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シェフの大村さんが失恋するたび料理のメニューが増えるレストランの話  作者: ゴオルド


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第1話 大村さんと女子高生

 とある地方都市の駅近くにあるイタリアンレストラン「アピア」。この店の特徴を一言でいうと、「ふつう」だ。


 平日は、会社員や学生、女性グループ、お一人様の利用客が多く、休日は、家族連れやカップルで賑わう。

 高級リストランテほど気取っておらず値段も手頃で、それでいてイタリアンのチェーン店よりはちょっと物珍しい料理が楽しめる。そういう「ふつうのお客さんのための、ちょっとだけよそ行きな雰囲気もなくもないが、基本はふつうのイタリア料理店」である。


 私は製菓学校を出た後、駅ナカのパン屋さんに就職していた。そこからひたすらデニッシュとアップルパイだけを焼く日々が始まった。

 楽しかった、最初のうちは。

 でも、だんだんと「ほかのスイーツをつくりたい」「自分のオリジナルをつくりたい」という欲求がたまっていった。就職するときは、休みの日に自宅で好きなお菓子を作ればいいよね、そう思っていたのだけれど、仕事が予想以上に体力的にハードで、休日は休息にあてるしかなかった。

 そんな時だった。通勤途中にアピアの「デザート係急募」の求人広告を見かけたのだ。その庶民的というか、親しみやすい店の雰囲気に惹かれて、私は思い切って応募してみた。


 幸運なことにすぐに採用が決まり、私はわくわくした。

 毎日同じことの繰り返し、新メニューなんて考えちゃいけなくて、忙しくて同僚と会話する暇もない。そんな日々とお別れして、新しい人生が始まるんだって!



 そうしてアピアでイタリアンのドルチェ係として勤めるようになった、私、添田(そえだ)さとみ、29歳、独身女性は、なんと雇われシェフの大村勇翔(ゆうしょう)さん、30歳、独身男性に恋をしてしまった。


 いきなり恋が始まるとは予想外だった。でも、そんなイレギュラーすら嬉しく感じられた。パン屋にいたときは小麦粉かバターと恋するしかないなっていうぐらいに、人とは交流も会話もなかったから。


 私と大村さんは最初から良い雰囲気だった。すぐにプライベートの話をするようになり、お互いフリーだとわかると、大村さんはそれまで以上に私に優しくなった。連絡先を交換したら、体調を気遣ってくれるメッセージが届いたりして、恋の成就の予感は私の胸の中で熱く高まった。

 彼から誘ってくれたらいいな、でも待ってるだけってのは好きじゃない。これはもうこっちから行くしか! というわけで、「彼をデートに誘うぞ」と決意した、まさにその日に事件は起きた。


 なんとホール係の新バイトとしてあらわれた女子高生ヒマリちゃんに、大村さんのハートがぶち抜かれてしまったのだ。それはまるで隕石のようだった。何の予告もなく突如として二人の間に「女子高生」という名前の隕石がずどーんと落ちてきて、生まれかけていた恋は木っ端みじんとなり、私は地面の裂け目に真っ逆さまに落ちていったのだった。

 その結果、私に注がれていた優しい言葉、気遣いなどは泡のように消え失せ、それらは全て女子高生へと向けられることとなった。

 うわーん、そんなことってある?

 彼氏ができるかも、なんて浮かれていた私が、いきなり隕石によって地底へと突き落とされることになるなんて。落差が……落差が激しいよ、心がついていかないって!


 失恋の翌朝、布団からのろのろと這い出て、うめきながら顔を洗って、鏡に映った自分の顔を見ると、なんだかすごいションボリした顔になっていた。

「こいつ、昨日までは大村さんと付き合う気だったんだぜ?」

 鏡を指さしてそんなことを言って、ひとり笑ってみたりして。メンタルがかなりヤバイことになっているなと自分でも思った。もうなんていうか自信喪失。私なんて……とどんどん落ち込んでいってしまう。

 でも、私、大人だし! 失恋のショックは、時間とともに和らぐってことをちゃんと知っている。だから、恋愛以外のことで頭をいっぱいにしようって思って、仕事に打ち込んで、新メニュー開発も頑張った。


