ナルタリアの闇②
太陽が完全に隠れた頃合いで第三市街を出た俺達は、そのまま城へと帰った。
サーシャは少女の服を見繕ってくる、と、少女と二人で城の何処かへ。
俺は昨晩案内された部屋で一人になり、椅子に腰掛けてから、第三市街での出来事を思い出す。
時間はそれほど経っていないが、色々な事があったため、第三市街での出来事は、かなり長く感じた。
第三市街の事、少女の事、色々な事を考えていると、部屋にノックが。
「勇者殿、入ってもよろしいでしょうか?」
聞こえてきた声はサーシャだ。
「はいよー」
言うと、俺は部屋の扉を開いた。
「お待たせしました。さぁ、入って」
「しつれい…します…」
サーシャに背中を押され、入ってきたのは先程の少女だった。
髪を梳かし、身なりを整えた少女は、正にちびっこメイドだ。
「ンフフ♪どうです?勇者殿も萌え萌えでしょう?」
この世界に[萌え]という言葉があるのか?とは思ったが、少女は確かに萌え萌えだった。
いや、決してロリコンでは無いはず。うん、多分大丈夫。と、下らない事を考えていると、
「ほーら、勇者殿に挨拶なさい」
少女はもう一度サーシャに背中を押され、俺の方へと寄ってくる。
俺の近くへ来て、恥ずかしいのか、少女はもじもじとしながら自己紹介を始めた。
「あ、あの、ユイナ…って言います…おじいちゃん…じゃなくて、ロレンスのまご…です。」
少女はユイナという名前らしい。頑張って挨拶をする様はまるで小動物みたいだ。
「ありがとうユイナ。でも、ゴメンな?俺もユイナに名前を教えたいけど、記憶喪失になっちゃって、名前わかんないんだよ」
ユイナの頭を撫でながら、挨拶?を返す。
「勇者さま、きおくそうしつ?」
ユイナは意味が分からないようで、不思議そうな顔をした。
「ユイナ、勇者殿はお疲れのご様子ですし、アタシの部屋で待ってて。ね?」
サーシャがユイナに自分の部屋で待つよう諭した。
恐らく、第三市街の話だ。ユイナには聞かせたくないのだろう。
ユイナが部屋を出ていくと、サーシャは椅子に座り直し、真剣な表情に。
「勇者殿、第三市街の事なのですが…」
「あぁ、俺もいくつか聞きたい事があってさ」
予想通り話の内容は第三市街の事だった。
「まず、俺からいいか?」
サーシャが、はいと答えると俺は話を続けた。
「なんで、第三市街の人達は俺が勇者だと知っていたんだ?」
俺の質問に対し、答え辛そうにサーシャは話し出す。
「勇者殿があなた様だと、彼らが知っていたのは、私めが伝えたからです」
サーシャの答えに疑問を抱く。この街を回っていた時は、街の人間には俺が勇者であることは秘密だと言われていた。
だからこそ不思議に思う。何故、俺が勇者だと伝えたのか。
「私めは第三市街の出身なのです。あそこにいる者はほとんどが知り合いです。ですから、勇者殿があなた様であることを伝えてしまいました…勇者殿は希望の象徴です。絶望に包まれたあの場所に、少しでも希望をあげたかった!」
話しながら、サーシャは泣き出しそうになり、黙りこんでしまった。
そのまま、少し時間が経ち、サーシャが落ち着いた頃合いで、話を再開する。
「しかし、サーシャが第三市街出だとは分からなかったよ。むしろ、貴族とかそっちの方の出かと思ってた」
「ええ、努力は致しました。第三市街上がりに見られぬように…」
「それって、第三市街の人達は差別されてるって事か?」
「はい。第三市街の人間は普通の民からは軽蔑されております。私めも、第三上がりと、幼少の頃は差別の対象でした。」
サーシャが辛そうな表情を見せたので、過去について深く聞くのはやめた。
差別問題。それが、ナルタリアの闇の一つ。
第三市街の人達はその闇を背負わされてるだけなのだ。
「もう一ついいか?」
気になっていたもう一つの事について聞き始める。
正直、そっちが本題だ。
「なんで、第三市街の流行り病を国は放置するんだ?」
「それは…ナルタリアにそこまで手が回る程やの余裕が無いためです。先程もお伝えした通り、ナルタリアは小国です。隣国のアムニスタのお陰で国として成り立っているものの、戦争による食糧不足、民の疲弊など、様々な問題で手一杯なのです」
サーシャの表情は本当に辛そうだった。
生まれた国の事、自分の育った場所を守りたいが、出来ない。という気持ちが痛いほど伝わってくる。
「第三市街の民達は病を広めないよう一ヶ所に集まっていたのです!」
その言葉に、俺の心がさらに痛む。
あんなに優しい人達が、自分達は被害者だというのに。
いや、優しい人達だからこそ、流行り病を広めないようにと一ヶ所へ。
俺はその惨めさに、優しさに堪えきれず、また泣いてしまう。
サーシャは俺の隣に座り、無言で俺を抱き締めてくれた。
サーシャの身体は震えていた。多分サーシャも泣いていたのだろう。第三市街の人達へ何も出来ない自分の無力さに。
俺達は暫く泣き続けていた。
それからどれくらい経ったかは分からないが、俺が落ち着くと、サーシャは抱き締める腕をほどき、
「申し訳ございませんでした」
と、部屋を後にした。
シャワーを浴びてからベッドへ入る。
一人になり、考えた事はやはり、第三市街の事、サーシャの事。
多分、俺が闘いで勝てば、国土を広げられる。
そうすれば、食糧だって、資金繰りだって、少しづつ良くなる筈。
もう、泣かない。第三市街の人達を救えるまでは。
俺の中の闘う理由が、興味から決意へと変わっていった。