10、コペルニクスが召喚したもの
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信仰の力によって獣に姿を変え、自らの肉体を強化し、強力な防御と、圧倒的な力、または特別な個性で、相手を圧倒する。獣族の特徴を、そのように聞いていた、パルスの王子オービルにとっては、アルテスの三鋒、召喚魔法師プトレマイオスの登場は意外だった。
それは今、試合に臨む、パルス副将イルバにとっても同じはずだ。
ところが、プトレマイオスに続いて現れた、アルテスの副将コペルニクスも、同じく魔法使いのローブを身につけ、杖を手にしているのには、オービルも驚いた。プトレマイオスは杖から、大猿ブラウンや、何人かの獣族兵士を出したが、コペルニクスは何を出すのか、イルバも剣を構えたまま、様子を伺っていた。
すると、コペルニクスが、何かをつぶやきながら、彼の正面で杖を振ると、いきなり、イルバが前ではなく、後ろにジャンプした。見れば、ほぼ先ほどイルバが立っていた場所=地面に、突如、尖った一本の角のようなものが現れたのだ。
カ~ン
イルバは、その角の攻撃を避け、後ろに飛んだのだが、飛ぶ瞬間に、持っていた剣で、その角に一撃を加えた。ところが、その時、剣の金属性の弾けるような音は響いたが、角には何の傷も見られなかった。それは、相当頑丈なように思われた。
角に続き、野獣の顔、胴体、四本の足と、コペルニクスの召喚物は、徐々に姿を現したが、イルバ、オービルを含め、会場にいた、ほぼ全員は、その獣の姿に、目を奪われた。
その獣の全身は、太陽のように赤く燃え、ところどころに太陽の黒点のような黒い部分があり、そこもまるでマグマのような光を放っている。そして、さらにその上に、体全体から、まるで血しぶきがほとばしっているように、火炎が、あちこちで噴き出していた。
その前に、プトレマイオスが召喚したものとは、まるで違う、異様な獣の出現に、会場は恐怖で静まり返り、イルバさえ戦意を喪失し、立ちすくんでいるように見えた。
「あ、あれこそは、魔族だ」
その時、オービルの耳に入ったのは、パルス側の審判リンドバが、驚きと共に発した言葉だった。
見れば、言葉を発したリンドバは、その後、小走りでパルス王エンリコの元に向かい、何やら話し始めた。オービルは、その様子を目で追っていたが、すぐに会場の異様な雰囲気に気がつき、視線を試合に戻すと、魔族の召喚獣が何度もイルバに襲いかかっていた。
イルバはその攻撃をかわし、時に、召喚獣に一太刀を浴びせるが、それによるダメージなどは、まったく与えていない様に見えた。
一方、召喚獣を出した、コペルニクスの方は、何と、その場で座り込み、まるで余興を見る観客のように、杖の上に頭をのせて、微笑みさえ浮かべながら、イルバの戦いぶりを眺めていたが、
「さすがにパルスの副将さん、ケルベロスの攻撃をここまでかわすとは驚きましたよ。まあ、このままでも、やがて、あなたの体力がなくなれば、こちらの勝ちでしょうが、これ以上、ダウト様をお待たせするわけにも、いきませんね」
と言うと、立ち上がり、杖を振り始めた。
それに気づいたイルバは、さらなる苦境から脱すべく、ここで彼の得意とする剣技の大技を繰り出した。剣を大上段に構えると、
「ラマルク」
と叫び、一気に振り下ろしたのだ。すると、空気の固まりのようなものが、剣から飛び出し、それは一直線にケルベロスを弾き飛ばした。
吹き飛ばされたケルベロスが一瞬、動きを止めると、会場は一瞬、歓声に包まれたが、それはすぐに失望に変わった。確かにイルバの剣技は、ケルベロスを吹き飛ばしはしたが、それは単に、ケルベロスを後ろに移動させただけで、ケルベロスはそこでブルブルと体を震わすと、再び、動き出した。その様子は、とてもケルベロスにダメージを与えているようには見えなかったからだ。
「王子。大変なことになりました。まさか、ここで魔族が出て来るとは」
と、その時、オービルの耳元で声が響いた。突然、話しかけられて、オービルが顔を向けると、そこにいたのは、リンドバだった。
「相手が魔族に関っていては、もう試合の続行は不可能です。試合は、この試合で終わりにしますので、ご承知ください」
リンドバは、そう言ったが、その時、オービルの関心は他にあった。
「もう、僕の試合など、どっちでもいいよ。それより、この試合はどうなるの?イルバは大丈夫かな」
オービルが、リンドバに問い返すと、その答えより前に、会場がどよめきに包まれた。
オービルが目にしたのは、いつの間にか現れた、骸骨兵だった。剣を手に持った骸骨が、ケルベロスと二体同時に、イルバに攻撃を加え始めたのだ。
「王子、確かに、今、イルバが持っている武器では、魔族にダメージを与えることはできません。でも、イルバは龍族です。最終的に龍に変われば、例え、相手が魔族でも、致命傷を与えことはできないでしょう。私は、今から、イルバに龍に変わるように、助言しようと思います」
オービルは確かに、イルバが龍族であることは知っていた。ただ。父親譲りの剣技を引き継いだイルバは、龍への変身を封印し、剣技に打ち込んでいて、オービルもイルバが龍になった姿を見た事はない。オービルにはその時、不謹慎だとは思いつつ、イルバの変身が見られることが、楽しみのようにも、感じられた、
ところが、である。
「イ、イルバよ」
その時、会場に響いたのは、リンドバの悲痛な叫びだった。それまで二体の攻撃を避け続けていたイルバが、その時、ケルベロスの前足の攻撃が命中すると、その場に倒れ込んだのだ。
倒れ込んだイルバは、目は開いていたが、そこには生気がない。オービルが初めて見る顔だった。
ちょっと待て。ひょっとしてイルバ、意識をなくしているんじゃないの?だとしたら、変身なんて、できるのかな?
オービルの中に考えが走り、気が付けば、
「イルバ、どうしたの?イルバ、早く、起きるんだ」
と、彼自身が大声で叫んでいた。だが、イルバからの反応は返って来なかった。すると、
「ようやく、この試合も終わりですね。そうだ、せっかくなので、とどめは、先ほどの役立たずにさせますか」
そう言ったのは、コペルニクスだ。彼がそこで杖を八の字に振り回すと、地面から出て来たのは大剣を抱えた、人型の召喚物だったた。さらに、よく見ると、その人型は、腐った色をした皮膚の上に、ボロボロのローブを身につけていて、それは前の試合のプトレマイオスそのもの。いわば、ゾンビ化したプトレマイオスだった。
続いて、コペルニクスが何やら呪文を唱えると、先にいた、ケルベロスと骸骨兵が、両側からイルバの体を支えて、その場に立たせた。そして、大剣を手にしたゾンビが、剣を振り上げて、イルバの正面に立ったのだ。
「もう、試合は中止だ。ここまでにしてくれ」
そこに、とうとう見かねたリンドバが割って入ろうとしたが、リンドバはゾンビ化したプトレマイオスが剣から放した手で払いのけられると、床に倒れ込んだ。
「そうだ。プトレマイオス。それでこそ、アルテスの兵士だ。さあ、そいつを切り刻め」
ここで立ち上がり、大声をあげたのは、アルテスの王子ダウムだった。その言葉を聞いたゾンビのプトレマイオスは、再び大剣を高く振り上げた。