 そんなこんなで心の傷がようやくふさがってきたある日の午後のこと。


「大村さんに告白したんですけど、ちょっと気持ち悪くなっちゃったんですよね」

 その女子高生ヒマリちゃんは、私の目の前で、私がつくった試作デザートを食べながら愚痴をこぼしている。

 表情は物憂げで、窓から差し込むオレンジ色の夕日が彼女の長い黒髪と制服に当たって、なんともアンニュイなムードを醸し出していた。


 彼女が食べているのはリンゴとチョコを使ったデザートプレートだ。「秘密の恋」をコンセプトにしており、可愛く華やかな盛りつけにしてある。悪くはないメニューだとは思うが……でもなぜか「これじゃない」っていう気がしてならないのだ。そこで十代の感想を聞かせてもらおうと思い、ヒマリちゃんに試食をお願いしたのだけど、そんなことはお構いなしに、彼女は好きに食べて、自分のしたい話をしている。


「ありえないなって思って」


 ヒマリちゃんは、ふう、と溜息をつくと、フリッテッレにぐさっとフォークを刺した。それはふんわりした穴のないドーナツみたいな揚げ菓子で、中には甘酸っぱい林檎とホワイトチョコのフィリングを詰めてある。手でつかんでガブっといってほしかったのだが、彼女はナイフとフォークで上品に一口サイズに切り分けると、唇の淡い色合いのリップが落ちないよう器用に口に運んだ。


「だって、いくら付き合おうって言い出したのは私とはいえ、大人なら断るべきじゃないですか。それなのにオーケーだったから、あ、このオジサン、キモいって思ったんです」

「そ、そっか……」

 彼女は今度はボネという濃厚とろとろチョコプリンにスプーンをぐさっと刺した。ああ……私のボネは柔らかめだから、もうちょっと優しくスプーンですくってほしい……。ちなみに本来ボネにはラム酒を使うのだが、これはカルヴァドスという林檎のブランデーを使っている。ラムを使ったボネよりフルーティーになっているはずなので、そこの感想も聞きたいのだが……。


「もう30歳のオジサンが、女子高生と付き合うとかあり得なくないですか」

「う、うん……」


「ほんとキモくて……。でも話してちょっとスッキリしました。私がこんな話ができるの年上女性って姉さんだけですよ。私、姉さんのことが大好きなんです」

 いつの間にか私はヒマリちゃんから姉さんと呼ばれるようになっていた。承諾した覚えはない。


「ほかのオバサンって意地悪じゃないですか。私に嫉妬しているんでしょうけど」

「う、うーん」

 彼女は仕事でミスしても言い訳ばかりで、素直に謝ったためしがない。あと結構意地悪なところがある。男性からしたら、そういう意地悪さえ小悪魔っていうプラス評価になるのかもしれないが、同じ女性からしたらただの敵対行為なわけで。そういうところが反感を買っているのだろうと思うのだが。彼女は嫉妬されていると思い込んでいるようだ。

「モテない女のひがみって嫌ですよね」

 ヒマリちゃんと話せば話すほど、私の心の中で大村さんの評価がだだ下がる。この子、性格に難があるよね? 大村さんがロリコンなのは予想外だったし最悪なんだけど、でもいくらロリコンでも、なんでこの子? もっと性格のマシな女子高生なんていくらでもいるでしょ。若ければ何でもいいの? うわあ、ますます幻滅。いやまあ、30歳が18歳にいく時点でもう相当にアレな事案ではあるんだけどさ。


