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シェフの大村さんが失恋するたび料理のメニューが増えるレストランの話  作者: ゴオルド


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第3話 大村さんと八方美人こうもり姫

 平日の午前ってそわそわしてしまう。学校をサボったような気持ちになるのだ。

 机に座って勉強せずに、マカロンなんかつくっていていいのか。いやいや私はこれが仕事なんだからいいのだと思い出す。


 ちなみにマカロンはフランス菓子のイメージが強いが、その発祥はイタリアだという説もあるので、イタリアンで出すのもアリなのだ。

 今私がつくっているのは、イタリア風のマカロンなので、フランス風マカロンみたいに派手な色はしていないし、生地からはみ出したフリル状のピエもない。アーモンドパウダー入りのクッキー生地でチョコレートクリームを挟んだ素朴で美味しい焼き菓子だ。別名バーチ・ディ・ダーマともいう。このバーチ・ディ・ダーマがフランス風マカロンの原型となった……という説がある。本当のところはどうだか知らないけれど。製菓学校では習わなかった。習ったけど忘れてしまっただけかな。あるいは授業をサボったときにそういう説明があったのかも。


「学校サボって見るワイドショーって楽しかったなあ」

 あれほど背徳的かつ非生産的な楽しみがあるだろうか。タバコや飲酒や校則違反より「何の経験値も得られずただただ時間だけを浪費する」という点において、よっぽどワルって気がする。


「私って……若い頃はワル……だったんだぜ……ふふ」


 就職して以来テレビなんて長らく観ていない。今はどんなワイドショーをやってるんだっけ。泡立て器で銀色のボウルの中身をしゃかしゃかやりながら、記憶をたぐりよせる……。確か……お笑い芸人さんが……あれ、違ったかな……。

 その時、業者さんの白いトラックが当店の駐車場に入ってくるのが見えた。


 ボウルの中をかきまぜる手をとめて、私が応対しようとしたが、

「いいよ、俺が行くから」

 厨房の奥から大村さんが慌てたようすで走ってきた。そのまま勢いよく駐車場に出ると、スキップに切り替わった。肩が上下して、うきうき感をかもしだしている。


 ははーん?


 不審者を警戒するような気持ちで大村さんの動きを見守っていたら、勝手口から波田さんが出勤してきて、ジーンズ姿のまま私に話しかけてきた。


「さとみさん。俺はこの店を辞めて、よそにうつることにしました。本格イタリアンの店です」

 ああ、ついに当店に愛想を尽かしてしまったのか。しかし、波田さんは意外な言葉を続けた。

「一緒にいきませんか」

「えっ、私も?」

「ええ、こんなところでくすぶっているのは、もったいないですよ。スキルアップしなきゃ」

「ええ? そう?」

「そうですよ、あるいはパティスリーとして独立してもいいじゃないですか」

 よそで経験を積んでスキルアップ、もしくは自分の店を持つ。魅力的な将来プランだとは思うけれど、いまいちリアリティーがないというか、しっくりこない。

「ここは良い店だし、俺だって結構気に入ってる。でも、やっぱり一度はリストランテで働いてみたいって思うんですよ。名前だけのリストランテじゃなくて、ちゃんとドレスコードがあるような店で」

「リストランテ……一流イタリアンかあ……」

「良い経験になると思うんです。さとみさんも一流の店で働いてみたくないですか」

「私は……」


 再び勝手口のドアが開いて、今度は女性が入ってきた。アフロヘアの女性だ。私は渡りに船とばかりに彼女に挨拶した。

「島本さん、お久しぶりです」

 島本さんはぺこりと頭をさげた。彼女はアピアの清掃と下ごしらえを担当している。年齢不詳で、あまり陽気なたちではないが、生真面目で信用できる人だ。仕事中はアフロを布で覆って、髪が店内に落ちないように気を遣っている。今日はサメ柄のスカーフで髪全体を覆っていた。口を開けたサメがこっちを睨んでいる。おかげでちょっと迫力のある外見である。

