第4話 大村さんと愛の告白
最近、大村さんはスマホを見て溜息ばかりついている。
ネット恋愛にハマっているらしい。
相手は女のふりした男だったりAIだったりするらしい。つまり、そういう業者ということだ。恋する男から金をまきあげようとしている悪いやつらだ。
ある日のディナータイム前、切ない顔でスマホを見つめていた大村さんは、身をくねらせてああ~んと叫んだ。
「なに、何の叫び? 恋の叫び?」
春斗くんが私に近づいてきて、
「大村シェフってまた業者に騙されたんでしょうか。業者に引っかかる人ってほんとにいるんですね」と、耳打ちしてきた。ささやき声だったのに、大村さんにも聞こえてしまったようで、スマホから勢いよく顔を上げると、春斗くんに詰め寄った。
「今度の彼女は本物なんだ! AIじゃないし男でもない、ほら! 見て!」
私たちは顔を見合わせて、半信半疑で大村さんのスマホ画面を見てみた。
花柄のワンピースを着て、目を閉じて日を浴びている女性の写真が表示されていた。目を閉じてるところが、ちょっと自分に酔ってそうな雰囲気だ。でも、可愛らしい女性だった。
「な? 本物の女性だろ?」
「確かに」
「そうですね」
私たちが頷くと、大村さんはほらみたことか! という顔で胸を張った。
「そうだろ、そうだろ。本物の女の子が、俺に声をかけてきたんだ。俺たちは同じSNSをやってるんだけど、彼女は俺の投稿にぐっときたみたいでさあ」
「大村さんのSNSって、たしか延々とトマトの写真をアップして、たまに彼女欲しいって書き込むやつですよね」
大村さんがそのSNSを始めたとき、アピアの全スタッフに招待用QRコードが配布されたが、スタッフ一同、閲覧したのはそのときだけで、今は誰も見てないやつだ。
「……その彼女もトマトが好きなんですか?」
「え? どうだろ。でも、俺のトマト写真が面白いですねって言ってくれたよ」
大村さんはデレデレしている。するとフロアにいたヒマリちゃんが駆け寄ってきて、スマホを覗き込んできた。
「うん本物っぽいですね……けど、これ誰が撮影してるんですか」
「え?」
ヒマリちゃんの突然の質問に、大村さんは面食らっている。
「え? いや、だって、これ、角度的に三脚とかじゃないし、誰かが撮影してる写真じゃないですか。誰が撮影したのかなって。男がいるんじゃないですか。親とか女友達とかにこんなナル全開の写真を撮ってもらうのって無理だし」
「おお、さすがモデルのヒマリちゃんは写真を見る視点が違うね」
私が褒めると、彼女はふふんと軽く笑って、大村さんのスマホを奪い取った。
「えっと、「この写真って誰が撮ったの? もしかして彼氏?」って書いて送っちゃお」
「え、ちょっと!」
「うわ、ブロックされた。早!」
ヒマリちゃんはけらけら笑っている。
「うわあ」
さすがにちょっと大村さんが可哀想かも。
「あの子、ほんと怖いですね」
春斗くんも引いている。
「うん、えぐいね……」
「……気をつけてくださいよ。さとみさん、狙われてるし」
「うわああ! ほんとにブロックされてる!」
大村さんがスマホを見て泣き叫んだ。
その後ヒマリちゃんのネット調査により、写真の女性は男を騙して金を巻き上げている前科があることが判明した。あと彼氏もいた。SNSで堂々とのろけていた。大村さんはなんで気づかないんだ。どうしてこうもわかりやすい罠に次から次へとはまっていくんだ。
当然の流れとして。
大村さんは泣きながら帰ってしまった。
臨時休業決定。
その翌日、失恋のショックで脳が覚醒している大村さんは、三種のジビエの塊肉(鴨、猪、鹿)を焼いて、ソースをかけた肉料理「ハンター」を完成させた。
このジビエ肉はくさみを出さないために、仕留め方と冷凍方法を大村さんが卸業者に指示しているという。なんでも野生のジビエというのは、銃で一撃でしとめて、かなりの低温で冷凍すると、くさみが減るらしい。動物が苦しんで暴れ回った肉は味が悪く、動物も可哀想だから仕入れない、と大村さんは主張している。
