3
3
長い杖を手にしているが、華奢で背も低く、優しそうな顔で、とても伝説の大魔法使いには見えないな
それがオービルがフローラに抱いた感想だったが、フローラも興味あり気にオービルを眺めた。そして、
「あんたがオービルか。先ほど、エンリコ王に会ったら、あんたのこと、探していたよ。会いに行くといい」
と声をかけた。それを聞いて、リンドバが、
「そうですか、それじゃ王子、王の部屋に向かいましょう」
と答えると、
「ちょっと待って。王子、これをあんたに渡しとくよ。これは昔、勇者トーマスが持っていた三種の剣と言ってね、ベルトに入った三つの剣は、持ち手が黒いのが、獣砕剣。持ち手が茶色なのが、龍眠剣。白っぽいのが、魔封剣なんだけど、もし、親善試合で相手が獣化したら、この獣砕剣を使えば、何とか獣にもダメージを与えることがでできるはずだよ」
と言って、フローラがオービルに渡したのは、1つのベルトに三つの小さな剣が入った、不思議な剣だった。オービルが、フローラに促されて、その中の一つ、獣砕剣というのをベルトから引き抜くと、それは途端に大きく重くなり、オービスは危うく剣を落としそうになったが、何とか踏み止まった。
「魔法が施されているからね。とにかく、獣族には、これを使うといい。まあ、ホント言うと、当時は獣族も、龍族も仲間だったから、勇者トーマスは一度も、その剣を使ったことはないんだけどね」
フローラがそう言うと、
「フローラ様、ホントお世話になります。明日も、よろしくお願いします」
と返事をしたのは、リンドバだった。王子が、少し照れた顔をして、
「ありがとう・・・」
と言って頭を下げると、すぐに、
「さあ、王のところへ急ぎましょう」
とリンドバは、王子に歩くように促した。
リンドバと共に、オービルがエンリコ王の部屋に入ると、まずはリンドバがエンリコ王に明日の親善試合の対戦表を書いた紙を見せながら、打ち合わせを始めた。
「ほう、やはり、伝説の魔法使いフローラ様も参加されるのだな」
というエンリコ王の言葉が、オービルの耳に入った。どうやらエンリコ王も、フローラが親善試合へ参加することは、知らなかったようだ。エンリコ王は続けて、
「本当に頼もしい味方だな。フローラ様には、忘れずにお礼の銅貨10枚を、お渡ししないと」
と言った後、改めてリンドバに、
「とにかく、よろしく頼むぞ、リンドバ。まあ、あなたなら大事はないと信じてるが」
と言って、リンドバを下がらせた。すると、今度は、オービルに向かって、
「では、オービル、君は私の後に従いなさい」
と言って、部屋の奥に向かって歩き始めた。
オービルが後を追い、部屋の隅まで行くと、エンリコ王は天井から伸びたヒモに手をかけ、それを引くような動作をした。すると、ほとんど音もなく、奥の壁が左右に開き、もう一つの部屋が現れた。
「オービル、私はお前にここを見せるのは、お前の初陣と時にしようと思っていたのだが、今がその時だな」
エンリコ王の言葉を聞いて、オービルが部屋の中を見ると、そこは、いくつかの肖像画と、それを祀るように武具や装飾品が飾られた、荘厳な雰囲気のスペースだった。
「君も知っているだろう。ここに飾られているのは、我が祖先、歴代のパルス国王の肖像だ。私は、戦の前や、国の判断に迷った時、それに、自分への自信がなくなりそうになった時、ここで祖先に祈りを捧げることを習慣としている」
オービルがさらに奥を見ると、何者かが部屋の最奥にいるような気がいて、少し驚いたが、それは鏡で、そこにはエンリコ王とオービルの姿が写っていた。その鏡には、腰くらいの高さに台が設けられていて、その台の上にある冊子に、いくつかの言葉と共に、
「アルテスとの親善試合での無事を祈る」
と書かれていた。オービルは、アルテスの王との会見の時、終始、楽し気に微笑んでいた、エンリコ王の姿を思い出し、
「私は今回、父上がもっと気軽に、パルスとの親善試合をお考えかと思っていました」
と小さな声で言うと、
「何を言うか。我が息子を戦いの場に送ることに、冷静でいられる親がいると思うか。私は正直、アルテスのダルト王が怖い。あの王と諍いにでもなったら、とんでもないことになる」
エンリコ王は、いつにもない大きな声で、そう答えた。
オービルはそれを聞き、
「それで安心しました。怖がっているのは私だけで、それが自分が弱いのだと、思っていました。それに何故でしょう、私はアルテスの王子、デルロに、これが初めてではない、不思議な恐怖を感じるのです」
と言うと、
「確か、フローラ様によれば、獣族の中でも、アルテスという国は新興国で、謎も多いという。だが、いずれにしろ、人の上に立つ者は、弱みを見せてはいけない。常に前を向き、人の道標にならなければ、人は動かせない。それだけ肝に銘じなさい。だが」
そこまで言って、エンリコ王は、少し声をやわらげ、
「そのことのために最善の準備をしたら、後は、祈るしかない。祈れば、これまでわが国のために、同じく最善の努力をしてくれた、祖先のご加護が、きっと私たちを守ってくれるだろう。さあ、オービス、お前も祈りを捧げなさい」
オービスはエンリコ王と並んで祈りながら、正面の鏡に映る自分を見て、自分に自分を勇気づけた。