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シェフの大村さんが失恋するたび料理のメニューが増えるレストランの話  作者: ゴオルド


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4/5

番外編 大村さんと白いイノシシ

 夜。閉店後のアピアでは、宴が繰り広げられていた。

「では、次の怪談を始めます」

 仕込みと清掃担当の島本さんが、明かりを消した店内で、アフロヘアをランプで下から照らしながら、抑揚のない声で宣言した。


「あんまり怖くないのにしてくださいよ」

 と、フロア担当の春斗くんが赤ワインのグラスを手に、本気かどうか微妙な声をかける。場を盛り上げようとしているだけで、実際はさほど怖がっていない気がする。


「私はすっごく怖いのが聞きたいけどな」

 フロア担当の女子高生のヒマリちゃんは、かぼちゃのニョッキをほおばっている。ソースはクリーム系だ。私が担当した料理なのだけれど、自分でも結構うまくできた気がする。ニョッキはもちもち食感で、ソースは薄くもなければ濃くもない絶妙な塩梅だ。嬉しいことにヒマリちゃんには大好評、春斗くんもあっという間に完食してくれた。

 実を言うとこのかぼちゃのニョッキは、ニョッキもソースも波田さんの作り置きだ。だから正確には私が作ったとはいえないのだが、それでも自分が出したものを美味しそうに食べてもらえるのは幸せな気持ちになれる。この瞬間のために生きてるなって感じ。波田さん作だけど。


 ヒマリちゃんは口の中のニョッキを飲み込むと、小さな顎をつんと上げた。

「怪談とかって、私は全然平気なんで」

 彼女は本当はかなりビビっているのに、怖くないふりをしている気がする。春斗くんとは逆だ。


 私は、春斗くんとヒマリちゃんに挟まれるようにして客席のソファに座り、前傾姿勢で島本さんの語りを待っている。私は島本さんの話が好きだった。淡々と語るのだが、なかなか話し上手で、引き込まれるのだ。


 ちなみに私が話を聞きながら前傾姿勢で食べているのは、春斗くんが作ってくれたナポリタンだ。賞味期限ぎりぎりのウインナーをよく炒めて、そこにタマネギ、ピーマン、ケチャップを合わせることで絶妙なハーモニーを奏でている。これぞザ・日本のスパゲティという感じでとっても美味しい。アピアで出すようなイタリアンパスタとは違うけれど、こういうものもアリだと思う。


 ただいまの時刻は午後8時。本来であれば営業している時間ではあるが、波田くんの彼女がインフルで倒れ、波田くん自身も体調が思わしくないとのことで、急きょ閉店となった。

 大村さん? ああ、なんか熱があるとかで休んでいる。大村さんもインフルなのかもしれない。この分だと明日の営業も無理だろう。


 これはまたとないチャンス! ということで、私たち4人は、「お客様にはもう出せないような古い食材を処分」するために、店で酒盛りを始めた。もちろんヒマリちゃんはジュースだけど。


 店でほこりを被っていたなんだかよくわからない赤ワインをあけて、私と春斗くんと島本さんは、ほろ酔い状態だ。

 

 営業中だと誤解されないよう、照明を消して、小さなテーブルランプだけつけて飲んでしゃべってしているうちに、いつしか島本さんの怪談が始まったのだった。


 島本さんは、ワインをぐいっと飲んで、唇をしめらせてから、語り出した。

「あれは、私がこの店の清掃を終えて、冷蔵庫の陰で休憩していたときのことです」

「冷蔵庫の陰ですか? なんでそんなところで休憩を……」と、春斗くんがいきなりツッコんだ。

「居心地がいいんです」

「居心地……」と、ヒマリちゃん。

「はい、居心地」

「そ、それで?」

 私は続きを促した。

「はい、それで、冷蔵庫の陰で休んでいたら、勝手口のドアがぎいい……と音を立てて開いて、何者かが厨房に入ってきたんです」

「ごっ、強盗ですか!」

 思わず尋ねると、島本さんは首を横に振った。

「いいえ、大村シェフでした」

「なんだあ……」

「ただ、大村シェフは服がびりびりに破れており、ほとんど全裸といっても過言ではない格好になっていました。なお、このことは人にしゃべっても良いとの許可は得ています」

「さすが島本さん、許可を取るなんて生真面目。信頼できる」

 私がそう言うと、春斗くんが大げさなぐらい頷いた。

「やっぱり真面目なのって大事ですよね。俺も性格は真面目だから、不真面目なやつって好きになれないし、不真面目な人とは付き合わないほうがいいって思います。さとみさんもそうですよね?」

「え、私? まあ、確かに不真面目よりは真面目のほうがいい……かな?」

「そうかなあ? 真面目ってそんなに良いですか?」

 ヒマリちゃんが冷たい目で春斗くんを見ている。

「私は、人に真面目だねって言われたら、つまんないやつって言われた気がして、あんまりいい気がしないです。姉さんもそう思いませんか」

「ま、まあ、状況によっては褒め言葉じゃないこともあるかも……」

 そこで、無言で成り行きを見守っている島本さんのことを思い出して、慌ててフォローする。

「いやでも生真面目なのは良いと思います、人ととして正しいですし!」

 するとなぜか春斗くんが勝ち誇った顔をして、ヒマリちゃんは神社にいる狛犬みたいな顔になって舌打ちした。

 もしやこの二人って喧嘩でもしてるのだろうか。


「島本さん、続きをお願いします。お話は、大村さんが全裸で店にやってきた、というところでしたよね」

「いえ、全裸ではなく、全裸に近いぐらいのお姿でした。私が「大村シェフ、どうされました」と冷蔵庫の影でうずくまったまま声をかけると、大村シェフは悲鳴を上げました。すると、体に巻きついていた残り僅かな布が床に落ちてしまって、大村シェフはそこで正真正銘の全裸となりました」

