召喚されて記憶飛ぶ①
「まだなぁ、負けられないんだよ!まだ、ダメなんだ!救わなきゃいけないんだよ!俺は…」
頭がふらつく。それは、この闘いの中で受けたダメージなのか、それとも、この闘いに高揚しているせいなのかは分からない。
地に着いていた膝を持ち上げ、構え直す。
楽しい。この闘いが。嬉しい。こいつと闘える事が。
俺を俺として、過去を見ず、未来を見ず、ただただ現在の俺を見て、全力で闘ってくれるアイツが最高に好きだ。
「さぁ、そろそろ決着だな。体力的にもう、限界だろ?お互い」
この闘いが、終わるのが寂しい。出来る事ならもっと、もっともっともっともっと闘っていたい。
しかし、身体は応えてくれない。次で最後。これで、決着。
俺は最後の力を振り絞り、最高の一撃になるように、拳に力を込める。
「っしゃぁ!!!行くぜ!!!」
気合いの言葉と共にアイツに向かって飛び込んだ。
「「「勇者誕生万歳!!!勇者誕生万歳!!!」」」
眩しい。目が開けられない程に、その光は眩しかった。
眩しさに目を瞑っている間に聞こえる《勇者誕生万歳》の声達。
今、何が起きているのかが全くと言っていいほど理解出来なかった。
光が落ち着き、目を開き始める。段々と目が慣れてくると、大勢の人間が自分を中心に円で囲っていた。
自分がどこにいるのか確認するため、辺りを見回してみると、この部屋は宮殿や城の大広間を思わさせるような建物だ。天井も高く、かなり広い。
やはり、理解が出来ない。これはどういうことだ?と、頭の中は困惑仕切っている。
すると、目の前にいた人物がこちらに近づき、声を掛けてきた。
「おぉ!おーおー。ついに勇者様が現れた。勇者様!ようこそおいでくださいました」
涙目で声を掛けてきた人物は40代半ば程の小太りの男だった。
男は涙をハンカチで拭うと話を続けた。
「申し遅れました。私の名前はモルジアール。この国にて、大臣を勤めさせて頂いております」
モルジアールと名乗る男は膝を着き、深々と頭を下げる。それに合わせ、周りにいた他の人間達もモルジアールと同様に膝を着き、頭を下げた。
「勇者様!あなた様は我が国の希望です!是非ともご助力頂けませぬか?」
立ち上がり、熱弁するモルジアール。しかし、いまだに困惑している自分は話に着いていけない。
「あー!まだ、勇者様のお名前をお伺いしていませんでしたね。して、勇者様のお名前は?」
モルジアールの質問は止まらない。だが、やっと自分にも意味の分かる質問が出た。
自分は名前を言おうと口を開いた。
「俺の名前は…」
何か違和感を感じる。記憶の中にすっぽりと穴が出来たような感覚。何故か自分の名前が出てこない。
名前?もちろん意味は分かってる。人や物が付けられる、もしくは付ける個々の名称。
だが、俺の名前はなんだ?分からない、俺の名前が。
「わかんねぇ…」
俺は無意識に呟いていた。
モルジアールは不思議そうに俺を見ているが何かを閃いたようで、声を掛けてくる。
「どうやら、お疲れのようですな。まぁ、召喚されて少し混乱されているのでしょう。部屋は用意してありますから、どうぞお休み下さい」
モルジアールが手を叩くと、褐色肌で、綺麗な赤髪長髪の女性が現れた。
女性は一礼し、ンフフと少し笑うと、俺の手を引いてくる。恐らく使用人なのだろう。だが、服装はとても使用人には見えない、露出の多いものだ。
「さぁ、勇者様こちらに」
どうやら、俺を部屋へ案内してくれるようだ。正直助かる。この場に居るよりかは落ち着きそうだ。
部屋へ案内された。俺を気遣ったのか、使用人は、何かあればお呼び下さい。と、部屋を後にしていった。
案内された部屋もまた、広く、人一人が生活するには広すぎる程だった。ホテルの最上級と言えば、一番分かりやすいだろう。
部屋の中のソファーに腰を落とし、もう一度自分の名前を思いだそうとしたが、無理だった。
名前が無理なら記憶は?と、自分が何者で、何をしてきたのか?と、思いだそうとするも、失敗した。
この時になって自覚する。自分が記憶を喪失していることに。
「どうしたもんかな…」
溜め息混じりに呟いた。
記憶喪失、意味は分かる。ようは記憶を失ったという事だ。しかし、知識的な記憶は恐らく失っていない。多分…
少し不安になったので、周りを見渡し、物の名前が分かるか調べてみる。
ソファーにベッド、テーブル、シャンデリアやら、鏡。リンゴ、バナナ、マンゴー、ブドウ。
うん、大丈夫そうだ。知識は恐らく消えてない。
念のため、字を書けるか調べてみようと、テーブルの上の筆を手に取り、その横にあったメモ帳らしき紙に字を書いてみた。字も思い付く限りは書けたので、少し安心した。
知識があるせいなのかは分からないが、記憶を失った事自体はあまり不安にならない。俺の元々の性格というのもあるのだろうが、不安になるよりかは、百倍はましだろう。
「なんか、疲れたな。ちょっとだけ寝ようかな?」
ソファーから立ち上がり、ベッドへと向かう。部屋が広いため、意外にも歩く。
ベッドに着くと、顔からベッドへ倒れ込むようにして寝転ぶ。
(あー、とりあえず寝れば何か思い出すかな?つか、夢落ちならどんなに楽か…)
などと、考えているうちに、いつの間にか深い眠りの中へ落ちていった。