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ラークスパーの花束を  作者: 柊 こはく
第一章 騎士の使命と疑念
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第3話 崩壊と悲鳴

 市場区に辿り着き、俺達二人は思わず息を飲んだ。


 瓦礫と化した屋台が道を塞いでいる。

 空には不穏な灰色の雲が立ち込め街に影がかかる。

 泣き叫ぶ子どもの声、助けを呼ぶ大人の声が混じり合い、通りは混乱の只中にあった。


「手分けするぞ!あっちの屋台下にまだ誰かいる!」


「了解。エリック、左側の柱を支えろ!」


 ヴァンクは迷いなく現場に飛び込むと、倒れかけた木製の棚を押さえながら、地面に手を伸ばす。


「……大丈夫だ、動くな。今、助ける」


 木屑に埋もれた小さな少女の腕をつかみ、丁寧に引き出す。怯えているのか一言も話さない少女をみて急いで彼女を安全な場所へと抱きかかえた。


「もう大丈夫だ。君、一人できたのか?家族は?」


 少女は答えない。ただ俯いたまま、淡い緑がかったワンピースの裾をぎゅっと握っていた。年のころは十歳ほどか。見た目は普通の子どもだが、どこかこの場に“馴染んでいない”違和感があった


 どうしたものかと考えていると前の方で慌てた様子の若い女性が走ってきた。


「騎士様!こちらに怪我をした人がいるの。手を貸してください!」


「すぐ行きます!」


 すぐさま立ち上がり、声を上げる。


 俺は少女の頭をそっと撫でた。「……またあとでな」と呟き、現場へ走り出す。


「エリック、あっちはどうだ!?」


「こっちは無事に一人救出!でもまだ奥に――っ!」


 彼の声が風にかき消されそうになる。視線の先には、足を負傷し動けなくなった老婆と泣き叫ぶ男児がいた。駆け出そうとした、その瞬間――背中にぞわりとした寒気が走った。


「……っ、風が来る。気をつけろ!」


 言い終えると同時に、地を裂くような突風が吹き抜けた。屋根の残骸が舞い、軋む壁が崩れかける


「何だこの風…!」


 風はまるで生き物のように周囲を駆け巡り、空気を切り裂いていく。巻き上げられた砂塵が視界を奪う。呻くような風はおどろおどろしいものを感じる。


(……自然の風じゃない)


 俺は咄嗟に子どもと老婆を庇うように前に出た。瓦礫が落ちてくる。痛みを覚悟した瞬間――


「……っ。……当たってない……?」


 落ちてくる衝撃に身を構えていたが一向に痛みは来ず、振り向くと瓦礫は自分から少しズレたところに落ちていた。


「ヴァンク、大丈夫か!?うわっ、なんだよこの風、目が開けらんねぇ」


「エリック、落ち着け!まずは残ってる人を安全な場所へと避難させる!」


 額の汗を拭いもせず、ヴァンクは再び立ち上がった。


 ──そのとき、周囲の喧騒の中に紛れて、聞き覚えのある声が耳をかすめた。


 〈……ヴァンク……〉


 息を呑む。

 振り向いた先に、白い影がひらりと、瓦礫の向こうへ消えていった。


「……クレール……?」


「おい!お前ら、今の突風を見たか!?屋根が吹き飛ばされたぞ!」


「女神様は何してるんだ!!俺はちゃんと祈ってたのに、なんで助けてくれないんだ!」


「女神様がお怒りになっている…」


 怒号と悲鳴が交錯する中、エリックがヴァンクの肩を掴む。


「おい、ヴァンク……?大丈夫か?」


「……大丈夫だ。目の前の人々を助けるぞ」


「あーあ。明日絶対筋肉痛だわぁ」


 そんなエリックの軽口を無視し何事もなかったように前を向き、ヴァンクは再び走り出した。


 救出活動は佳境を迎え、次第に人々は安全な場所へと移されていった。

 抱き合って泣く親子。嘆く商人たち。

 だが、不思議なことに――


(……死人が、一人もいない?)


 あれだけの被害で、大きな負傷者さえいないとは。

 先程もそうだ。子供たちを庇った際、絶対にぶつかると思っていた瓦礫がぶつからず少しズレて落ちていた。

 まるで誰かに守られたように……


(…あの時、また一瞬クレールの声が聞こえた気がした)


 そんなことを考えながら先程少女を探すために辺りを見回す。

 少し先にある広場の噴水前で少女はぽつんと座っていた。


 俺が近づくと、正直は顔をあげ無表情のまままっすぐと俺の目を見た。

 その目はどこか大人びていて、何もかもを見通すようだった。

 あの夜見た、女と同じような透き通るような青い目…。


「……君。大丈夫だったか?」


 少女の元へ駆け寄ろうとした瞬間、また風が吹く。

 思わず身構えるも、その風は先程とは違い冷たくなった。


 優しく、温かく、背中を撫でていく風――。


(……これは……あのときと同じ……)


 幼い頃、クレールと過ごした丘の上。彼と手をつないで笑っていたあの夕暮れ。確かに同じ風が吹いていた。

 優しく撫でてくれるような暖かい風。


「……君、名前は?」


 少女は静かに口を開いた。

 その声は、まるで遥か遠くから風に乗って届いたようだった。


「……セイ。あなたを守る風の名前」


 聞いたことはない名前ではあるが、どこか懐かしさを感じた。


 そして、風は再び市場の上空を巡る。その風は、まるで――誰かが嬉しそうに笑っているようにすら聞こえた。


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