第三話
「さあ、回復を終えましたよ。じっとしていてくれて偉いですね。いいこいいこ」
治療を終え、セイエアさんはイーヤサーサの手をさすさすと撫でている。イーヤサーサはうっとりとした目で手を見つめたままだ。
「おいイーヤサーサ、しっかりしろよ」
オレはイーヤサーサの背を叩く。すると奴はすぐに我を取り戻した。
「あ……ああ。ありがとうございます、セイエアさん!」
「ふふ。いいえ、どういたしまして」
礼を述べるイーヤサーサに、セイエアさんはニコリと応える。そしてイーヤサーサは治療を終えた手を見つめて再びうっとりとしてしまった。
「やわらかい……」
……わかる。わかるぞイーヤサーサよ。
セイエアさんは回復術の達人だ。
彼女が加入してから1週間ほどが経過し、オレたちはこれまでも何度か戦闘で怪我を負い、その度にセイエアさんに治療をしてもらった。
この間などは剣のように鋭い牙を持つモンスター、サーベル・イノシシと戦った時に、オレはザックリと深い切り傷を負ってしまったが、セイエアさんが回復術をかけるとすぐにも出血は止まり、跡も残さず……とまではいかないが、あっという間に傷は塞がった。
これでオレたちと同じFランクとは。おかげで、オレたちは強敵相手の依頼もサクサクとこなせるようになった。
思うに、セイエアさんは実はもっと上ランクの冒険者なのではないだろうか。オレたちに合わせてFランクを自称しているだけで、本当はE、はたまたD……いや、戦闘中にも決して動じない彼女の落ち着きぶりからして、もっと上のランクかも知れない。
そして彼女の回復術には、もっと別の魅力がある。それは……
「なんというか……癒されますよ、セイエアさんの治療は。安心するというか、心が満たされるというか」
オレは素直な感想を述べる。
するとイーヤサーサもこれに続いた。
「そう! そうなんですよ。ボクなどは今、完全に飼い猫かなにかの心地でしたよ。包容力というんですかね。こう、温かく包まれているような」
なるほど、飼い猫というのは非常に共感できる。口に出すのははばかられるが……まるでペットのように可愛がられているような感じは、確かにあった。
するとセイエアさんはこんなことを言い出した。
「ああ、お恥ずかしい。……バレてしまいましたか」
「バレた……とは?」
気になる言葉だ。オレがセイエアさんに尋ねると、彼女はこんな事を言い出す。
「あの、実は私……回復術を使う時には、相手を猫ちゃんとして見ているんです。ルーティンと言いますか、癖というか。私、そうしないと回復術を上手くできなくて」
「ね、猫ちゃん……?」
なんてことだ。オレたちは今まで猫として見られていたとは。しかしそういうことなら、これまでの可愛がられぶりにも納得できる。
「へえ、なんと言うか……驚きました。セイエアさんは猫が好きなんですか」
「はいっ、とっても!」
イーヤサーサの問いに、弾むような声で応えるセイエアさん。どうやら本気らしい。
「猫ちゃんって、可愛いじゃないですか! もふもふした体毛に、くりくりとした大きな瞳。それにぷにぷにした肉球。そんな猫ちゃんを愛でていると、こっちも幸せな気持ちになるんですよね」
興奮気味に早口でまくしたてるセイエアさん。どうやら本気で猫が好きなようだ。
ここはオレも話題に乗っかることにした。
「わかります。オレも猫飼ってたことがあるんで、すごく。懐いて甘えてくれると、すごい保護欲湧いてくるっていうか」
「そうなんですよ! 私が守ってあげなきゃって思えてくるんですよね。こう、ぎゅうっと抱きしめて、頭をなでなでして、私がいるから大丈夫ですよって頬擦りしたくなっちゃいます」
されたい。
「へえ。ボクは猫を飼ったことが無いから、そういう感覚はよくわからないですね」
「可愛いですよ。機会があればぜひ飼ってみてほしいです。私などは仲良くなりすぎて、猫ちゃんとお話ができたりもしたんですよ」
すごいな。それはもはや回復術師というより、おとぎ話に出てくる魔女とかの領分だ。
それはイーヤサーサも同じように思ったようで、すかさず突っ込みを入れる。
「アハハ。それはさすがに眉唾ですね」
「本当なんです。こう……ご飯が食べたいとか、おひざに乗せてとか。猫ちゃんの言ってることがわかるんですよ」
ああ、そういうことか。
