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背筋が凍る

 言葉では聞いたことはあったが、オービルには生まれて初めての体験だった。正面に立つ人物の黒い影が、見つめる者をそのまま奈落の底へと蹴落としてしまうような威圧感で迫ってくる。オービルは思わずうつむいて、救いを求めるように、隣にいるはずの父親、パルス国王・エンリコに顔を向けた。ところが、意外にもエンリコ王は満面の笑みで、まるで珍しい道化の演目を見ているような屈託のない顔で、正面を見つめていた。


 人族の国・パルスを、獣族の中の一国・アルテスの王一行が親善に訪れる、という話を、オービルが世話係のリンドバから聞いたのは、一昨日だった。謁見室での式典に、王のエンリコと共に、その一人息子であるオービルも同席する、ということだった。こうした親善団の来訪は以前にもあり、オービルには、そうした訪問はそれまではほとんど座っているだけの簡単な行事だった。

 ところが昨日になって、リンドバから、相手の王が、対等の立場での面会にこだわり、会場が謁見室から中庭に変更された、との連絡が入った。すると当日、普段は何もない中庭に、舞台のような木製の台が作られ、その上にひじ掛けも添えられた王族の席が、並んで二つ設けられた。

 設けられた椅子の高さは、オービルの背丈ほどで、それほど高くなく、造りも安定していたのだが、オービルは何か違和感を覚え、辺りを気にして、落ち着かない様子で、舞台の上で立ちすくんでいた。すると、

「どうかしたのか、オービル」

 エンリコ王から声をかけられ、

「いえ、別に何でもありません」

 オービルはそう言って席についた。

 やがて大声の口上と共に、中庭にゆっくりと運ばれてきたのは、二人と同じ目線の高さの滑車だった。

 精巧な造りで、木材の艶がキラキラと輝く、豪華を見せびらかすような滑車。上部の座席に、二人の人物が座る。それが、オービルと王の座る席に近づいて来た。そして、それが二人の真正面、相対する位置に来た瞬間、やにわに一人が立ち上がった。大柄の男が、そこでくしくも、オービルとエンリコ王を見下ろすような形になり、その時のその男の風貌に、オービルは胸を激しく締め付けられ、逃れようのない恐怖に包まれたのだ。


「私はアルテスの王・エンダール。こいつは、後継ぎ息子のダイムだ。われらは、アルテスの新たな支配者として、人族を代表するパルス王との、末長い友好のために訪れた」

 アルテス王・エンダールの声は、まるで大砲の爆音のように、場内に響いた。オービルが再び正面を向くと、エンダールの隣に座る、明らかにオービルより少し年上の人物が、こちらを見ていることに気がついた。精悍、いや、ダイムと思われる人物の、凶暴な瞳がオービルを捉えると、オービルは底知れぬ恐怖と同時に、そこに、それが初めてではない、それに以前に出会ったような不思議な感覚に襲われた。

「獣族といっても、常に獣の姿をしている訳ではありません。信仰の力により、人から獣へと進化できるのが獣族、人から龍へと進化できるのが龍族です。進化は莫大な力をもたらし、外見をも変容させます」

 以前、リンドバから聞いた言葉を、その時、オービルは思い出した。だが、オービルには、ダイムの風貌が、とても人には見えなかった。いや、正確に言えば、ダイムは人ではないものに、形を変えているわけではなかったが、そのまがまがしさは、人とは思えなかった。


「人族は、あなたの先代の時代に統一され、うらやましい限りですな。獣族は、これからです。これから、まずは統一です」

 エンダールの言葉は続いたが、どうやら彼が言いたいのは、これから始まる獣族の祖国統一戦に、人族は干渉しないでほしい、ということのようだった。もちろん、人族の王・エンリコも獣族の争いに干渉する気はなく、話は表面的には友好的に進んだのだが、エンダールの声の奥には、何か底知れぬ野望が潜んでいるようにも感じられた。

 そして、エンダールは自国の状況を、まるでエンリコに言い聞かせるように語り、それが終わると、最後に、

「将来にわたる友好のためには、相互理解が必要だ。貴国も勇猛果敢と聞くが、幸い、両国には、共に頼もしい後継ぎがいる。ならば、両国の後継ぎに、お互いの若き精鋭を加えた、親善試合というのは、どうかな」

 と言って、睨むようにエンリコを見つめた。

 「後継ぎ」「親善試合」と聞き、オービルは耳を疑った。オービルは剣の腕に自信がないわけではない。オービルには、イルバという剣の師匠がいて、イルバには、

「王子、あなたの剣の才能は、この国の名だたる剣豪に匹敵する可能性を秘めてます。くれぐれも練習を怠らないように」」

 と言われたこともある。

 だが、相対するだろう、ダイムは、どうだろう。オービルはこの時、十四歳になっていたが、ダイムは明らかに、オービルより二つ、三つ年上に見え、さらに獣族である。例え、人の姿で剣の力で勝ったにしろ、もし、彼が獣に変身したら、どうなる?オービルは人が獣に変身した姿など、見たこともないのだ。

 オービルは、敢えて、ダイムから視線をはずし、心の半分で、エンリコ王の口から、この誘いを拒絶する言葉が発せられるのを待った。ところが、

「それは面白い。ぜひ、お相手をお願いしたい」

 それがエンリコ王の返事だった。

 オービルが呆然としている間に話は進み、王同士の対面は終わって、親善試合の詳細は、両国の高官で話されることになった。エンダール王一行が中庭を去ると、エンリコ王も席を立ったのだが、オービルが当惑して席を立てずにいると、エンリコ王が言葉をかけた。

「オービル、人の上に立つ人間に大事なのは、どんな状況になろうと、弱みを見せず、それに立ち向かうことだ。今回のこと、お前が常に前を向いていられるかどうかを試す、いい機会ではないか」

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