「私ってモデルを目指してるんで、オジサンと付き合ったりできないんですよね。だって、釣り合わないじゃないですか」

 なんでこんなに性格が終わってる子を好きなんだ、あの人……。

「じゃあ、オジサンに告白なんてしなければよかったじゃないの」

「それは、そのときは一瞬だけ付き合ってもいいかなって思っちゃって。大村さんって私のこと好き過ぎるから。でも私好きな人がいるし、彼氏もいるし、彼氏未満もいるし」

「そんなにいっぱいいるなら、オジサンもメンバー入りしてもいいか、みたいな?」

「そんなわけないじゃないですか!」

 からからと笑う。いかにも面白そうに。その笑顔は完璧に整っていて、愛くるしかった。悔しいが、顔だけは良い子なのだ。

「あんなオジサンと付き合いたい人なんていませんって。もしいたとしたら相当モテない女でしょうね」

「……」

 なんだろう。わかってて言ってるのか? これは私への攻撃か? それとも私の被害妄想? くうう。


「告白はやっぱナシって大村さんに言っといてくれません? 私、忙しいんで、オジサンと話している暇なんてないし。というか好きな人いるし?」

「はあ」

 彼氏がいるのに、好きな人がいるって、もうどういうことなのか全然わからない。


「わ、やば、そろそろオーディションの時間だ。私もう行きますね。今度こそ絶対受かってファッション誌の専属モデルになってみせますから期待しててください! ごちそうさまでした」

「ごちそうさまって、試作デザートの感想は? どう思ったか聞かせてほしいんだけど」

「えっと、どんな料理でしたっけ? 姉さんと話すのに夢中で覚えてないんですよね……。あ、でも美味しかったですよ。姉さんがつくるスイーツって何でも美味しいです。やだ遅刻しちゃう、それじゃっ」

 私に向かって両目をきゅっと閉じてみせて、そういう両目ウインクみたいなことをしてから彼女は店を出ていった。ほんとうに出ていきよったわ、あの子。悪びれることもなく。


 入れ違うように大村さんが出勤してきた。その顔を見ても、もうときめかないことに安堵する。以前は格好良いと思ってたけど、今は間抜け面したオジサンにしか見えない。

 そりゃそうよ。だって、あんな性格の子を好きになるような人が、いい人のはずがないもんね。

 逆に良かったのかなと思えてきた。女子高生のおかげで、面倒くさい職場恋愛にもならず、ロリコン相手に無意味な、そしておそらく何の効果もないアプローチをすることにもならず、時間をむだにせずに済んだのだ。うん、そうだよね、そうに決まってるって。でも、まだ心のどこかがちょっと痛いかな。


 ヒマリちゃんからの伝言「告白は取り消し」を伝えると、大村さんはわっと泣いて、店を飛び出し、夕陽に向かって走っていった。本日、臨時休業なり。シェフがいないんだからしょうがない。


 私は誰もいない厨房に残り、新メニュー開発に取り組むことにした。

 さっき試食してもらったリンゴのやつは没だ。完全新作を作り直そう。

 オレンジ色の夕焼けの中に消えていった大村さんの背中を思い出す。さようなら、大村さん。私とは縁がなかったね、そんな気持ちを表現してみようかな。切なさ、優しくしてもらった思い出、悲しさ、寂しさ、未練……。そんな心の内を全部出して、それでもう大村さんとのことを考えるのは終わりにするんだ。


 よし、今度は柑橘系に挑戦だ。甘酸っぱく、どこかほろ苦いやつにしよう。


 マイヤーレモンを使ったジェラートなんてどうかな。マイヤーレモンはつるりとしたオレンジ色の皮をしており、オレンジとレモンの交雑種だから普通のレモンより甘みがある。

 そのジェラートに添えるのは、パイ生地でリコッタチーズとオレンジピールを包んだスフォリアテッラだ。スフォリアテッラとは、ザクザク食感になるようじっくり焼き上げたパイ菓子のこと。そう、パイなのである。つまり元パン屋勤務でデニッシュとパイを担当していた私の得意ジャンルだ。

 貝殻の形に焼き上がった美麗なるスフォリアテッラは、失恋で失いかけていた自信を取り戻してくれた。うまくいえないけど、オーブンから取り出したとき、その完璧なまでに美しい姿に仕上がっているさまを見て、ああ私はもう大丈夫だっていう気持ちになり、何だかほっとしたのだ。

 あとは甘いバニラ風味のイタリアンババロア(ババレーゼ)も用意して、味と食感のバランスを取ることにした。


 この三種のデザートを、白いプレートに盛りつけた。うん、これだ、私が求めていたものは!


 ジェラートの冷たい甘酸っぱさが口の中で溶けていく舌触り、スフォリアテッラの香ばしく焼かれた硬めのザクザク感、スプーンをぷりんと弾くようなババロア、そんな味と食感のトライアングルを楽しんでほしい。


 こうして大村さんは女子高生に振られ、私は失恋を乗り越え、当店自慢のドルチェ、「サンセットに散れ」が誕生した。


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