一流の猟師が仕留めた肉を、食感はやわらかく、味わいは深くなるよう、直火の遠火で焼き上げたシンプルな料理は、肉本来のうまみを最大限に引き出しており絶品だ。それに合わせるソースも三種が用意されていて、鴨はベリーソース、猪は林檎ソース、鹿はカカオソースで、このカカオソースがほろ苦くて意外と鹿肉とマッチするのだ。さすがオーナーから店長を任されている我らがシェフ、すばらしい出来映えである。
ハンターが完成後、大村さんは、開店前のフロアに全従業員を集めてスピーチを始めた。
「みんな聞いてくれ。当店アピアでは、ここ最近いろんな新メニューが誕生してたよな。矛盾、カニ殺し、サンセットに散れ。そして新しい肉料理のハンター。これでアピアの新コースを組めそうだ。ただ野菜料理だけ新メニューがないけど、うちは正統派イタリアンじゃないし、省略しても問題ないだろう。きっと素晴らしいコースになると思う」
そこまで言って、むせび泣き始めた。
「これもみんなが頑張ってくれたおかげだよ。最近失恋してばっかりだけど、すばらしいスタッフと仕事ができて俺は幸せものだ。みんな……みんなのおかげです! ぐすっ」
「大村さん……」
「うう、みんな……これからも……、これからもよろしくなあ……」
「はい!」
と、力強く返事をしたのは波田さんだった。
「俺はこれからもアピアのために頑張ります」
「ええ!?」
波田さん、店を移るんじゃなかったの? なんでもらい泣きしてるの? どうやら同時に6つのフライパンを操れる男は、情に流されやすい男でもあったようだ。
「さとみさん」
「はっ?」
大村さんが涙でぬれた目で、私をじっと見つめている。
「俺は気づいたことがあるんだ。聞いてくれるか」
「は、はい……」
大村さんは顔をぬぐって、大きく息を吸った。
「たくさんの恋を経験して、俺はやっと一番大事な人は誰かってことに気づいた。どんなときもそばにいて、支えてくれた人がいたんだって」
大村さんは私の手をそっと取って、跪いた。
「さとみさん。ずっと俺のそばにいて欲しい」
「ええと、ドルチェ係としてってことですか」
「も」
「もって何」
「ドルチェ係としても、女性としても」
今ごろ私に告白してくるなんて。それもみんなの前で。本当にもう大村さんったら。でも、彼は気持ちをちゃんと言葉にしてくれたのだから、私も逃げずに返事をしないといけない。
「……実は……私、もう彼がいるんです。この前、告白されちゃって」
「……告白?」
すると、春斗くんが私の隣にやってきて、大村さんにVサインしてみせた。
「どうも、彼氏です」
「嘘だろ!」
「ちょっと聞いてないんだけど!」
大村さんだけでなくヒマリちゃんも叫んだ。春斗くんは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「お二人とも、今後は一切さとみさんに手を出さないでくださいね」
大村さんは口をぽかんとあけて呆けている。ヒマリちゃんは般若のような顔になり、敵意のこもった目つきで射殺さんばかりに春斗くんを凝視している。
ううーん。大村さんはともかく、ヒマリちゃんって本当に私が好きなのだろうか? 本気で? ちょっと半信半疑だ。
春斗くんは、私がヒマリちゃんの相談に乗ったり愚痴を聞かされたりしているうちに懐かれたっていうか、そういう新しい恋の扉が開いた……と主張している。私が否定しても、いいやあれは獲物を狙う女の顔をしていますと言って聞かない。そうかなあ。ヒマリちゃんって女友達がいないみたいだし、やっとできた「姉さん」っていういわば年上の女友達みたいな私を独占したいだけなんじゃないのかな。そう思うのだが……。
「まあ、ともかく。私は春斗くんと付き合うことになりました」
アラサーの私に大学生の彼氏ができるなんて予想外だった。年の差があるからって春斗くんを男性として全然意識してなくて自然体で接していたのだが、それがかえって彼に火をつけたようだった。というか、よく聞いたら大学生じゃなくて大学院生だった。まあ、年下という意味では大した違いはないけれど。
