第1話 訓練
力強く鋼のぶつかり合う音が、早朝の訓練場に響き渡る。
「次ッ!…次ッ、来い!」
息を切らしながらも、ヴァンクは次々と打ちかかってくる相手を受け流す。訓練用の木剣で正確に相手の胴体をつき、はたまた剣を弾き飛ばしている。
騎士団の訓練場には、ヴァンクと同じ年代の騎士達もいるが彼の動きはこの中では誰よりも一線を画していた。
「…あいつって前騎士団長の息子なんだっけ」
「そうそう。親父が前騎士団長ってだけで毎日よくやるよ。今日も一人だけ汗まみれだよ」
ひそひそと木陰の方で話している騎士達の声はヴァンの耳にも届いていたが、気にもとめずそのまま訓練を続ける。
「残り五本…いや、後十本だ!」
「えぇ!?まだやんのかよォ…」
既に疲れきって地面に伸びきっている同期の1人であるエリックが弱々しく文句を言うため、1度止まり周りを見るとほとんどが座り込んでおり、ろくに動けるものがいなかった。
(…対戦相手がいないなら今日はもう実技対戦は無理か。あとで自主練に入ろう)
ヴァンクはそう判断し、木剣を地面に突き立てやっと息をついた。
空を見上げると青空に白い雲が浮かび、どこか落ち着きのない風がその身を撫でていく。
(…今日もなんだか風がザワついているな)
クレールはまだ見つからない。
何の情報も集まらないことに対して、自分自身の焦りもあるのかここ最近はずっと胸騒ぎがする。
自分の心の中を表すような風を感じながら今後どうするべきかを考える。
〈──ヴァンク…〉
ふと、自分の名前が呼ばれた気がしてバッと振り返ると訓練場の柵の向こう側に少年の姿が見えた。
白い髪に水色の瞳…
いつも俺が探し求めてるあいつが今にも消えそうな状態でふわりと微笑み立っていた。
「…クレール…っ」
手を伸ばしかけた途端、強い風が吹き反射的に目を閉じてしまう。
慌てて目を開けるも柵の向こう側には誰もいなかった。
「ヴァンク…どうした?柵の方なんて見て」
「今、あそこに俺と同い年ぐらいの男が立ってなかったか?」
「は?誰もいなかったぞ。お前練習のしすぎて疲れてるんじゃねぇの?」
柵の向こう側は開けた場所になっており、目を一瞬閉じただけではどこかに隠れるなんてことも出来ない。
(…気の所為か。最近、気を張りすぎて疲れてるのかもしれないな…)
「悪い。気のせいだったみたいだ。お前の言う通り少し疲れていたのかもしれない」
「そうだぜ〜。もっと気楽にやってこーぜ」
頭の後ろに手を組み、ケラケラと笑いながら話す陽気なエリックをみてつい笑いがこぼれる。
「お前はもう少し真面目に練習したらもっと強くなれると思うんだがな」
「あー?必要最低限はしてるぜ?そもそも女神様が守ってるんだからこれ以上俺らが守らなくても大丈夫だろ」
そう言った途端、エリックの頭上にゲンコツが落ちる。
「いっってぇ!?!!?」
「お前はもう少し真面目にやれ。手を抜いているのが丸わかりだ」
「だ…団長。お疲れ様です」
「ユベール団長、お疲れ様です」
冷や汗を垂らしながら挨拶をするエリックの横で自身の背を伸ばし敬礼をする。
「お疲れ、ヴァンク。そう固くならなくていい」
「はい、申し訳ございません」
「ははっ、お前は本当に親父さん譲りの真面目なやつだなぁ。エリックお前はもう少しヴァンクを見習え」
「うっ…善処します」
聞かれていたことに対しての気まずさか、ガタイもよく人相も厳つい団長が目の前にいるからか少し目線を外しつつエリックは返事をする。
「しかし、ヴァンク。訓練のやりすぎも良くはない。身体に負担をかけ過ぎれば大事な時に力を発揮できなくなる。無理はしすぎるなよ」
「…はい。承知しております」
現団長であるユベールはヴァンクの父であるヴァルスの元部下であった。
いつもヴァルスから息子自慢を聞いていたため、どれだけ自分の息子が可愛いんだ…親バカか…と密かに思っていた。
しかし、自分が団長となった騎士団にヴァンクが配属されその行動を見ていたところ毎日弱音を吐かず努力する姿をみてつい自身も気にかけるようになってしまった。
「お前の努力は素晴らしい。それがお前自身を強くしている。これからも期待しているぞ」
「ありがとうこざいます」
ガッハハと太陽のように明るい笑顔でユベールは笑い、ヴァンクの髪をぐしゃりと撫でる。
訓練場の前のほうへ団長が歩き出す。
自分も慌てて訓練開始前と同じ位置に戻る。
先程まで疲れきって地面に伏せていた騎士達もぴしりと背筋を伸ばし団長の前へ整列する。
「本日の実技訓練はこれにて終了する!各自休息をとり、任務があるものは準備をしろ。以上」
団長の大きな声が訓練場に響き渡る。
「はっ!」
騎士たちも負けずに腹から声をだし返事をした。
風はまだ、落ち着きを見せずに訓練場の上を通り過ぎていく。
どことなく空気がザワついている。
(……また、あの風だ)
今日の朝の訓練は終わった。けれど、胸の奥に残るこのざわつきだけは、拭いきれない。
「……クレール」
ヴァンクはそっと名を呟いた。
その声を運ぶように、風が一陣、彼の頬をなでていった。