第11話 灯火
月明かりが木々の合間を縫い、小道を照らしていた。教会脇の細道を抜けると、石壁に寄りかかる男の姿が見えた。
「よう、大丈夫だったか?」
エリックだった。薄明かりのなか、冗談めいた声で言う。
「ジェイド司祭が妙に険しい顔して、お前らが行った方角へ歩いていったからさ。何があったのかと思って」
「……問題ない」
言い切ったが、どう話すべきか迷いが残る。すべてを打ち明けるには、まだ彼を完全に信じきれていない自分がいた。
「少し、裏側を調べていてな……時間がかかってしまい悪かった」
「ふーん。"裏側"ねぇ……そんなにおっかない顔して何を見たんだ?」
詮索をされているのだろうか……
何も言えず押し黙っていると、俺の事をじっと見つめていたエリックはふっと目を逸らした。
「まぁ、お前の事だ。なんか大事なことなんだろ。だったらこれ以上聞かねぇよ」
「エリック……」
「まあ、でも曲がりなりにも俺も騎士だ。お前が悪い道に進むとするなら騎士として止めるし、正しい道に進むなら俺も着いてく。ただそれだけだ」
月明かりの光に照らされたエリックの表情は何を考えているか分からなかった。
思わず息を飲むと、エリックはふと下の方へ視線を逸らし目を見開いた。
「……おい、あれ……」
その視線の先、俺の隣にいたセイが青白い顔でよろめいた。俺が反応する間もなく、彼女は膝をつき、その場に崩れ落ちる。
「セイ!」
「……っ、はぁ……っ」
セイは痛みに耐えるように身体を抑えている。
「まずい、今は無理させるな。一旦引くぞ」
エリックが素早くセイを抱き上げ、俺に目配せする。
「俺の家が近い。すまんが、着いてきてくれ」
「分かった。頼む」
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バタバタと家に戻ると母とシエルは驚いたようにこちらをみた。
「ヴァンク!? その子……」
「説明はあとだ。今は彼女の容態が先だ」
セイをベットに寝かせると母が濡れたタオルと水持ってきて部屋へと入る。
「セイちゃん大丈夫そう?」
「分からない、急に倒れてしまって」
心配そうにセイの顔を覗き込みながら母は額に手を当て首を傾げる。
「冷たい……」
そう、息はしているがまるで命の灯が今にも消えそうなほどだった。
「毛布を持ってくるわ……身体を温めないと……」
母が立ち上がり部屋を出ていく。
「セイちゃん……大丈夫……?」
シエルが涙ぐみながら小さな手でセイの手を握る。
俺も祈るような気持ちで彼女の顔を見つめていた。
なぜ突然、こんなことに――その時だった。
「コンコン……」
窓を叩く音。驚いて音のなった方を見ると1匹の白い鳥がいた。
「鳥……?」
よく見ると鳥の足首に何かが付いている。
窓を開けようとすると、先にシエルがぱたぱたと走って開け放つ。
そのまま白い鳥はセイの隣へと降りる。
「……にぃに、これセイちゃん飲ませてだって。この鳥さんがそう言ってる」
「なんだって?」
戸惑っていると後ろで静かにみていたエリックがぽつりと言った。
「……信じてみてもいいんじゃないか。その子、お前の妹なんだろ」
そう言われ、セイを少し抱き起こし、恐る恐る小瓶の蓋をあけセイの口元へ持っていく。
小さく開いた口から瓶の中の液体が流れ込みこくりと喉が動いた。
ひと呼吸……ふた呼吸……
じわりと、セイの頬に色が戻っていく。凍っていた指先にぬくもりが宿り、まぶたが微かに震える
「……よかった」
母が毛布を抱えて戻ってきたとき、セイの呼吸は安定し始めていた。
「鳥さん、ありがとぉ」
ニコニコと笑いながらシエルは鳥に話しかけると、こちらを一度振り返り、まるで礼を言うかのように翼を一度だけ広げると――静かに夜空へ溶けるように飛び去っていった
「……なんなんだ。ほんとに」
何もかもが分からない状態で思わず放心状態になる。
「ヴァンク……」
小さく後ろから声がかかり振り向くと、耳元でエリックは囁く。
「お前の妹は……加護持ちか?」
「いや、そんなはずは無いと思うが……」
「……ならいいんだ」
そう短く言い残すと、エリックは今日は帰るといって母達に挨拶をして帰っていった。
「俺が見てるから。母さん、シエル、今日はもう休んでくれ」
「ええ。セイちゃん、きっと大丈夫よ。優しくしてあげてね」
母は優しく微笑んで部屋を出ていった。シエルも俺の隣に立ち、セイを心配そうに見つめる。
「にぃに、セイちゃんの探してる人いた?」
「いや、まだ見つかってない……」
「なら早く見つけた方がいーよ」
「どうして……?」
「だってセイちゃん、心がふわふわしてるの。だから、その人がきっと必要なんだよ。」
子ども特有の直感なのだろうか。
それとも初めてセイとシエルが会った時から何二人には通ずるものがあったのだろうか……
「……そうだな。ありがとう、シエル」
「セイちゃん、おやすみ。いい夢見てね!」
シエルは小さく手を振り、部屋を出ていった。
静かになった室内。
月の光が窓辺を照らし、微かに風がカーテンを揺らしていた。
俺はセイの傍らに座りながら、再びそっと右耳の青いピアスに触れた。