「イーヤサーサ、セイエアさんの言っていることは嘘じゃないぞ。オレも昔に猫を飼っていたから、同じように感じたことがあるんだ」
「なにっ、そうなのか」
そう、オレはかつて猫を飼っていた。
5年ほど前のことである。
オレがまだガキだった頃、庭先に一匹の猫が迷い込んできた。それは村の中では見たことのない、黒い色をした老猫だった。
おそらくモンスターの跋扈する外の世界を旅して、村の外からやってきたのだろう。その全身にはいくつもの古傷があり、オレが近づくとひどく怯えていた。
だが傷だらけの猫を見て放っておける者がいるだろうか。オレは両親に協力を仰ぎ、この猫を保護することにした。
名前も付けた。黒い体毛から着想を得たその名は『シュバルツ』だ。我ながらカッコいい名前を付けられたと思う。
シュバルツは初めは全然なついてはくれなかった。だが、傷の手当てをしたり、餌をやったり、あたたかい毛布を与えたりしている間に、少しずつ……少しずつ彼は心を開いてくれた。そしてやがては、オレの手から直接餌を食べてくれたり、すりすりと擦り寄って甘えてくれるほどに信頼を得ることができた。
こうしてオレたちは、家族になることができたのだ。
猫というものは自由気ままに生きていると言われているが、一緒に暮らしてみれば案外と一定のルーティンに従って生きていることに気づく。朝は決まった時間に起床し、毎日同じ順路でお散歩をし、食事の時間になれば「ニャー」と餌を催促してくる。
セイエアさんが言う「ご飯が食べたい」は、まさにこれだ。
「猫と暮らしているとな、タイミングや声色なんかで何を求めているかは分かるようになってくるものなんだよ。セイエアさんの言うように『ご飯がたべたい』『おひざに乗せて』あとは……『水を飲みたい』『外に出たいからこの戸を開けて』あたりは、まず間違いなくわかるな」
「そうそう。そうなんですよね」
「へえ。それは知らなかったな」
だが……シュバルツとの生活はそう長くは続かなかった。彼と出会ってから一年とたたぬ間に、シュバルツは死んだ。
老衰だった。元々が老猫だったので仕方のないことだが、家族の一員との別れは、それは悲しいものだった。
それにシュバルツは全身に古傷を負っていたし、それも死期を早める原因になっていたかも知れない。とりわけ特徴的だったのは、彼の四肢の付け根には、どういう怪物に襲われたのかゴッソリと毛が抜け落ちていて、やはりそこにも傷跡が見られた。
しかしこうも思った。あれだけの傷を負っていた彼の生涯は、それは過酷なものだったのだろう。だがその最期はオレたち家族に看取られ、安らかに眠ることができた。人にも猫にもきびしいこの世界で、最後に安寧を得ることができたのは、それはとても良いことをしてやれたのではないかと。
「……おいラセラ、どうしたんだ。なにか、涙ぐんでいないか」
「いや、すまん。なんでもないんだ」
おっといけない。シュバルツのことを思い出していたら、つい当時の気持ちを思い起こしてしまった。
オレは泣いていたことを誤魔化すために、セイエアさんに質問をすることにした。
「それにしても、人間を猫扱いするだなんてセイエアさんもよっぽどですね。一体どう見えてるんですか、オレたちのこと」
するとセイエアさんはフフフと笑う。
「回復中は、もちろん猫ちゃんです。それに……実は品種にもこだわりがあって」
「品種……?」
「例えば……私、イーヤサーサさんのことはリウキウ・ショートヘアと決めているんです。遥か南西に浮かぶ島国、リウキウ王国原産の品種で、金色の体毛がとてもキレイで。顔立ちにも品があって、性格は誇り高く、それでいて家族や仲間思いで優しい一面もあって。私も特に好きな品種なんですよ」
「なるほど……それはイーヤサーサにピッタリですね」
これは驚いた。
奴と付き合いが長いオレでもすぐに納得できるとは、セイエアさんは猫の選択も適切だが、人を見る目も確かなようだ。
そしてイーヤサーサは嬉しそうに、そして勝ち誇ったようにフフンと鼻を鳴らしている。セイエアさんに好きな品種と言われたことがそんなに嬉しかったのだろうか。
くそっ、なんか腹立つな。
「セイエアさん! オレ、オレは?」
オレはセイエアさんに尋ねた。奴よりも好かれている品種がいい。
「ラセラさんはですねぇ……」
