第2話 新たな任務
騎士団の詰所に向かう道中、街はいつもより静かな気がした。朝市の準備をする商人たち、パンを焼く香ばしい匂い、石畳の上を走る子どもの笑い声――それらが少しだけ物足りない気がする。風も……やはりあまり吹いていない。
「……なんだか、空気が重いな」
そう呟いた瞬間、背後からどんと背中を叩かれた。
「おはよ、ヴァンク!セイちゃんの体調戻ったか?」
振り向けば、陽気な笑みを浮かべるエリックの姿があった。赤茶色のくせっ毛の髪がいつものように跳ねている。
「ああ、今日の朝見た時はこの前よりは大丈夫そうだった」
「ちゃんと薬が効いてたみたいで良かったな。でも、油断はダメだぞ。あのくらいの歳の子はすぐ体調崩すからなぁ」
そう言ってエリックはひょいと隣に並び、俺と同じ速度で歩き出した。
「そうだな。様子は見るよ。それに昨日の非番の時にセイの同行者も見つけたんだ。当分はその人と行動するつもりだ」
「見つかったのか。そりゃよかった」
安心したようにエリックはほっと息をつく。
「色々ありがとうな」
「いーや!全然それは大丈夫だ。むしろ……」
そこで、エリックの顔から少し笑みが消えた。
「風が最近おかしいよな。昨日の夜も、宿舎近くで強風が吹いて塀が壊れたらしいぜ……それだけならいいけど、近くの泉で鳥がばたばた倒れてたらしい」
「鳥?」
「教会の奴らが来て何やら祈ってたけどな。で、今朝になったら泉の水が引いてた。半日で…だぜ?おかしすぎるだろ。まぁ、今度第一王子も現場を確認しに行く。とかの話も出てたぜ」
エリックの話を聞きながら俺は、カルムの言葉を思い出した。
“風や太陽、水――自然の巡りが狂えば、やがて大地も崩れる”
自然が少しずつ狂い始めている。
「……その泉、どこだ?」
「南の花売り市場の裏手。小さいとこだけど、昔から“祝福の泉”って呼ばれてる場所らしい」
南……。朝にヘルが気になると言っていた方角だった。
「祝福の泉……あそこか……昔、母さんに話は聞いたことがある」
「へぇ、ここら辺に住む人にとっては知られてる場所なんだなぁ」
そんなことを話しながら詰所へと向かっていると少しだけ風が変わった気がした。東吹いていた風は、今、わずかに南へ俺を誘うように向きを変えていた。
この風の導きがあるのなら、その泉になにかがあるはずだ。
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騎士団の詰所に着くと、中では数人の団員が朝の装備確認をしていた。
俺とエリックが顔を出すと、ちらりと視線が集まる。
「お、おはようさん。ヴァンク、昨日非番だったから聞けなかったが例のあの子どうなった?」
声をかけてきたのは中堅の団員・ユーゴだった。腕を組んだまま、壁に寄りかかっている。
「ああ。昨日その子の同行者は見つかったんだ。当分俺の家に住むことになってる」
「ふうん……で?その子、何者なんだ?風と何か関係あるって噂、流れてるぞ」
風の異変が目に見えて現れ始めた時に現れた不思議な少女。騎士団にいるメンバーがそう言った噂を流してしまうのもしかたのない事だった。
周囲の団員たちがざわつく気配に、エリックが「はいはい、あんまり詮索すんな」と手を振った。
「そもそも俺たちは、女神の祈りがどうとかより、街の安全が先だろ。変に騒ぎ立てるより、まず俺たちがやるべきことをやらないとな」
「……そうだな」
そう呟いた後、エリックがこちらを見ているのに気づいたが気にせず話を続ける。
「祝福の泉の話、知ってるか?」
「ああ、あそこな。泉の水が急に減ったとかって話があったな」
「今朝、鳥がばたばた倒れてたって話もあった。教会の連中が来て、なにやら祈りだけして帰っていったらしいが……」
先程エリックが言っていたことと同じ内容を団員達は話し始める。そんな中「あんなの迷信だろ」と、誰かが呟いた。
「なんだって?」
思わず聞き返すも、呟いた団員はそのまま続ける。
「だって俺、ガキの頃によくあそこで遊んでたけどただの泉だぜ?水が減るなんてそんなのよくあるだろ。女神の加護がどうのなんて時代遅れだぜ?」
あっけらかんと言う団員を見て信仰が薄れるということはこういうことが……と改めて実感する。
『お前はそう言うがな……』と別の団員が肩をすくめる。
「俺のばあちゃんはあの泉に祈って無事に戦から戻った兵を知ってるって話してたぜ。そんな軽く扱うもんじゃないだろ」
団員から様々な声が上がると、ユーゴは手を2回鳴らし団員の注目を集める。
「まあ、それは人それぞれの考えだ。先程、ユベール団長から今後第一王子も風や泉の件で調査に来るとの事だ。俺たちも事前に泉に調査に行き確認するぞ」
ユーゴの指揮により、各団員は準備に取り掛かる。ふと先程、自分を導くように南側に吹いていた風を思い出し、やはりなにかに呼ばれているのだろうか……と胸のざわめきを感じつつ自分も準備を始めた。