「結局全裸になったんですね」

 春斗くんが苦笑している。

「大村シェフは、調理台の影に身を隠し、私にこう言ったんです。「森で白いイノシシを見たんだ」と」

「森で……」

「白い……」

「イノシシを……」

 島本さんは神妙な面持ちで頷いた。

「それと全裸は何の関係が? もちろん私はそこを尋ねました。すると大村シェフは、「森でトリュフを探していたんだけど……」と事情を語り始めました」

「トリュフって、有名なあのキノコですよね。高価なやつ。そんなものを日本の森で探してたんですか? というか生えてるものなんですか」

「ええ、なんでも探せばあるそうです。大村シェフは、気になっている女性が国産の天然トリュフを食べてみたい、と言っているのを聞いて、頼まれてもいないのに森に探しにいったようでした。あと結婚指輪も買っていて、その指輪ケースにトリュフを入れて渡すつもりとのことでした。付き合ってもいないのに」

「もうこの時点でホラー」

 ヒマリちゃんはあきれ顔だ。


「大村シェフは結婚を夢みて森に行ったところ、大きな白いイノシシと遭遇したそうなんです。そのイノシシは、大村さんに「おまえの願いはなんだ、人間……。おまえの願いを叶えてやるぞ……」と言ったそうです」

「……」

「……」

「……」

 今全員が思ってる、絶対嘘だって。


「それで、大村さんは「うちの店を繁盛させたい、それが俺の一番の望みだ」って言ったそうです」

「……」

「……」

「……」

 今全員が思ってる、絶対嘘だって。


「すると白いイノシシは「おまえは嘘をついているな。本当は彼女欲しいってことしか考えていないだろ!」と言って、大村シェフに襲いかかり、大村シェフはイノシシと格闘、服をびりびりに破かれたそうです。死を覚悟した大村シェフでしたが、そのとき彼は思い出したのです、自分は包丁を持っているってことを! その包丁でイノシシの肩のあたりを切りつけたそうです」

 島村さんは、エア包丁を構えて、サムライみたいに一文字にずばっと切る動作をした。

「……負傷したイノシシは、森の奥へと帰っていったそうです……」

 島本さんは、私たちをぐるりと見回した。

「私は正直、大村シェフは嘘をついているのではないかと思いました」

 三人同時に頷く。

「でも……」

 そこで言葉を切って、島本さんはワインを一口飲み下すと、頭を振った。

「私、見たんです……」

「な、何をですか……」

「大村シェフが襲われた一カ月後、テレビで「街に白イノシシあらわる」というローカルニュースが報道されたのですが、そこに映っていた白いイノシシの肩に、一本の長細い傷があったんです……」


「……」

「……」

「……」


「なぜ大村シェフは白イノシシから襲われたのか。それは嘘をついたからです。嘘は良くない、これはそういう教訓にもなる怖いお話でした」

 そこで島本さんはぺこりと頭を下げた。


 微妙な沈黙がおりた。

 なんだこれ。怪談……なのか……?


「怖い……といえば怖い……話だったかも」と、ヒマリちゃん。

「えっと、服がびりびりの大村シェフに、冷蔵庫の影から島本さんが声をかけたのは、大村シェフにとってはホラーだったでしょうね」と、春斗くん。

「白イノシシは……今どこに……」

 私はイノシシの行方が気になる。傷は大丈夫なのか。


 島本さんは、真面目な顔で再び口を開いた。

「皆さんはもしも森で白イノシシと出会ったらどうしますか。どんな願いを叶えてもらいますか」

「恋愛成就」と、即答したのは春斗くんだ。

「私は、自分の望みが全部叶いますようにって頼むな」と、ヒマリちゃん。さすが、小ずるいことを考える。

「さとみさんは?」

「姉さんは?」

 春斗くんとヒマリちゃんが私を凝視している。なんだろう、なんだか軽い気持ちで答えてはいけない気がする。返答次第でトラブルに巻き込まれる予感。

「え、ええと、なんか怖いし、願いを言わずに逃げるかも……?」

「ふふ、姉さんって欲がないんですね。でも、姉さんらしくて好き」

 ヒマリちゃんが頭をこてんと私の肩に乗せてきた。しかし春斗くんが私の腕を掴んで引っぱったので、ヒマリちゃんの頭はソファの上へ、ぽすっと音を立てて落ちた。彼女はそのままの姿勢で眼球だけ動かして、春斗くんを見上げた。何とも言えない気迫が漂っていて怖い。


 島本さんは立ち上がると、厨房へ行ってしまった。何やらガタゴトと音がしている。調理しているようだ。そんな中、まだ二人は無言で睨み合っている。


 私は……一体どうすれば……。今ここに白イノシシがあらわれてくれないかな……。そうしたら平和を願うのだが。


 じりじりとした時間が流れる中、島本さんがお皿を持って戻ってきた。エスカルゴのアヒージョをつくったようだ。ガーリックの美味しそうな香りが漂ってきた。


「さて、次の怪談ですが……その前にこれを開けましょう」

 どん、と音を立てて、島本さんはテーブルに白ワインのボトルを置いた。


 二人はまだ無言で睨み合っている。


「宴はまだまだ始まったばかりです」

 島本さんは、ぽんと音を立てて、コルクを抜いた。



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