するとセイエアさんはオレをまじまじと見つめながら、なにやら迷っている様子だ。
「決めかねてるんですよね。2つまで候補を絞り込んでいるんですけど……ひとつは、ツガール猫。大陸の北方にあるツガール帝国が原産地で、とても勇敢な猫ちゃんとして知られているんです。大きな体の相手にも怯まず立ち向かう様は戦士たちの憧れで、帝国の国旗にも使われているんですよ」
「おお……かっこいいですね」
「そしてもうひとつは、ジョナ・フォールド。同じくツガール帝国が原産で、垂れた耳がとても可愛いらしいんです。ちょっとイタズラ好きなんですけど、冒険好きで好奇心が旺盛で表情豊かで。私の一番好きな品種がこれなんです」
「へえ……」
勇敢なツガール猫か、好奇心旺盛なジョナ・フォールドか。カッコいい剣士に憧れるオレとしては前者が良いが、冒険者としては後者に適性を感じる。それに、セイエアさんが一番好きな品種ときたもんだ。これは……確かに難しい選択だ。
「ラセラさんはどちらが良いと思いますか?」
「むむむ」
こちらに問いかけてかるセイエアさん。これにはオレは大いに悩んだ。
「ラセラ、きみにはツガール猫が似合うんじゃないか? ボクは常々きみのファイトスタイルには勇敢を感じていた。ぜひそっちを選ぶといい」
お前はセイエアさんの好きなジョナ・フォールドを阻止したいだけだろ。
とはいえ本音を言えばツガール猫がいい。だがこれは、セイエアさんからどのように見られたいかの選択なのだ。どのように扱われたいかの選択なのだ。果たして自分の好きな猫を選ぶことに意味はあるのか。
「うーん。むむむ……」
オレは真剣に悩んだ。この難問には、ひょっとすれば人生で一番悩んだかもしれない。
するとセイエアさんはこう言った。
「難しいですよね。ではやはり私が自分で選んでおくことにしますね」
まあ、それでいいか。
優柔不断かもしれないが、この件に関してはオレが自分で選ぶよりもセイエアさんに決めてもらった方が正確だろうし、その方がオレも嬉しい気がする。
「じゃあ、お願いしますよ。セイエアさん」
「はいっ! 任せてください!」
セイエアさんは意気込むように明るく答えた。なんだか楽しそうだ。
実のところ、人を猫扱いするとか意味がわからないことだが、セイエアさんが楽しそうならばこのコミュニケーションは正解と見ていいだろう。
「あっでも……今さらですけど、猫ちゃん扱いされるのはイヤじゃないですか? 私、勝手なことばかり言ってますよね」
「いいえ全然。なんだか可愛らしくて、オレは好きですよ。なあイーヤサーサ」
「ええ。望むところですよ!」
望むところですよはちょっと変態じみているぞイーヤサーサよ。
「それなら良かったです。私、人を猫ちゃん扱いしていると……ちょっと、入れ込みすぎるところがあって。お二人の猫ちゃんが正式に決まったら私……お二人のことを、今よりもっと可愛がってしまうかもしれなくて」
い、今よりもっと……!?
いったい何をされてしまうんだろうか。これは期待にワクワクが止まらない。
きっとイーヤサーサの奴も同じ心境だろう。そう思い奴を見ると、しかし奴はこんなことを言い出した。
「ところで……猫ちゃん扱いをしないと回復術が上手くできないって言ってましたけど。それってやっぱり、ちょっと変わってますよね。なにかそうなった経緯とかあるんですか?」
なるほど、確かにそれはオレも気になる。
「んー」
しかしセイエアさんは言葉を詰まらせてしまった。
これは、ひょっとすればプライバシーに深く関わる質問だったのかもしれない。最悪、トラウマ由来の話とかになるのかも。
「おいイーヤサーサ、失礼だぞ。セイエアさん、無理に答えなくてもいいですよ」
オレはすかさずフォローにまわった。
だがセイエアさんは言う。
「ありますよ、経緯。聞きたいですか? あまり他人に話したことはないので、上手く説明できるかわかりませんが……」
「聞きたいですね、是非」
食い気味のイーヤサーサ。
セイエアさんが話しづらそうに見えたのはオレの早合点だったか。そういうことなら、オレもセイエアさんの過去には興味がある。
「セイエアさんさえ良ければ。オレも聞きたいです」
「わかりました。では……お話ししますね」
こうして……セイエアさんの身の上話が始まった。




