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ラークスパーの花束を  作者: 柊 こはく
第一章 騎士の使命と疑念
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第9話 教会

「それにしてもさ、ヴァンクって意外と……小さい子の扱い、慣れてるんだな」


 教会への道すがら、エリックが興味深そうに俺の横顔を覗き込んでくる。


「妹がいるからな」


「え、マジか! 実は俺も妹いるんだよなー。もうめっちゃ可愛くてさぁ……」


 懐かしそうに目を細めるエリック。つい笑ってしまいそうになるほど、顔が緩んでいる。


「都市から離れた場所の出身だったよな。今も会えてないのか?」


「んー、まぁな。こっちで騎士になるって決めたから、しばらくは我慢だ。でもさ、次に会えたらさ……思いっきり甘やかすつもりだよ」


  セイに目を向けた一瞬、エリックの表情にわずかな翳りが差す。

 ――けれどすぐに、いつもの軽い笑みが戻っていた。


「――着いたぞ。セイちゃんの探してる人、見つかるといいな」


 優しく頭を撫でて、エリックは先に教会の扉をくぐる。


 彼が中に入ったのを見届けてから、俺はセイに小声で囁いた。


「……セイ、まずは“同行者を探している”っていう体で話を聞く。ついでに、教会の仕事や風の様子に興味があるって振る舞えば、話を引き出せるかもしれない」


「わかった」


 いつも通りの調子でそう答え、セイは俺の手を引いて歩き出す。



 ✦︎✧︎✧✦



 ステンドグラスから差し込む淡い光が、礼拝堂の床に色とりどりの影を落としていた。


 だが、そこにあるはずの“清浄な気配”は、どこか薄い。


 教会の奥へと進むと、エリックが既に司祭と話を通してくれていたようで、応接室へと案内された。


 中にいたのは、品の良い装いのサスマン政務官と、上位司祭であるジェイド司祭。


 その目には、どこか……信仰ではない“何か”が宿っているように感じた。


「教会の状況に、お変わりはありませんか?」


 エリックが形式的に尋ねる。巡礼の護衛や国との連携確認――この訪問も、騎士団の定期的な業務の一つだ。


 やり取りが一段落した頃、ジェイド司祭がセイに目を留めた。


「その少女は……?」


 視察にしては場違いな姿に、不審げな視線を向ける。


「申し訳ありません。昨日の災害で同行者とはぐれてしまったそうで、情報を集めるため同行させております」


 背筋を伸ばし、穏やかに説明する。


「ふむ……そういう事情ならば、教会内の者にも確認しておきましょう」


「ありがとうございます」


 頭を下げると、隣にいたサスマン政務官がやや芝居がかった調子で言葉を添えた。


「昨日の災害では、騎士団の皆様が迅速に対応くださり助かりました」


「いえ、職務を全うしただけです」


 そのときだった。


「……みんな、女神様が怒ってるって言ってた。本当なの?」


 セイが、少し幼さを混じらせた口調で問いかけた。


 俺と話すときとは違う、“子供らしい顔”を見せている。


「そんなことはありませんよ。女神様はこの国を守ってくださっているのです。私たちも、怒らせるようなことなど何一つ――」


 ジェイド司祭がやや早口に否定する。


 セイは黙ったまま、俺の袖をぎゅっと掴んだ。




「風の神フルーヴェンへの祈りは、今も民の支えです」


 微笑むジェイド司祭は続ける。


「とはいえ、信仰というのは“形”がなければ意味をなしません。行事の整備や供物の管理は、神への敬意を示す手段ですから」


 “形”……?


 心の中で、その言葉が引っかかる。信仰とは、心に宿るものではなかったか――。


 すると、サスマン政務官が口を開いた。


「神は象徴で十分。民がそれで安心し、統治が円滑になるならば、それ以上の信仰は要らないでしょう」


 その言葉に、背筋がうっすらと冷たくなる。


「ともかく、今後は安心を取り戻せるよう尽力いたします。それは教会も、騎士団の皆様も同じ思いでしょう」


 緑色の目を狐に細めるこちらを見るジェイド司祭に、俺は一言だけ返した。


「……ええ、民を守るのが、騎士の務めです」




 ✦︎✧︎✧✦




 応接室を出てから、エリックがセイに顔を向ける。


「じゃあ、俺はこのへんで人に聞いてみるよ。セイちゃんと一緒にいた人、どんな感じ?」


「……私と同じ髪色と目。あと……すごく、うるさい」


「う、うるさい?元気な子ってことかな……?よし、とにかく聞いてくるわ!」


 パタパタと駆け出していくエリックを見送り、俺とセイは再び教会内を見渡した。


 ふと、奥の礼拝堂が目に入る。


 神聖な空間のはずのそこでは、若い修道士たちが儀式の準備を機械のように進めていた。祈りは形だけ――そこに心は宿っていなかった。


 胸の奥に小さな違和感が芽生える。


 俺は自然と、教会の裏手――かつてクレールと何度も訪れた、古い礼拝室へと足を向けていた。


 古びた祭壇。風の紋が彫られた聖具。かすかな埃の匂い。


「……ここだけは、まだ風が残ってる」


 目を閉じると、頬を撫でるような微かな風が、確かにそこにあった。


 ちらりと隣を見やると、セイがそっと手を上げ、風を探るように動かしていた。


 俺の視線に気づいたのか、彼女はすぐに手を下ろす。


「……風の声が、きこえない」


 ぽつりと落とされたその声は、石壁に静かに反響した。


 ――やっぱり、何かが、おかしい。


 セイの言葉と、司祭たちの言動。

 それは俺の中にあった信仰の輪郭を、静かに、でも確かに揺るがしていた。




 風は、女神は、本当に今もこの国を見ているのだろうか――。

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