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第四話

「私はもともと治療院の院長の一人娘で……家はとても裕福でした」


 セイエアさんの語りが始まった。


「父は高名な回復術師(ヒーラー)で……これまでに多くの人を癒し、皆から感謝をされていました。そんな父を見て育った私も、いつかは父のように立派な回復術師(ヒーラー)になることを夢見ていたんです」


 なるほど、それでセイエアさんは高度な回復術(ヒール)を身につけているというわけか。そして家が裕福であれば、Fランクながらも高価な装備を身につけていることにも納得だ。


「しかし……父は私が回復術師(ヒーラー)になることには否定的でした。私には『回復術(ヒール)など学ばずに、後継者となるべき婿を取りなさい』って言うんです」


「それは……ひどい話ですね。セイエアさんはこんなにも回復術(ヒール)が上手なのに」


 娘に後を継がせる気が無いということだろうか。

 たしか家父長制度とか言ったか。能力に関わらず家を取り仕切るのは男で、女性はそれを支えるべきという前時代的な主義というか、考え方だ。今や古臭い考え方だが……都会の、それも富裕層の間ではまだまだその思想は根強く残っていると聞く。


「それでも回復術師(ヒーラー)への憧れを捨てることはできなくて。魔法学校へは通うことは許されず、普通の学校へ通わせてもらっていたんですけど、一生懸命に勉強して、独学でヒール(回復術)を使えるようになったんですよ」


「それはすごい」

「な。ボクたちなどは故郷に学校自体がなかったからと、魔法に憧れがあっても最初から諦めてたものな」

「そうそう。火炎とか竜巻とか……派手な魔法を使う冒険者っていうのも夢見たけど、魔法の才能があるかどうかも分からずじまいだったな、オレたちは。まさか独学でできるとは」


 きっとセイエアさんには、治療院の院長だという父の才能がしっかりと受け継がれていたのだろう。そして、それにも増して自らたくさんの努力をしたのだろう。その効果のほどは、彼女の回復術(ヒール)を受けたオレたちがよく知っている。


「それでですね。私、猫ちゃんを飼っていたんです。クロちゃんっていうんですけど、とっても可愛い子猫だったんですよ。さっきラセラさんが言っていたようなことを、たくさんお喋りしてくれる子で。私、クロちゃんとたくさんお話をしていました」

「えっ、ああ」


 そういえば猫扱いの話だっけ。


「あれはたしか……私が16歳の頃だったでしょうか」


 16歳か。セイエアさんはオレたちより1コ上の18歳だから、2年前の話ということになる。


「ある日……クロちゃんが全身を傷だらけにして帰ってきたんですよ。きっと外で縄張り争いのケンカをしてきたんです。引っ掻き傷や咬み傷のようなものがたくさんあって」

「ああ、ありますよね、猫飼ってると」


 近年の都会では、飼い猫は外に出さないようにしているなんて話を小耳に挟んだことがあるが、実際にはそうでもないのだろうか。オレの地元は田舎だから、特にそういうルールは無かったけど。


「それで私、クロちゃんに回復術(ヒール)を使うことにしたんです。まだ実践したことは無かったんですけど、傷だらけのクロちゃんが可哀想で、見ていられなくて」


 わかる。放っておけないんだよな。


「結果は……とても上手く出来ました。回復術(ヒール)の光の中で、傷は見る見るうちにふさがり、クロちゃんは元気になったんです」

「よかった」


「そして……素敵なことが起きたんです。傷の癒えたクロちゃんが私の目をじっと見つめて……『ニャーン』って言ってくれたんです。それは今までには聞いたことのない声色で、これまでのような要求ではなく、ハッキリと気持ちを伝えている様子でした」

「へえ」


「私、すぐにわかりました。あの『ニャーン』は『ありがとう』なのだと。クロちゃんは私の回復術(ヒール)に感謝をしてくれたんです。私はもう、それが嬉しくって」

「それは素敵な話ですね」


 『ありがとう』か……。

 意識して聞いたことはなかったが、ひょっとしたらシュバルツもそんなことを言ってくれていたのだろうか。


「私、回復術(ヒール)で人に感謝されるのが夢だったので……本当に嬉しくて」


 よかったなあ、セイエアさん。


「それで私、もっとその『ありがとう』が聞きたくて。そのあとも、クロちゃんがケガをするたびに回復術(ヒール)をかけたんです。擦り傷とか……打ち傷とかに」


 うんうん。


「切り傷に……刺し傷。やけどに、挫傷。ええと、それから……」


 うん。やけにケガの多い猫だな?


「いっぱい治したんです、私。でも……クロちゃんはあの時のような『ありがとう』を言ってはくれませんでした。裂傷の時も。咬傷の時も。切断された四肢を繋いだ時だって、もう『ありがとう』を聞かせてくれなかったんです」


 んっ?