 いつもなら島本さんは閉店後の夜、もしくは開店前の早朝に店に来るシフトだ。私は午前10時ぐらいに出勤してきて、閉店したらすぐ帰るから、あまり会う機会がない。


「もうすぐ開店時間ですが、こんな時間にどうしたんですか」

「大村シェフが新しい前菜(アンティパスト)を考えたいからって、今日はその仕込みの打ち合わせなんです」

「へえ」

 島本さんは勝手口から外に出ると、食材の入った段ボール箱を持って戻ってきた。中身は椎茸、エリンギ、しめじ、レンコン、ゴボウ、カブ、里芋、金時人参……。

「和風な感じですね」

 私がそう言うと、島本さんは頷いた。

「シェフは和食材とイタリアンの融合メニューを試してみたいそうです」

 波田さんは顔をしかめた。だが、何も言わなかった。

「あと、これも」

 そう言って島本さんは、ビニール袋に入った大きな鯛を見せてくれた。もう下処理済みなのだろう、内臓とえらは抜いてあった。

「うわあ、立派な鯛ですね。お値段が張りそう……」

「私が釣ってきました」

「島本さんが!?」

「はい。今朝ちょっと海まで行って」

 彼女は手首をくいっと動かして、釣るような仕草をした。

「すごすぎる……島本さんって何者なの……」


 店のドアが開いて、大村さんと若い女性が入ってきた。白いパンツスーツにピンクのシャツを着た彼女は、脇田フーズという食品卸の会社の人だ。今日はチーズと冷凍食品の納品にきたはずだったが、手ぶらだった。かわりに大村さんがそれらの食材の入ったケースを抱えている。


「わたしって誤解されやすいんです」

 脇田フーズの女は、大村さんに腕を絡ませて、しなだれかかっている

「うん、わかるよ」と、何もわかってなさそうな大村さんが言う。

「そんなつもりないのに、思わせぶりだって責められて、それがつらくって」

「うん、わかるよ」

「わたしは優しすぎるって友達からも言われてて」

「うん、わかるよ」

「男の人と仲良くなりたいとは思うんです。でもそれは男女の仲っていうんじゃなくて、友達になりたいだけ。それなのに告白されたりするから、本当につらくて」

「うん、わかるよ」

「わたし、男の人と付き合ったことなくて。恋愛とか興味ないし、よくわからないし」

「うん、わかるよ」

 彼女が何を言っても、うんわかるよしか言わない大村さん。目がハートになっていることは言うまでもない。

「シェフ、しゃべってないでさっさと食材をフリーザーに入れてください。冷凍食材が傷んだら困ります」

 波田さんが、あえて空気を読まずに注意した。

「おっと、ごめんごめん。あ、島本さんだ」

 そこで大村さんはやっと島本さんの存在に気づいた。島本さんは黙礼した。

「なんでこんな時間にいるの?」

「大村シェフに呼ばれたからです」

「そうだっけ? ……あー、そういえば呼んだかも」

「シェフ! 早く!」

「ああ、はいはい」

 大村さんが厨房に行くと、脇田フーズの女は、なぜか私に近寄ってきて、腕を絡めてきた。腕の動きが阻害されて、泡立てがしづらい。

「え、何?」

「助けてください」

「は?」

 脇田フーズの女は、私を上目遣いで見つめてきた。心なしかうるうるしている気がする。

「わたしって大村シェフにつきまとわれて迷惑してるんです」

「え、とてもそうは見えなかったけど。楽しそうに笑ってたし」

「愛想笑いに決まってるじゃないですか」

「ええっ? でもさっきは自分から腕を絡めてなかった?」

「……信じてくれないんですか。わたしセクハラされてるのに。同じ女ならわかってくれるって思ったのに」

「え、いや、うーん」

「なんで味方になってくれないんですか?」

 女は私の腕から手を離すと、「わたしっていつもそう。誤解されてばっかり」と、鬼のような形相で私を睨み付けてきた。何だ何だ、急展開すぎて話についていけない。


 そこで大村さんがのんきそうな顔して奥から戻ってきた。脇田フーズは大村さんに駆け寄った。

「大村シェフ、聞いてくださいよお。あの女の人から「可愛いからってあんまり調子にのんじゃねえぞ……」って言われたんですう。いじめられたんですう、怖いですう」

「ええっ」

 私そんなこと言ったっけ? 可愛いからって、なんて言ったっけ?

