桜の花のようで向日葵の花のような妻
5月25日 21:54 一部改稿しました。
グスタフ・コーンベルタはつい先日26歳の誕生日を迎えた。
未だ独身で浮いた話はどこにもない。
男でも22歳までには結婚しないと貰い損ねた情けない男と言われる。
確かにどちらかといえばのんびりしていた。
私だけではなく両親もその周りにいた者たちも私の結婚を気に掛けるものがいなかった。
20歳になった頃「そう言えばグスタフって20歳超えてなかったか?」と父が言い出し、年齢の確認を執事にされこれはまずいということになって周りは慌て始めた。
私は妻がいないことに不便は感じていなかったので、慌てる周りについていきそこねて遠巻きに眺めているような状態だった。
初めてのお見合いはもうすぐ23歳という頃だった。
私がお見合いを逃げ回っていたのと、20歳を超えて結婚歴がないことに逆に何某かの欠点があると思われたらしく相手が中々見つからなかったらしい。
それでもとうとう逃げ切れなくなって、相手も生き遅れと言われる20歳でちょうどいいと言われたが、会ったものの相手の女性にまるで興味を持てなかった。
そして相手も私に興味を抱かなかった。
それが解っていたのでこちらから断らず相手が断ってくるのを待った。
25歳もあと少しで終わろうという頃には見合いは20回はしただろうか。一人だけいいなと思った子がいたが、相手には興味を持ってもらえなくて翌日には綺麗に断られてしまった。
26歳になって最初にセッティングされた見合い相手は17歳、9歳も年下の子ではあまりにも可哀想で見合いをしたらその場で断っていんだよと言ってあげるつもりだった。
シェリー・マクダレスト17歳。後2ヶ月で学園を卒業するのだが、婚約者が不貞を働き婚約解消になってしまったらしい。
男が悪くても女性が悪く言われる世界。
シェリーはそれに耐えて私との見合いを受け入れたらしい。あまりにも不憫だと思っていた。
シェリーは男に不貞を働かれるような女性ではなかった。
黙って座っていると桜の花を思わせ、言葉を発すると向日葵のような人だった。
会った瞬間に心惹かれた。
まだ大人になりきれていない未成熟さが私の心を鷲掴みにする。
言葉を交わすと周りまで明るくする。
婚約解消をしたからだろうか?たまに憂いのある顔をするのがまたそそられた。
私はその日恋に落ちた。
そしてシェリーが座る下へ行き跪く。
「今日初めて会ってこんな事を言うのは不誠実と思われるかもしれません。私はあなたをひと目見た瞬間恋に落ちてしまいました。言葉を交わせば交わすほどあなたに強く惹かれていく。あなたなくしては明日の太陽すら登らないのではないかと思っています。どうか哀れな私と結婚してください」
シェリーは目を見開き声が漏れないように口元を押さえる。
「本当にわたくしでよろしいのですか?」
「あなたしかいない」
シェリーはグスタフの手を取り「よろしくお願いします」と答えてくれた。
見合いの翌日から私は毎日欠かさずに学園へ迎えに行き、迷惑と知りながらもマクダレストの屋敷に上がり込んで夕食までの時間を他愛のない話を毎日して、シェリーの卒業を迎えた。
シェリーの卒業を心待ちにしていた私は結婚の準備は既に整えていて、シェリーが着るウエディングドレスが出来上がるのを待っていた。
あまりに急なことだったので休日に結婚式の日取りがとれなくて、ドレスが出来上がってすぐの平日に身内だけで行うことになった。
披露宴は後日ホテルで会食をすることでお披露目という形をとることになった。
首を長くして待っていたウエディングドレスが出来上がったと連絡があり、その3日後結婚式を挙げることになった。
ウエディングドレス姿のシェリーはそれはもう可憐で触れたら壊れてしまうのではないかと思うほどだった。
身内だけと思っていたが当日シェリーの友人や私の友人も来てくれて、心からみんなに祝われて私とシェリーは夫婦として結ばれた。
シェリーと結婚してしまうと今までシェリーが側にいなかったことが信じられないくらいで、私はシェリーを大切に大切にした。
妊娠が解ってシェリーそっくりな女の子が産まれ、サーシャと名付け子供にメロメロになった。
最初は笑っていたシェリーが私の愛情がサーシャへと向かうことを受け入れられなかった。
