9、召喚魔法師プトレマイオスの最期
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「わお」
その瞬間、会場には観客の、驚きのような歓声のような声が響き渡った。プトレマイオスに走り寄った、大猿のブラウンが、パンチでプトレマイオスを殴り飛ばした時のことだ。
プトレマイオスは、パンチの衝撃と自身の後方への重心移動も相まって、十数メートルも転がった。ただ、止まると、まだ何とか動くのは可能なようで、その場でブラウンの攻撃から身を守るように、頭を両手で抱えて丸まった。プトレマイオスの傍らには、ブラウンの攻撃で真っ二つに折れた杖が転がっていた。
それを見てブラウンは、すぐ、再度の攻撃を仕掛けるように拳を上げたが、動作はそこで止まった。
「ふふふ、どうやら俺もここまでだな。何せ、もう死んでるんだから。だが、獣族の数多くの部族長を暗殺して、自らの杖に封じ込め、自分の駒につかうなんて、コイツの汚い召喚魔法も、杖が折れちゃ終わりだな。フローラよ、本当にありがとう。後は君に任すよ」
ブラウンの身体は、言葉を発しながらも、徐々にそれは光に代わっていき、天へと注がれていく。やがて、ブラウンの姿が完全に消えた後、そこに現れたのは、杖を構えたフローラだった。
「さあ、プトレマイオス、ここからは私だよ。覚悟するんだね」
フローラがそう叫ぶと、丸まっていたプトレマイオスが頭を上げ、フローラに向き直って、絞り出すような声を上げた。
「やめてくれ。俺はもう、体のあちこちが痛くて、立ち上がることすらできない。あいつが言った通り、杖がなくては、召喚神技もできない。こんな俺を、さらに痛め続けると言うのか」
プトレマイオスは、そう言うと、目を閉じ、体を曲げ、全身の痛みに耐えているような仕草を見せた。
フローラが、その様子を注意深く見ながら、
「だったら、ここで負けを認めな。負けを認めたなら、攻撃はやめよう」
と声をかけると、
「分かったさ」
とプトレマイオスが答えた瞬間、
グザッ、
「グアー」
直後に、プトレマイオスの苦痛の声が、会場に響いた。何と太い剣が、プトレマイオスの胸に、突き刺さったのだ。その時、会場は、観客の悲鳴、怒号で包まれたが、その剣が誰によって投げられたのは、そこにいるすべてに一目瞭然だった。
「プトレマイオスよ。お前の召喚神技は確かに、獣族国家統一への功績はあった。だが、これからのアルテスは、俺の時代だ。過去の栄光にすがる、お前のような奴はいらない。まして、ここでパルスに負けるような奴は、存在する価値すらない。さっさと消えろ」
「き、貴様……」
そう言って、その場で改めて倒れ伏したプトレマイオスを睨みながら、言葉を発したのは、アルテス国の王子、ダウドだった。続いてダウトは、今度は隣りに控える男に声を掛けた。それは、プトレマイオス同様、魔法使いのローブを身にまとい、杖を抱えた、背の高い男だった。
「コペルニクス、目障りだから、あの遺体は、お前にやろう。好きに使うがいい」
コペルニクスという男は、頭を下げて、ダウトにうなづくと、すぐに杖を振り上げた。それと同時に、プトレマイオスの体は砂の様に崩れていき、その破片がコペルニクスが持つ杖に吸い込まれて行った。そして、それと共に、まるで周りの人びとの、夢や希望まで奪ってしまうような、嫌な冷気に会場が包まれた。
「敵が消えたんじゃ、仕方ないですな」
そんな雰囲気を打ち消すような落ち着いた声で、フローラに話しかけたのは、パルス側の審判リンドバだ。リンドバは続けて大声で、
「勝者、パルス国フローラ」
と叫んだ。だが、そのリンドバの宣言に会場が歓声を発しようとした、まさにその時、フローラがフラフラと意識を失ったように、リンドバに倒れ込み、それを見て会場の声は驚きに変わった。
「フローラ様」
リンドパがフローラを両手で支えて声をかけると、
「わ、私の、し、心配はいらない。魔法値がゼロになっただけ。回復すれば治る。ただ、この後が心配だ。だから、王国魔法師のシャリーに、治癒魔法じゃなくて、浄化魔法を施してくれるよう、伝えてほしい。私の場合、その方が効く。分かったね」
と、フローラは息絶え絶えに言い、リンドバが、
「分かった」
と答えると、フローラの体から一気に力が抜けた。どうやら、そこで、フローラは本当に気絶したようだった。
「フローラ様」
その時、席から走って来たオービルが声を掛けたが、フローラからの返事は返って来なかった。
王国魔法師のシャリーと、担架を抱えた二人の救護蔭が来て、リンドバと少し言葉を交わすと、フローラは担架で運ばれて行った。
それを見て、すでに闘技場に立つ、コペルニクスがダイムに話しかけた。
「ダイム様、パルスは一番うるさい奴がいなくなりましたので、もう、こちらのものですね」
すると、ダイムは、アルテス側の審判シュタインに怒鳴った。
「おい、早く試合を進めろ。俺は気が短いんだ」
言われて、
「アルテス国、副将、コペルニクス」
シュタインが声を上げた。
そこからしばらくの間、リンドバの姿が会場に見えなかったが、やがて一人の精悍な男と共に姿を見せた。
「パルス国。副将、イルバ」
パルス国の王子オービルの剣術師範であり、リンドバの息子でもある、イルバが、ゆっくりと歩を進め、コペルニクスの前に立った。