 大村さんは、やれやれと言いたげな顔になった。

「可愛い子をいびるなよ」

「いびってないですが……」

 脇田フーズの女は、大村さんの後ろに隠れた。彼女に頼られているのを感じたのか、大村さんは鼻息が荒くなった。格好良いところを見せるつもりなのかも。

「いじめは良くないぞ。彼女を傷つけるようなことをするな。俺はそういうのは許さないから」

「だから、私は何もやってないです」

 大村さんは握り拳を震わせた。

「俺はちょっぴりダメなところもある不器用な男だが、いじめを見て見ぬふりするようなやつじゃない。頼むから、もう二度といじめはしませんと約束してくれ」

 いやに真剣なトーンだった。彼女に格好つけたいばっかりではなく、真剣にいじめに反対しているのだろう。それ自体は良いことだ。良いことだけれども……!

「誤解ですって……脇田フーズさんもなんでそんな嘘をつくんですか……って、あれ? どこ行った?」

 私と大村さんが言い争っている間に、脇田フーズは、厨房で波田くんに抱きついていた。

「な、何をしているのかな」

 大村さんが震え声でそう尋ねると、脇田フーズは波田さんの腕におでこを擦り付けた。

「この人、私のお兄ちゃんによく似てて、懐かしかったんです」

「あ、そ、そうなの?」

 おいっ! そんなわけないだろ! と、心の中で思わずツッコミをいれたが、証拠はない。

「お兄ちゃんがいたんだね」

「はい、そうなんです」

「いませんよ、お兄ちゃんなんか」

 誰かが冷静にツッコミを入れた。みんなの視線の集まる先をたどっていくと、サメ柄スカーフを被ったアフロヘアの島本さんがいた。彼女は表情を変えることなく淡々と続けた。

「脇田フーズさんは開店前に納品してくださるから、いつも食材は私が受け取ってるんです。その時にこの人ともたまに話すんですが、ひとりっこだって言ってました」

「え」

「あと彼氏がいるとも言ってました」

 みんなの視線が、島本さんから彼女へと移動した。脇田フーズは、むうっとふくれると、「ひど~い。アピアって業者いじめをするお店なんだ。みんなに言いふらしてやる」と、吐き捨てると、店から出ていった。


「彼氏、いたの……?」


 大村さんは、泣きながらトイレにかけこみ、そのまま引きこもってしまった。というわけで、本日は営業できず。私と波田さんは、島本さんと一緒に仕込みとか掃除とかをした。おかげで厨房がぴかぴかになり、床もすみずみまで綺麗に磨き上げることができた。



 その後、脇田フーズから「うちの社員に手を出すな。セクハラ反対」とお達しがきて、大村さんはまた泣いた。

「俺は手を出された側なんじゃないの? ねえ?」

「あんな子に手を出されて鼻の下を伸ばすのが悪い。自業自得です。愚か者です」と、私は断言した。女を見る目がなさすぎる。


 セクハラ扱いされて、私からは愚か者扱いされて、大村さんは大泣きして早退しようとしたが、間一髪のところで首根っこをとらえて、厨房に押し込んだ。そんなしょっちゅう臨時休業されたら困る。店の評判も落ちるし、用意している食材だって使えなかった分が廃棄になってしまうからもったいない。



 泣きながら厨房で頑張った大村さんは、閉店後、島本さんに人生相談をして、何かをひらめいたらしく、鯛と和風食材を使って、新前菜をつくった。



 こうして3種のキノコと魚のすり身を揚げて、紙で包んだクオッポに、和風根菜を煮込んだチャンボッタ風を合わせた前菜(アンティパスト)「矛盾」が完成した。


 クオッポは屋台料理だそうだ。ナポリの街角では、揚げ物を円錐形にした紙で包んで売っている光景を見ることができるらしい。日本人に馴染みのあるところでいうと、雰囲気はイギリスのフィッシュアンドチップスっぽい。「矛盾」ではじゃがいもではなくキノコ、魚はハドックではなく鯛のすり身だけれど。


 それに合わせるチャンボッタは、見た目は筑前煮、食べるとオレガノとオリーブオイルの風味がただよい、急にイタリアを感じる、不思議な料理だ。


 イタリア料理店なのに、見た目はなんだかどこの国なのかわからない雰囲気。でも食べたら確実にイタリア。そんな「矛盾」であった。


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