私がサーシャを可愛がれば可愛がるほどシェリーは「私を見て!!」と言った。
「シェリーを愛しているよ」と口づけるとその場は納得するが、私がサーシャを抱いたりあやしたり、キスをするのを見てシェリーは私にそれ以上を求めた。
「私を愛しているのでしょう?私以外を見ないでください!!」
18歳のシェリーは私から見るとまだまだ子供で独占欲を出されたことが嬉しかった。
それまではもしかしたら私の一方通行な思いなのかもしれないと不安に思うほどだったので私の気分は高揚した。
けれどある日、シェリーの侍女が私のところにやってきて「奥様が少し・・・様子が変なんです」と言ってきた。
「様子が変とは?」
「サーシャお嬢様と関わろうと全くしないのです」
「えっ?」
「サーシャお嬢様が産まれて1週間くらいから抱き上げることが少なくなっていたのですが、今ではサーシャお嬢様を見るのも嫌だと仰って、部屋にも近づかないのです」
「えっ?産まれてから既に3ヶ月が経っているんだが・・・抱き上げていないのか?」
「はい」
そういえばここ最近サーシャを抱いている姿を見た覚えがなかった。
これはちょっと異常事態だと私は母に相談した。
両親は領地から孫の顔を見に来たという体裁で屋敷に滞在することになり、シェリーも当初喜んでいたのに両親がサーシャを可愛がれば可愛がるほど不機嫌になって私や両親が一緒でもサーシャのところに顔も出さなくなった。
「母上・・・シェリーはおかしいでしょう?」
「そうね・・・」
「シェリーにサーシャをなぜ抱いてやらないのか?って聞いたんです」
「そう・・・なんて答えたの?」
「それがよく解らなくて。サーシャに私が奪われる。とか婚約破棄されてしまう。などと言いだすんです」
「貴方がちゃんとシェリーに愛を告げていないのではなくて?」
「いえ!私はシェリーにちゃんと愛を告げています!!」
「そう、・・・。シェリーは今まで一身に愛を受けていたその愛をサーシャに奪われると思ってしまったのかしら?」
「母親がそんな風に思うものですか?」
「どうかしら・・・解らないわ。でもシェリーは婚約破棄されて傷ついたことがあるから、それを思い出してしまうのかもしれないわね」
「・・・そんなことがあるのか?どうすればいいのでしょうか?」
「シェリーが母親に目覚めるしかどうしようもないかもしれないわ。サーシャがシェリーを世界で一番求めている者だと気がつけば代わるのかもしれないけれど・・・」
シェリーのご両親も度々訪れてくれてシェリーの変わりとばかりにサーシャを可愛がった。
その姿をシェリーはどこか冷めた目で見ている。その視線がいつかサーシャを傷つけるのではないかと心配でならなかった。
私はシェリーの前ではサーシャを褒めることも構うことはせず「シェリーを愛している」と言い続けた。
二人目の子供ができたと嬉しそうにしているシェリーを見て私は不安でならなかった。
サーシャが生まれる前も妊娠をものすごく喜んでいた。なのにいざ生まれてみるとまるでサーシャを憎んでいるようだ。
妊娠は喜ぶのに生まれたサーシャを可愛がれないことが納得できなかった。
もし二人目の子も可愛がらなかったらどうすればいいのか私には解らなかった。
二人目の子供は私によく似た男の子だった。
サーシャとは違ってルーベルトのことは乳母に触れられるのも嫌がるほどで、寝不足になりながらも乳をやり、おむつを替えて入浴させていた。
「グスタフと私のどちらにも似た可愛いルーベルト」そう言ってシェリーはそれは喜んで一身に愛を注いだ。
なのにサーシャには相変わらず無関心でまるでサーシャがこの世にいないかのように扱った。
いい加減私は許せなくなってシェリーを叱りつけた。
シェリーは何度も「ごめんなさい」と謝るがサーシャを毛嫌いしているようだった。
シェリーから愛情をかけられない分私がたっぷりとサーシャを愛そうと決め、私はサーシャを、シェリーはルーベルトを可愛がった。
それが歪な家族関係だと解っていたがどうすればいいのか、シェリーの両親にも私の両親にも解らなかった。
私はサーシャと同じだけルーベルトを愛していたが、シェリーがずっとルーベルトと一緒にいるので私は時間が許す限りサーシャと一緒にいた。
三人目のレリアナが生まれ、四人目のダットスが生まれて、シェリーはその子供たちを分け隔てなく愛情を与えた。
