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ラークスパーの花束を  作者: 柊 こはく
第二章 風の導きと祈りの形
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第1話 目覚めの朝

 夜が明けきる前、ざわり――と、空をなでるような風の気配が窓を揺らした。その音で目を覚ました俺は、しばらく天井を見つめたまま、動けずにいた。


 カルムの言葉が、胸の奥で重く沈む。


 ――“クレールは道具にされるために地下に囚われた”。


 信じたくなかった。だが、それを否定できる根拠もない。セイのことも、ヘルの持っていた資料も、そして……風の荒れようも、全てが一つ一つ現実としてつながりはじめていた。


 「風の女神は、人を守る存在だった。けれど……」


 その先の言葉は出なかった。


 窓の外では、まだ朝靄が低く漂い、街の屋根を淡く覆っている。いつもなら聞こえるはずの鳥の声はなく、遠くで誰かが桶を置く音だけが静けさを破っていた。 


 階下から小さな物音がした。朝食の支度をする母の気配だろう。俺はそっとベッドを抜け出して、窓を開け外を眺める。冷たい風が頬を撫で、かすかに湿った匂いを運んでくる。自然と目が冴えた。


 (……大丈夫。導きは、まだ続いている)


 カルムから渡された巻物は、まだ開かずに机の上に置かれている。中に記されているという「祈祷の間」の場所――

 そこには、今の教会にはない“祈り”の痕跡が、まだ残っているかもしれない。そして、クレールに繋がる“何か”も。開いて中を確認しなければ……そう思うもなかなか手を伸ばすことが出来ずにいた。中を開けば、自分の世界が変わるかもしれない。戻れなくなるかもしれない――そんな予感があった。


「おはよう。早起きだね」


 隣から声がして振り向くと、窓越しにヘルが頬杖をつきながらこちらを見ていた。どうやら彼女も外を眺めていたらしい。


「おはよう。あまり眠れなくてな」


「だろうね」


ここ最近の怒涛の出来事に身体と心が追いついて居ないのは確かだった。


「自分はまだまだだなと……ここ最近は痛感させられる」


 ぎゅっと握りしめた手を見つめる。どんなに頑張って剣術を極めても、大事なものには手が届かない。そんな騎士自分が恥ずかしいとそう思ってしまう。


「あんたって何歳なの」


「十八歳だ」


「ははっ、若いなぁ…」


 ケラケラと笑うヘルを見ておもわず首を傾げる。


「お前も若いだろう?俺とそんなに変わらないんじゃ……」


「あっははは。私が、若い?そう言ってくれて嬉しいけど見た目だけだよ」


 口元に手を添え、くすくすと笑った後、少し目を伏せた。


「私は君とは違うから。けど……あんたに話すような事でもないしね」


 やはり彼女は、人と距離を置く。踏み込みすぎれば、壁を作られる――そう感じて言葉を探していると、ヘルは続けた。


「でもさ、十八年しか生きてなくても、誰かのために覚悟を決められるって、すごいことだと思う」


 そっぽを向いてそのまま告げられた言葉に驚いてヘルの方を見てしまった。朝日が登り始めヘルの髪はキラキラと太陽に照らされ若葉色の髪が綺麗に輝く。


 人間が好きではないと言っていたヘルではあったが、昔からそう思っていた訳ではないんだろう。本当は一人ひとりをちゃんと見て、言葉を選べる――優しい人だ。


「お前も優しいやつだって分かって良かったよ」


「なにそれ」


 ほんのりと耳が赤くなっている姿を見て、やはりこいつも心を持つ優しい人だと感じた。


「一応、あんたに伝えておくけど。今日は私は外に出るからこの家にはいない。セイの事はこの家の人に頼むつもり」


 話題を変えたいのかヘルは唐突に話を変える。あからさまだなぁと思いつつも、それ以上は踏み込まないように話を合わせる。


「何しに行くんだ?」


「薬草取りに行くの。セイの身体の調整はしたけどまだ具合自体は治ってないしね。今後何があるか分からないから調合しておいて損はないし」


 指先でくるくると髪の毛を巻き付けながらヘルは続ける。


「それに、あの子は表に感情あまり出せないから、ちゃんと見てあげないといけないの」

 

 そう呟くヘルの顔は困ったように笑っていた。


 "感情を出せない"


 確かにセイは比較的無表情ではあるが、それも何が原因があったのだろう。だが、今は聞かない。きっと聞いても彼女はきっと答えないだろう。


「そうか。どこまで行くんだ」


「南の方の森かな。昔はいい薬草があったんだ。今はどうかな……。まあ調査含めてって感じでね」


「調査……?」


「……南側、昨日の夜から妙な感じがする。風の流れも、動物達の声も……」


 魔法が使える彼女は自分とは違い、何かしら感じるものが色々あるのだろうか……


「何事も無いといいんだがな」


「いや、あると思う。あんたも気をつけて。これからもっと変なことが増える」


 そう言いヘルは軽く手を振ると、再び窓の奥に引っ込んでいった。


 俺は振り向き机の上の巻物に目を落とす。二人について知りたいことは多いが、それは後でいい。今はまず、俺にできることをやる。


 パシっと両頬を叩き、ゆっくりと顔を上げた。


 俺は騎士だ。クレールも、この街の人々も――守らなければいけないのだから。

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