫力をも退ける、圧倒的存在感を放つ少女が居た。
「来たわね?勇者。ワタシがこの国の第一王女のミナレア・リーン・ナルタリアよ!!!」
圧倒的な圧力に俺は無意識に地面に跪く。
「は、はい。お目にかかれて光栄です。王女」
顔を上げると王女は椅子を離れ、俺へと近付いてくる。
その歩き方は優雅で、見惚れてしまいそうになる程だった。
「ふーん。アンタが勇者?冴えないし、弱そう…ねぇ、アンタ、ホントに戦えるの?」
随分口が悪い王女様だ。せっかくの綺麗な立ち振舞いや、顔立ちが台無しだ。
などと、考えていたら、多分顔に出ていたのだろう。
王女はいきなり俺の胸ぐらを掴み、
「アンタ今、ワタシの事バカにしたでしょ!?」
と、突っ掛かってきた。
こんな王女あり?言動に気品もなにもあったもんじゃない、とは思ったが、次は顔に出ないよう頑張り、その場を収めるために謝罪をする。
「申し訳ございませんでした」
もう、泣きそうだ。王女とはいえ、年下の女の子に、心を読まれ、胸ぐらを掴まれ、挙げ句、謝る以外の選択肢が無いなんて。
「次はこれだからね!!!」
と、王女は拳を握り、次やったら殴る、と表してきた。
本当になんなんだ。この王女は、と考えていると、モルジアールが今回の目的である、参加の合図に取り掛かり始めた。
「この日、勇者様が正式に闘いへの参加を申し出た!我が国、ナルタリアは衰退の一歩を辿っていたが、勇者様がご活躍なされば、再び、前進する事が出来る!」
モルジアールの声は大きく、その声量は城中にも響いてるのではないかと思う程だ。
「勇者様、こちらへ」
兵士に案内され、王女の前で再度跪く。
「我が国の未来をそなたに託します。我が国に希望と繁栄を」
先程までとは明らかに別人の王女。
清んだ声は俺の耳ではなく、心に響くよう感じがした。
先程の存在感とは、別物の存在感。
王女の姿は気品と慈愛で満ち溢れているようだった。
「「「「ナルタリア国万歳!!!」」」」
「「「「ナルタリア王家万歳!!!」」」」
「「「「勇者万歳!!!」」」」
兵士達の声が中庭に響く。声は壁の如く、俺の体にぶつかるかのようだった。
暫く経ち、兵士達の声が止む。
中庭の中心部へ向かうモルジアールの手には何やら水晶のような物が。
「では、参加の合図を始める!!!」
モルジアールが水晶のような物を空中へ放り投げると、瞬く間に加速し、天高く舞い上がって空中で破裂した。
破裂した様はまるで花火だ。
俺の知っている花火とは違い、火では無く、光が破裂していて、とても幻想的だった。
隣で見ていた王女も花火を見上げている。
花火の光が王女の顔を様々な色で染める。花火と、それを見る王女もまた、幻想的と言えた。
参加の合図は完了した。
これでもう、退くことは出来ない。いや、出来なくていいんだ。
みんなのために闘わなければいけないのだから。
決意と不安と希望。三つ巴の感情の中、俺は始まりの狼煙を見上げていた。