もしかして女の子は受け入れられないのかもしれないと思ってレリアナもサーシャと同じ目に遭うかもしれないと思ったがレリアナのことはルーベルトと変わりなく愛した。
それなのにサーシャにだけは関心を示さない。
その頃には私はもう諦めていた。
この家でサーシャの立場が揺るがないように私は気をつけた。
ある日、子供たちがサーシャに「お母様に嫌われているくせに!」と言っているところに出くわした。
私はカッとしてサーシャを抱き上げて子供たちを厳しく叱りつけた。
子供たちは大きな声をあげて泣き出しシェリーが慌てて飛んでくる。
「グスタフ何があったの?!」
「君がサーシャを大切にしないから子供たちが人に嫌がらせするような子に育ってしまった!!今まで我慢したがサーシャを可愛がれないのなら実家に戻りなさい」
「グスタフ!嘘よ!嘘よね?!」
「私は本気だ。私はサーシャ、ルーベルト、レリアナ、ダットスも同じように愛している。けれど君はサーシャを蔑ろにした挙げ句に子供たちにお母様に嫌われているくせになんて言うような子供に育ててしまった!もう看過できない。当座の荷物を持って今すぐ実家に戻りなさい」
「嘘、グスタフは私を愛しているのでしょう?」
「愛しているが我慢ならないこともある」
執事に目配せをしてシェリーを自室に戻らせる。
私は子供たちを並べてサーシャにどうしてあんな事を言ったのか聞いた。
子供たちは拙いながらも話してくれた内容は、私がサーシャを可愛がるからだと言った。
私にも言い分はあったがそれは子供に通用しないことは解った。
シェリーを実家に帰してから家の中がうまく回り始めるようになった。
子供たちは勿論喧嘩はするのだがサーシャ一人を目の敵にするようなことはなくなった。
サーシャに母に嫌われている云々は言うことがなくなった。
シェリーとはシェリーの実家で義父母も一緒に何度も話し合った。
何度話し合っても「私からグスタフを奪うサーシャを受け入れることはできない」と言い張りその理由は「私がサーシャを可愛がるからだ」と泣きながら私に取りすがって言った。
「けれど、シェリーが子供たちを平等に愛せないのなら屋敷に戻らせることはできない」
「ほら、やっぱり。私よりサーシャが大事なんじゃない!!」
「そうじゃないだろう!!」
何度説明してもシェリーには理解してもらえず、私は大きなため息を吐くしかなかった。
シェリーが恋しいと思いながら子供たちのためにどうすればいいのか考え続けるがいい答えは出ないまま子供たちは大きくなり、学園に入学した。
シェリーとは離婚しないまま別居が続いている。
サーシャに婚約者が決まり、サーシャの婚約式に出席するかシェリーに聞くと「嫌だ」と言うのでルーベルトの婚約式にもシェリーは呼ばなかった。
義父母にシェリーとの離婚を勧められ私は躊躇した。
これからも母親という役職の人物は必要になることがあるだろう。けれどそれは義理の関係で、今更他の女性を娶って腹違いの子供が生まれることも望ましくなかった。
それにサーシャのことを除けば私はシェリーのことを愛していた。
下の二人が学園に行き、サーシャが結婚することになった時、シェリーは参列を拒否した。
だから下の3人が結婚するときも結婚のことを伝えなかった。
母親として出席することも客として出席することも許さなかった。
子供たち全員が結婚して、ルーベルトに爵位を譲る日が来た。
私はすっかり年寄り気分になってルーベルトに家督のすべてを委ねた。
子供たちにも子供が生まれ私はお祖父様と言わるようになったがシェリーから子供に会いに行くことは禁じた。
子供たち自ら会いに行くことは禁じなかったが、子供たちも思うところがあるのか会いに行くことはなかったようだった。
私は領地に下がる日、シェリーを迎えに行った。
「私は領地に下がるけれどシェリーはついて来るかい?」
シェリーは初めて会ったとき浮かべた向日葵のような笑顔を浮かべて、私の手を取った。
シェリーと二人で長く離れていた時のことを少しずつ話して二人が離れ離れだった時を埋める。
「こうしてグスタフの愛を独り占めにできるのならほんの少し我慢してサーシャを受け入れれば良かった。一緒にいられない時間は心が潰れそうなほど辛かったわ」
その言葉を聞いて私はシェリーに殺意を抱いた。