私としては、正直なところ今もまだ春斗くんに対しては弟的な愛おしさを感じており、男性としては見られていないような気もするんだけど、今はそれでも良い、好きになってくれるまで待つから、と彼は言ってくれている。だから、これから少しずつ二人の関係をあっためていけたらいいなって、そう思っている。
「それで大村さん。その、女性としてというのは置いておいて、ドルチェ係としては、これからもよろしくお願いします」
店を移るとか独立するとかいう話もあったけれど、私はやっぱりアピアにいたいと思う。波田さんも、きっと私と同じなのだろう。よそに行ったほうがスキルアップできるとわかっていても、この店に愛着があるのだ。そしておそらく大村さんのことも、まあ恋愛的にはナシでも、店長としては好きなのだ。私たちに自由にやらせてくれて、本人も自由にやりたい放題で、おおらかで、どこか放っておけない、その人柄が。恋愛的にはナシだけど(二度目)。
「私はなんだかんだいってこの店が好きなんです。スタッフのみんなのことも。私、このお店に転職して良かったって思ってます。ここにいられることが嬉しいんです」
いつもクールな島本さんが珍しくにっこり笑って、私に頷いてくれた。
大村さんはふらふらと厨房奥へと帰っていった。私の言葉なんてもう聞こえないみたいだ。ヒマリちゃんも大村さんについていった。何をするのかとみんなが見守る中、二人は何やら相談しながら、新作料理をつくり始めた。
ヒマリちゃんがバーナーを持ち出して、パプリカを炙り始めた。その青い炎で完膚なきまでに焼き尽くす。おかげでパプリカは丸焦げの真っ黒い物体になった。なんていうか表情の厳しさもあいまって、大変ロックである。美少女モデルはバーナーを持たせても絵になるよね。それから彼女は黙々とパプリカの炭化した皮をナイフで削ぎ落とし、残った実の部分を大村さんに渡した。
大村さんは、受け取ったパプリカの中に揚げ野菜の酢漬けを詰めた。それを輪切りにして並べると、新メニュー「ハルマゲドン」が完成した。
大村さんは泣きながら「ハルマゲドンをみんなで試食してよ」と言った。焼かれたパプリカは、皮が黒焦げだったから苦いんじゃ……と心配したが、食べてみたら全然そんなことはなく、実は全然焦げてなくて甘さが引き出されており、とろけるような柔らい口当たりに仕上がっていた。またカルピオーネがさっぱりとしていて、こってりした料理の続くコースの中で、箸休めのような役割を果たしてくれそうだ。
「とっても美味しいですよ」
そう言うと、大村さんはまた泣いた。ヒマリちゃんも泣いた。
こうして、めでたく野菜料理が誕生し、アピアは新メニューだけでコースを組めることとなった。
「良かったですね」と、島本さんがいつもの淡々とした口調で祝福した。
というわけで、大村さん率いる「アピア」の新メニュー開発は、ここで一旦おしまい。
★アピアのスペシャルメニュー★
アンティパスト(前菜)…… 矛盾
プリモピアット(パスタ)…… カニ殺し
セコンドピアット(肉料理)…… ハンター
コントルノ(野菜料理)…… ハルマゲドン
ドルチェ(デザート)…… サンセットに散れ
メニュー名はやや物騒だけれど、味は保証します。
ふつうのお客さんのための、ちょっとだけよそ行きな雰囲気もなくもないが、基本はふつうのイタリアンレストラン「アピア」では、スタッフ一同、皆様のご来店をお待ちしております!
<了>
★アピアのスペシャルメニュー★
矛盾
(3種のキノコと魚のすり身を揚げたクオッポと、和風根菜を煮込んだチャンボッタ風)
カニ殺し
(トマト、唐辛子、ホワイトソース、カニの焦がし炒めパスタ)
ハンター
(鴨、猪、鹿のローストに三種のソースを添えて)
ハルマゲドン
(丸焼きパプリカのカルピオーネ詰めの輪切り)
サンセットに散れ
(マイヤーレモンのジェラート、オレンジピールとリコッタチーズ入りスフォリアテッラ、バニラ味のババレーゼ)




