第2話 非常鐘
挿絵あり
朝の訓練が終わり一息ついた後、執務室に向かい書類の仕事を捌く。
(今日中にはこの書類仕事を終わらせたいな…午後からは街の見回りだ。そこで少しでもクレールの情報が集まればいいが…)
街の見回りの聞き込み時ではないとなかなか情報が集まらない。
クレールが行方不明になった際、まだ自分は13歳と子供だった。
そんな自分が街の人達にどんなに問いかけても、笑いながら「この国は大丈夫。安心出来る国だ」「どこかに遊びに行ってるんだろう。すぐ戻ってくる」とろくに話を聞いてくれなかった。
あれから5年。今の自分は違う。
騎士としての制服に身を包むことにより、街の人は何かと話してくれる。
「街のはずれで怪しい人の噂をきいた」「最近、貿易商の人がこんなことを言っていた」
そんな些細な噂話ではあるが、そこからクレールに繋がる情報があるかもしれない。
そう考え毎日、沢山の住民から話を聞くことにしている。
(そういえば昨日、街角の花屋の店主が女神像の近くで"亡霊"をみた。なんて話をしていたな…)
「…亡霊。そういや、あの夜の女は何者だったのだろうか。」
少し前の夜。女神像の前で祈りを捧げていた不思議な女。
何もかも見透かしているような透き通った青い瞳の…
「ヴァーンクゥー。手が止まってるぞー」
間延びしたエリックの声が隣から聞こえ、ハッとする。
「…悪い。考え事してた。」
「お前さー。さっきから誰かいたとか亡霊とかどうした」
「…なんでもない。」
訝しげに顔をこちらを見るエリックを無視し、書類の内容を見直す。
「まぁ、お前が話したくないって言うならいいけどさ。助けて欲しい時は助けてって言えよな。こんな俺でも力になるぜ」
こいつはいつもそうだ。よく人を見ている。
触れてほしくないことには深く触れない。
だけど、何かと欲しい言葉をくれる。
クレールが居なくなってから俺は人とはどうしても一線を引いてしまっていた。
深く踏み込んでまた自分から離れていってしまったらこれ以上耐えられなかったからだ。
そんな俺の対応に気づいているのか、エリックは丁度いいぐらいの距離感で付き合ってくれている。
「まぁー。困った時はお互い様って事で…この書類も手伝ってぇ〜!」
そう言いながら、俺の目の前にスススッと書類を差し出す。
「…おい、これ。提出期限今日までじゃないか!しかもこんなに!」
「同期の誼でお願いっ!」
「はぁ…もう少し計画性を持ってくれ…」
頬の横で可愛こぶるように手を合わせたエリックをみて、思わず俺は眉間に手を当てため息をつく。
「次からはそうしまぁーす」
その言葉を聞くのは何度目だろうか。
呆れつつもつい手伝ってしまう自分も自分であるが業務を遅らせる訳にも行かず何枚か書類をとる。
「いやぁ!助かる!やっぱりお前は俺の…」
「黙って手を動かせ、エリック」
「はい。すんません」
紙をめくる音とペン先が擦れる音で執務室の中の時間が過ぎる。
ヴァンクは最後の書類に目を通し判子を押した。
「よし。終わった」
「俺も終わったよぉ…疲れたぁ」
椅子の背にもたれ掛かりグッと腕を伸ばしながらエリックも声をあげる。
「一旦休憩を挟もう。なにか飲むか?」
そう言い立ちあがりながらエリックに問いかけた瞬間だった。
市場区方面から聞こえる、けたたましい鐘の音……
――非常鐘
バンッと大きな音を立て騎士の一人が執務室の扉を開けた。
「おい、市場区で事故だ!」
「なんだって。至急動けるものは市場区へ向かえ!」
先輩騎士の伝達と命令により一気に執務室と廊下が騒がしくなる。
「エリック!俺達も向かうぞ!」
「えぇ…。まじかよォ…行くけどさぁ…なんで今なんだよ…」
ブツブツと文句もいいつつも、素早く装備を身につけ廊下へと出る。
少し開けた先まで行くと伝達係である騎士の1人がいたため街の状況を確認する。
「どう言った状況ですか」
「急な突風による被害のようだ。怪我人も出ているらしい。至急、現場の確認と人命救助に向かえ!」
「はっ!」
俺とエリックは声を揃え返事をし、すぐに騎士団の服を翻し街道へと向かい走り出す。
市場区はエアリエルの中でも、もっとも賑わう場所だ。
商人、旅人、観光客、住人——街のすべてが集う場所。
そんな場所で事故が起きたのなら、のんびり構えている暇はない。
(今日の訓練の際に感じた胸騒ぎはこれだったのか…?)
ふと、朝の訓練時に感じた嫌な感覚を思い出す。
「…なんか、最近こういうこと増えてきたよな」
エリックが顔をしかめながら呟く。
実際、ここ最近、街では奇妙な事故が立て続けに起こっていた。
建物が一部壊れた程度で済んでいたが、今回は違う——人が怪我をしている。
「どちらにせよ俺達がやらなければならないことは変わらない。早く向かうぞ」
「そうだな」
騎士団本部から市場までは少し離れているため、急いで向かうためにもヴァンクたちはさらに強く地面を蹴って走った。