「でも私はクロちゃんの『ありがとう』が聞きたくて。もう一度聞きたくて。いっぱいお世話したんです。でもクロちゃんはもう、私に『ありがとう』を言ってくれることはありませんでした。


 猫ちゃんって、よく自由で気ままに生きているって言われてますよね。それって本当で、急にいなくなってしまったんですよ、クロちゃん。地下室の戸が開いていたわずかな隙をついて、外へ出て行ってしまったんです。それからは、待てども待てどもクロちゃんは家に帰って来ませんでした。


 でも私、クロちゃんのおかげで分かったんです。やっぱり私は回復術師(ヒーラー)になりたいって。感謝をされる回復術師(ヒーラー)になることが私の進むべき道なんだって。だから私、それを父に伝えたんです。


 なのに父はこんなことを言うんです。『お前のような奴は回復術師(ヒーラー)になど断じてさせん』って。ひどいと思いませんか?


 私、家を出ました。あの家にいては回復術師(ヒーラー)になることはできないと思って。自分の夢は自分で掴み取らなくてはいけないと思って。父の制止を振り切り、自分の貯金を持って家を飛び出したんです。そして方々の治療院を訪ねてまわったんです。私を雇ってくださいって。


 でもダメでした。どうも父からのお達しがあったようで、どこも私を雇ってはくれなかったんです。

 獣医さんの道も考えたんですよ。でもそれも同様に、私は門前払いを受けました。


 私は悩みました。どうすればいいんだろう。どこへ行けば私の回復術(ヒール)を役立てることができるんだろうって。


 そこで思い付いたのが冒険者です。

 今も世界中のそこかしこでモンスターと戦い続ける冒険者たち。そこでならきっと、私の回復術(ヒール)も求められるはず。

 その考えは正解でした。冒険者ギルドの門を叩き、受付を済ませると、さっそく声をかけられたんです。

 

 最初に誘ってくださったのは、なんとAランクの冒険者パーティでした。ちょっと顔が怖い、経験豊富な歴戦の勇士たちです。回復術師(ヒーラー)の冒険者というのは、なり手が少ないそうで、私のような駆け出しでも誘って頂けたんです。もちろん私は誘いを受けました。


 でも、やはり最初から上手く行くものではなくて。私、けっこうヘマをしたんです。大きなモンスターを前に恐れおののいたり、疲れもあったりしたせいで集中できなくて、上手く治せなかったんです。

 それでよく叱られたんです。『モタモタするな』とか、『鈍臭いやつだ』とか。怖い顔で叱りつけてくるんです。それで私は萎縮して、ますます集中ができなくなって……


 そんな良くない循環の中で、私は必死に考えました。どうすれば上手くできるんだろう。どうすれば集中できるんだろう。猫ちゃん相手になら、あんなに上手く出来たのにって。


 そして閃いたんです。


 そうだ。

 猫ちゃんと同じようにしてあげればいいんだって。


 結果は……とても上手くいきました。

 猫ちゃんをいたわるように、可愛がるようにすることで、とても集中できたんです。

 はじめは皆戸惑っていました。でも、何度か繰り返すうちに、やがて私を回復術師(ヒーラー)として頼ってくれるようになったんです。私、嬉しくって。


 頑張りました。切り傷を。打ち傷を。噛み傷に火傷に挫傷に刺創に切断に……。


 でもね、おかしいんですよ。皆、あんなに『ありがとう』って言ってくれていたのに。『ごめんなさい』とか。『勘弁してくれ』とか。ふふっ。変ですよね。回復してあげてるだけなのに。違いますよね。『ありがとう』ですよね。


 私は構わずに続けました。回復術師(ヒーラー)ですから。回復するのが私の役目ですから。心を込めて。気持ちを伝えるようにして回復し続けたんです。


 そうしたらですよ。また言って貰えたんです。『ありがとう』って。やっぱり、気持ちを込めれば伝わるものなんですよね。


 でもね。

 私たちって、冒険者じゃないですか。いつだって死と隣り合わせの生業じゃないですか。お別れの時が来たんです。悲しいですよね。あんなに『ありがとう』って、言ってくれたのに。残念です。私は皆に別れを告げました。


 次のパーティでも同じでした。『ありがとう』って、言ってくれるのに。次々と衰弱して死んでしまうんです。悲しいですよね。でも、きっとそれが冒険者というものですから。次のパーティも。また次のパーティも。次も。その次の猫ちゃんも。


 気ままですよね、猫ちゃんって。みんな私を残して行ってしまうんです。でも長年冒険者をしていれば、きっとそういうものですよね。一期一会ですから。危険な生業ですから。そうですよね」

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