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ラークスパーの花束を  作者: 柊 こはく
第一章 騎士の使命と疑念
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第13話 新たな同居人

「セイ、ちょっとヴァンクを借りるね」


 ヘルはそう言って、俺を振り返ると迷いなく手招きした。


 連れてこられたのは、王都を一望できる高台だった。風よけの柵に両肘をつきながら、彼女は遠くを見つめる。その横顔は静かで、どこか痛々しかった。


「……私、人間のこと、あまり信用してないの」


 ぽつりと、風に紛れるような声だった。


 突然の言葉に、俺は返す言葉を失った。


「さっきも言ったよね。人って、大事なものを平気で壊す。綺麗ごとを並べても、裏切るのは一瞬……そういう連中が、大嫌いなんだ」


 ヘルは柵越しに、どこまでも続く屋根の群れを見下ろす。その目は、過去の何かを映しているようだった。


「それなら、どうして俺と協力しようとする?」


「もう言ったじゃない。“悲しい人”を、増やしたくないの」


「……その“悲しい人”も、人間だろ」


「……なら、言い直す」


 彼女は目を細めたまま、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「“私と同じような目”に遭う人を、これ以上見たくない」


 その声には、かすかな震えがあった。悲しみでも、怒りでもない――深く沈んだ記憶の底からすくい上げられた感情のようだった。


「君だって、わかってるんだろう」

 ゆったりとヘルは俺の方を振り向く


「この国が君の探してる人にどんなことをしてるか。その真実を知って君は人間を許せるのかい?」


「それは……」


  答えに詰まる。クレールが連れ去られたと知ったときの、あの抑えきれない怒りを思い出す。


 もし彼が、想像を絶する仕打ちを受けていたとしたら――

 俺は、本当に“この国”を、そして“人間”を、許せるのか。


「でも、怒りだけじゃ前に進めないよ」


 ヘルの声音はどこか疲れていたがそれでも目は真っすぐだった。


「セイの願いを叶えるためにも、私は果たすべき役目がある。同じ目的を持つなら……君と手を組む価値はあると思った」


「お前の言い分はわかった……それで、まずはどうするつもりなんだ」


「まずは、情報の整理から始めようか。……君、教会の地下に行ったね?」

 突然の指摘に、思わず背筋が強張った。


 ヘルはそれ以上は追及せず、肩の力を抜くように続けた。


「お互いの知っていることを、すり合わせたほうがいい」



✦︎✧︎✧✦



 一度自宅に戻ると、母とシエルが驚いたようにこちらを振り返った。


「あら……その方が、セイちゃんの?」


「ああ。彼女がセイの同行者だ」


「よかったわねぇ、本当に……」


 安堵したように微笑む母に、シエルも小さな声ではしゃぐ。


「セイちゃん、よかったねぇ」


「うん」


 セイは微笑みながら、シエルの頭を優しく撫でた。


「へぇ……」


 そんな様子を見ていたヘルは少し驚いたように目を見開いた。


「どうした」


「セイはこの子のことも……」


 何かを言いかけたヘルであったが、振り向いたセイと目が合うと「なんでもない」といってゆるりと首を振った。


 少し気になったがまずは情報整理が必要であることを思い出す。


「母さん、少し二人と話をしたいことがあるから2階を借りる」


「わかったわ」



✦︎✧︎✧✦



 2階に上がるとヘルは手にしていた木製の鞄を床に置く。

 ぱちんと小さな錠を外し、中から何冊かの綴じられた紙束を取り出した。表紙には、古い教会の紋章――記録庫で見たものと同じ印があった。


「これ……教会の記録?」


「そう。“記録庫”のものに近いけど、これは別ルートで手に入れたもの。私が長年集めてきた“教会側のまずい資料”だよ」


 ヴァンクは思わず眉をひそめた。


「内部資料……ってことは、お前……教会の関係者だったのか」


 ヴァンクの視線が自然と鋭くなる。


「まさか。潜入してただけ」


 彼女はさらりと告げながら、数枚の資料を広げて見せる。

 そこに記されていたのは――「風の器」「加護の選定過程」などの記録。


「ここには子どもが達、突然“消えた”後に関わった教団の上層がその後昇進している記録がいくつか記載されてる」


 そしてヘルは書類の中から1枚選び俺の前へと差し出す。


「これ、みて」


「クレールの移送記録……?」


「そう。彼は“風の加護者”として扱われていた。女神の代替、もしくは“器”としてね。神の名を利用する連中にとって、都合のいい存在だったのよ」


「……!」


「信仰と政治が手を組むとね、本当に大事なものなんて、簡単に切り捨てられる」


 彼女の声には、明確な怒りがにじんでいた。


「私の鳥がこれらの情報を集めてくれたのよ」


 なるほど……あの白い鳥――セイに薬を運んできたあの存在が、情報を集めていたというのか。


「私はね、ヴァンク。信じてほしいわけじゃない。でも、これを“見てしまった”なら――もう、戻れないんだよ」


「……」


「君がもしこの国を守る騎士であり続けたいのなら、今が選ぶ時だ。盲信するか、疑念を受け入れるか」


 ヴァンクは拳を握りしめた。クレールの顔が脳裏に浮かぶ。あの日の誓い。風のように笑っていた親友の姿――。


「クレールは……きっと今も生きてる」


「そうだね。少なくとも、“この記録が最後”じゃない」


 ヘルはそう言って、そっと微笑んだ。


「協力する。俺は、絶対にクレールを取り戻す。――たとえこの国すべてを敵に回すことになっても」


 静かに、だが強い意志を込めて告げると、彼女は満足げに頷いた。


「いい返事だね」


 この出会いが偶然ではないとするなら。

 セイも、ヘルも、すべて“風”に導かれて出会った存在だとするなら――


「……協力する。あいつを取り戻すためなら、何だってする」


 その言葉に、ヘルは安堵のような微笑みを浮かべる。


「じゃあ、まずは……次の拠点を整えないとね」


「拠点……?」


「うん。今晩から、君の家にお邪魔するつもりだから」


「……は?」


「セイと二人じゃ何かと不安でね。ちょっと部屋、貸してくれる?」


 ヴァンクは頭を抱えた。

 セイのことでさえ手一杯だったのに、さらにこの胡散臭い女まで……!


「何、その顔。私、家事は得意だよ?」


「はぁ……」


 こうして、奇妙な“同居生活”が始まろうとしていた――。



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