第14話 導きの先へ
その晩。
母とシエルにヘルとセイの同居の件に話をもちかけた。
「全然いいわよ。好きなだけここにいなさいな」
まるで最初からそうなると分かっていたかのように、母は柔らかく笑った。
「お姉ちゃんもここに住むの!?やったぁ。お名前なんて言うの〜?」
「ヘル・バーブルです。しばらくお世話になります」
人が好きではないといっていたヘルが優しい顔でシエルと母に挨拶をする。ギュッとヘルに抱きついたシエルの様子をセイも優しく見つめ、手を伸ばしてシエルの頭を撫でる。
「本当に大丈夫なのか?」
「あの二人のこと?」
母は夕飯を作りながらちらりと後ろを振り向き、遊んでいるセイとシエル、そしてそれを微笑ましそうに見てたヘルをみる。
「シエルと貴方があの二人のことを信用してる。それだけで十分よ」
くすくすと笑いながら話す母を見て、昔からこういう人だったなと思い出す。理屈ではなく、人の心を信じられる人。
その夜、俺たちは2階に集まり、ヘルの言う「次の手」について話し合った。
「会いたい人がいる。教会の“上層”にいた人物よ」
「そんなやつが、俺たちに協力するのか?」
「協力してくれるかは分からない。でも……彼は、風の信仰が“管理”ではなく“祈り”だった時代を知る人間。だから、教会から追放された」
「名前は?」
ヘルが口にしたその名に、俺は思わず息を呑んだ。
「――カルム?」
「知ってるの?」
「……親父の知り合いだ。昔は何度か、家にも来ていたらしい。今は……消息不明って聞いてたけど」
「それなら、話は早い。場所はわかってる。彼に会いに行こう」
✦︎✧︎✧✦
翌日、俺たちはカルムがひっそり暮らしているという郊外の森の外れを訪れた。
霧の残る小道を抜け、小さな石造りの小屋の前で足を止める。
扉を叩くと、しばらくしてギィと重い音を立てて扉が開いた。
現れたのは、深い皺を刻んだ顔に白髪の混じった髪を持つ老人だった。年季の入った外套に身を包み、片手には木製の杖を携えている。
「……あんた、まさか……ヴァンクか?」
「はい。父のこと、知ってますよね」
カルムは目を細め、しばし俺の顔をじっと見つめた。
「……ああ、そっくりだ。あいつもお前のようにまっすぐな瞳をしていた」
そしてセイの姿に目を移すと、一瞬だけ何かを見透かすような視線を送る。
「……なるほど。そういうことか」
「話がしたい。教会の内部で、何が起きていたのかを知りたいんです」
カルムはしばらく沈黙し、そのまま俺たちを小屋の中へと招き入れた。
小屋の中は意外なほど整っていた。壁には古びた教典や地図がかけられ、棚には資料と思しき巻物や本が詰まっている。
カルムは静かに椅子をすすめ、湯を沸かしながら話し始めた。
「……教会は、風の女神を“崇める”場だった。祈りと感謝、そこには本来、支配も選別もなかった」
「それが、どうしてあんな仕組みに?」
カルムは少しだけ苦笑して答える。
「“力”だよ。女神様の力は民の信仰があればより強くなる。しかし、守られるが当たり前と思うようになった民は祈るという事をあまりしなくなった。そうなると国を守っていた女神様の風の防壁の力がなくなってくる。そうなってくるとどうなると思う」
「ここ最近発生している風の荒ぶりはそれも関係して……?」
「それは最近始まったことじゃない。風や太陽、水――自然の巡りが狂えば、やがて大地も崩れる。干ばつも、土砂崩れも……すでに兆しはあった」
机の上に全員の分のお茶をカルムは置きさらに続ける。
「神は基本的に人が操れるものではない。しかし、加護を受けたものは人間。人間を従わせるというとは簡単にできる」
「……っ」
「私は、それに反対した。風は縛るものではない。人も道具ではない。だが……理解されなかった。教団の中枢は、“神を使う”という思想に染まりきっていた」
ヘルが口を挟む。
「カルム。クレールという少年について、知ってる?」
その名を聞いたとたん、カルムの表情が固まる。
「……ああ。聞いたことがある。“女神の加護を持つ子供”として、地下で“管理”されていると」
苦しげな顔をしてカルムは続ける
「表向きには“風を安定させるため”だ。だが実際には、神に代わる器として――意思すら奪われ、道具として使われる予定だった」
言葉が出なかった。
ぞっとするほど冷たい現実に、喉が張り付く。
「俺はもう教会の人間じゃない。あの場所は変わりすぎた。犠牲者が多く出ている。私はあの子たちに謝りたい。助けたい。何度声を上げてもし届かず……疲れてしまった」
シワシワになった手を握りしめている手は震えていた。
「でも……俺には、探したい人がいる。守りたい約束がある。だから、教えてほしい。何か手がかりでも――」
俺がそう言うと、カルムは静かに立ち上がり、奥の棚から巻物を一つ取り出してきた。
「これは旧教団時代の“加護の選定”に関する資料だ。今は廃れているが、ある“祈祷の間”に、過去の記録が残っているかもしれない」
「祈祷の間……」
「そこは、神に選ばれし者のみが祈りを捧げた聖域だった。いまは封鎖され、存在を知る者も少ない。だが、“風”が乱れるとき、そこには再び“声”が宿るとも言われている――」
巻物を手にしながら、カルムはゆっくりと俺の目を見る。
「何もできずにすまんな。だが、お前が“女神”を信じているなら……進め」
その言葉に、俺は深く頭を下げた。
✦︎✧︎✧✦
その帰り道。
俺はふわりと吹き始めた風を身体で感じつつ考える。
――クレールは、きっとまだ生きている。
そう思えた理由は、風に導かれるように、目の前の道が開けていったからだ。
「行こう、次の場所へ」
セイがそっと手を差し伸べてくれる。
「“導き”は、まだ続いている」
ヘルがそう囁き、笑った。
風の神に守られた国、その真実の奥へと――俺たちは踏み出していく。
第一章完結