猫として
ある日めざめると、異世界の居酒屋の猫になっていた。
なんて話は、この界隈ではままある話で珍しいことでは無い。
前の世界では引きこりニートの21。
ホントによくある設定。
しかし少しだけ変わっている所は、俺の飼い主は10代の姉弟ってとこ。
姉は20歳前のギリギリ19歳。
弟は、もうすぐ16歳になる15歳。
俺は、そんな2人の飼い猫に転生していた。
カラン。
と、ドアの扉上の鈴を鳴らして客が来た。
ペンギンの格好をした中年女性だ。
もしかしたら、モロペンギンかも知れず。
しかし、この前はピザを食っていたから、純粋なペンギンでは無いと思う。
「最近、家の水道の閉まりが悪いのよ。それと関係があるのかしら、オバケが出るようなの。」
ペンギンが、そう言うと
「今度、調べに行こうか。」と弟の言葉に、「オバケなら私も。」と姉も乗った。
ここに来てから半年は経つから、成り行きは何となくわかっていた。
ただ俺は前世からのオバケ嫌い。
ソロソロと足音を忍ばせて行方をくらませようとしたが、窓からの脱出の寸前に弟の方に抱き止められてしまった。
誠に惜しい。
前世でも会いたくもなかったのに、こんな異世界のオバケなんて拷問も拷問だ。
という訳で早速その日の夜にペンギンの館に泊まり込むことになった。
それは本当に館だった。
部屋数はゆうに10を超え、暖炉の隣には黒いピアノ、それに長い白いソファー。
しかし、いったいどうやってペンギンがピアノを弾くのかを考えてはいけなかった。
ここは異世界なのだからピアノを弾く時のペンギンの羽は、急に人の手のように指が出来ても当たり前なのだから。
この広い館にペンギンは独居していた。
8年ほど前に夫のアザラシが不倫の末に相手と出て行ってしまい、それ以来ペンギンは一人暮らしをしている。
もしかしたらアザラシが帰ってくるのを待っているのかも知れない。
夫婦の仲、男女の仲は、誰にも分からない。
しかしその事は、とりあえず今は関係はなかった。
何事もなくペンギンのこしらえたホワイトシチューを食べ、いったい中に入っている肉はなんなのかと気味悪がりながら、寝室で眠ることにとなった。
ちょうど12時を回った頃にペンギンが俺たち3人が眠っている部屋のドアを、叩きにきた。
「なんか出てるみたいなんです。」
言われて俺たち3人は部屋から廊下にと出た。
誰もいない、気配もない暗い空間。
しかし猫には、とても気持ちの良い雰囲気でもある。
暗い夜にも猫の目は効く。
その時、俺は見てしまったアザラシの姿を。
そのアザラシは金を鷲掴みにしていた。
俺は飼い主に伝えるべきか迷った。
猫の言葉など通じないのは分かっているが、何か鳴き声をだせば気づくかもしれない。
俺の舌にペンギンの作ったホワイトシチューの味が蘇ってきた。
ペンギンは本当は誰にホワイトシチューを食べて欲しかったのだろう。
それを思うとき、知らない方がいい事もあると思った。
アザラシのあんな姿を知れば、ペンギンは悲しみに暮れる所では無いかもしれない。
「真っ暗で何も見えないわ。」
飼い主姉の方がそう言い、
「さすがにこの暗闇じゃね。」
弟がポツリとつぶやいた。
「本当ですねえ。」とペンギンの声。
そしてペンギンはランプに火をともした。
もしかしたらペンギンは全て知っていたのかもしれない。
でも自分では抱えきれずに、誰かに話に来た。
出来れば真実を追求しない、そんな誰かに。
そして、それが俺の飼い主の姉弟なら、俺は長生きの猫になれるような気がした。