急展開
翌朝、朝食を食べ終え部屋でゆっくりしていると、何やら外が騒がしいことに気がついた。
バタバタと足音が聞こえたと思ったのも束の間、アンリが部屋のドアをバアン!!と開け放った。
どうしたのだろうと目を丸くすると、アンリが息を切らしながらも叫んだ。
「おおおおお嬢様っ、きっ、昨日の方が…!」
「昨日の方…って、昨日路地裏で会った方ですか?」
部屋に控えていたルークが呟くのを聞きながら、私は予想外の出来事にパニックになっていた。
(なんで?!昨日名乗らなかったのに…!大体、プロローグまでしか出て来なかった、しかも隣国の王子が、私に何の用があるの…?!)
もしや昨日言っていたお礼とやらをしに来たのだろうか。
それくらいなら再度丁重にお断りすれば良いのだが、妙に嫌な予感がしている。
「なんだかかなり高貴な身分の方のようですし、早くいらっしゃった方が良いかと…お嬢様、行きましょう!」
アンリも少し慌てている。
とにもかくにも、隣国の王族の前に出ないわけにはいかない。
私は急いで支度をして外に走った。
「エミリア…!」
慌てて駆けつけると、そこには既にお母様とお父様がいた。
2人とも困惑した表情を浮かべている。
そしてその先にいる、昨日見た美しい白銀の髪の男性。
彼は私を見ると、にっこりと微笑んだ。
(ま…眩しい…!)
昨日何度か向けられた、社交辞令の笑みとは少し違う。
白銀の髪の輝きも相まって、まぶしいほどの笑顔に思わずどぎまぎしてしまった。
(美形の笑顔、破壊力高すぎる…)
お母様が恐る恐る訪ねる。
「それで、アルガード皇太子殿下。私どもの娘が、アルテーヌ王国に何か粗相をしてしまいましたのでしょうか…?」
「ア…アルガード様ってアルテーヌ王国の第一王子の…?」
近くでリンが青ざめているのを感じる。
ルークは声にこそ出さないけれど、静かに息を呑むのが聞こえた。
その場に緊迫感が流れる。
不敬の身に覚えはないけれど、私もなんとなく焦ってしまう。
「いいえ、不敬などでは決してなく。私は昨日、エミリア殿に助けて頂いたのです」
「エミリアが…?」
驚いた顔でこちらを見るお母様とお父様。
そう、私は昨日の出来事を2人には言っていないのだ。
言うまでのことでもないだろうと思ったのだが、ひょっとしてまずかっただろうか。
どきどきしている私とは対照的に、アルガードは落ち着き払った顔で続ける。
「ええ、エミリア殿とそこの従者が助けてくださらなければ、私は今頃死んでいたかもしれませんね」
「死…」
両親が口をあんぐりと開けて絶句している。
そしてそのまま、私に目線だけをぎこちなく動かした。
(うう、何なのかしら、一応人の命を助けたはずなのにこのいたたまれなさは…)
「それで今日は、エミリア殿、ひいてはガーデンシュタイン侯爵と夫人にお願いをしに参ったのです」
アルガードはそう言って、あろうことか私の正面に跪いた。
「ア、アルガード様いけません…!一国の皇子ともあろう方がこんな…」
慌てて静止するが、当のアルガードは私の手を取ってふわりと微笑む。
先程から見せている極上の笑顔だ。
そしてそのまま、私の手の甲にそっと口付ける。
心臓がドキンと大きな音を立てた。
形のいい薄い唇が開かれる。
「エミリア・ガーデンシュタイン侯爵令嬢、よろしければ私の妻になって下さいませんか」