ついにその時が
私もルークに続いて路地裏へ駆け出す。
「あっ、ちょ、お嬢様?!ルーク?!」
後ろでアンリが叫んでいるのが聞こえるけど、なりふりかまっていられない。
人混みを縫いながら、必死に後を追って駆けていく。
心臓がばくばくと嫌な音を立て、ワンピースを掴んでいる指先がひんやりと冷たくなっていくのを感じる。
(こんな急に来るなんて、、、!止めないと、止めないと!)
頭の中は焦りと不安でいっぱいだった。
息を切らしながらルークと共に目的の路地裏に着いた時、アルガードは数人の刺客と交戦しているところだった。
自分に斬りかかろうとする相手を、アルガードは鋭い剣捌きで受けかわしていく。
その姿はさながら舞のようで、彼がかなりの剣の使い手であることは容易に見てとれた。
それでも刺客の数が多く、さすがの彼でも避けるので精一杯の様子で、白い額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「くっ…」
アルガードが正面の相手と剣を交えて、足をよろめかせる。
その時、私は今まさに彼の背後から斬りかかろうとする人物の存在に気がついた。
「危ない!」
反射的に体が動く。
気がつくと、私はアルガードの後ろに回り込んで両手を広げ、全力で彼を庇っていた。
鋭い剣先が私に降ってくるのが、まるでスローモーションのようにはっきりと視認できた。
(馬鹿、私のばかばかばか!どうして何もできないくせに前線に出ちゃったの?!)
もう刃先はすぐそこまで迫っている。
このままいけば、死あるのみだ。
(…また、死ぬのかな…)
本当に、目まぐるしい2週間だった。
前世の世界で死んで、エミリアに転生して、暗殺、ひいては戦争を止めるために奔走して。
大変な日々だったけれど、それでも社畜として生きていた私に、確かに大事なものを教えてくれた。思い出させてくれた。
元々なかった命だ、短い間でも転生して更に生きられただけ幸せだったのかもしれない。
なんとか持ち直し、正面の敵を倒したアルガードが私に気付き、驚いた顔でこちらを振り返る。
(最期に戦争の発端をなくして、国と隣国の皇太子を救っただけでも充分価値があったかもね)
そう思って、ふっと目を瞑る。
痛みを覚悟したものの、その瞬間が訪れることはなかった。
(…?)
恐る恐る目を開けると、そこに立ちはだかる人影があった。
「ルーク!」
そこにあったのは、凛々しい顔で敵の剣を食い止めるルークの姿だった。
彼はそのまま敵の剣を弾き、敵に鋭い一撃を与える。
(すごい、すごい、すごい…!)
「お嬢様、私の後ろに」
そう言って彼は構え直す。
襲ってくる敵をバタバタと薙ぎ倒していく様子は、この前訓練場で見た彼から更に成長しているということを示していた。
本当に、この短期間でどれだけの努力を積んだのだろう。
こんな状況だというのに、私は彼が向けてくれている真摯な想いに胸が熱くなってしまう。
「おい、何をやっている!さっさとそいつらを始末して、皇子を殺せ!」
刺客が幾人もこちらに向かって走ってくる。
一体何人いるのだろう、倒しても倒してもキリがない。
あっという間に、私とルークは数人に囲まれてしまった。
「うわああああっ!」
叫びながら斬りかかってきた敵を、ルークは身軽に薙ぎ倒していく。
敵があと1人になった時、ルークは弾かれたように私の方に振り返って叫んだ。
「お嬢様、危ない!」
ふいに頭上に影が落ちる。
見上げると、歯を食いしばった敵の1人が、私に剣を振り下ろしていた。
「っ!」
思わず目をぎゅっと瞑った瞬間、誰かが私の腕を引いて、間一髪、攻撃を避けることができた。
そのままその誰かが敵に斬りかかり、私を襲った敵はあっけなく地面に倒れた。
「お怪我はありませんか?」
私を助けてくれたのは、他でもないアルガードだった。
「え、ええ。ありがとうございます」
動揺しながらもなんとか返事をする。
「あなたは、さっきお会いした方ですよね?どうしてここに…」
アルガードの吸い込まれそうなほど美しいグリーンの瞳が私を見つめる。
思わず口を開きかけたとき、敵が更にこちらに向かってくるのが視界の端に映った。
すかさずアルガードが剣をかざす。
アルガードとルークが残りの敵も殲滅し、ようやく敵のいなくなった辺りは静寂に包まれた。
ルークが私を見つめる。
「お嬢様、お怪我は」
「私はどこも。ルークこそ大丈夫?」
「俺もかすり傷くらいで済みました」
「そう、よかった。帰ったら手当をしましょう?」
そんなことを話していると、アルガードがこちらに向き直った。
私達の方に向けて、深々と一礼をする。
「ありがとうございました、ご令嬢とその騎士様。貴方がたが助けてくださらなければ、私は命を落としていたことでしょう。
申し遅れました、私はアルガード・ルーゼンベルクと申します」
「い、いえ、私は何も。むしろお二人に面倒をかけてしまいましたし…。お礼ならルークだけで充分です」
「面倒だなんてとんでもない。俺の仕事はお嬢様をお守りすることです」
アルガードは私たちのやりとりを見てくすっと笑ったあと、改めて私に向き直った。
「あなたはお見受けする限り、貴族のご令嬢ですよね?申し訳ありません、国内の貴族は全員把握しているのですが、貴方は存じていなくて…。もしよろしければ、お名前を教えて頂けませんか?後日お礼をしに伺います」
改めて見ると、なんて綺麗な人なのだろう。
輝く白銀の髪に、透き通ったようなグリーンの瞳。
目鼻立ちも整っているし、形のいい唇から発せられる声は凛としていて、全てが美しい。
(この世界、イケメン多すぎじゃない?)
そんなことを思いながらも、私は慌てて頭を下げる。
「い、いえ、名乗るほどのものでは。それに、お礼も必要ありません」
さっきまでは必死だったけど、これで原作の本筋からは外れ、戦争は止められたはず。
私は別に見返りを求めていた訳じゃない。
それに、大国の王子と近隣国の貴族がこんな路地裏で刺客と戦ったとあれば、外交的に何かまずいことになるかもしれない。
これ以上無用な火種は生みたくなかった。
とにかく、これ以上アルガードと関わってはいけないのだ。
ふと、遠くから声が聞こえてきた。
見ると、アンリが手を振りながら走って来ている。
「お嬢様ー!はあ、はぁ…。よかった、やっと見つけた…。人混みで2人を見失って大変だったんですよ。大丈夫でしたか?」
「ええ、私は大丈夫。それより家に戻ってルークの手当をするわ。かすり傷だけれど、傷口から菌が入ったらいけないもの」
「そうですか、わかりました。…おや?そちらの方は?」
アンリがアルガードの方を見やる。
「少し色々あって。とにかく行きましょう。そろそろ迎えの馬車が来る時間のはずよ」
半ば強引に、2人を大通りの方に押しやる。
「お待ちください、ご令嬢の方!」
アルガードが私の手を掴もうとしたけれど、彼もまた呼び止められる。
「アルガード様!ご無事ですか?」
(よかった。彼も護衛が来たみたい)
そう思いながら、足早にその場を去る。
馬車に乗って帰宅しながら、胸には喜びが溢れていた。
(とりあえず、これでシナリオ通りには進まな
いはず!あとはメインヒーローの2人ね。うーん、正直王妃の座とかあんまり興味ないし…ここはひとつ、転生ものの王道をなぞって私もゆっくり過ごそうかしら?うん、前世で出来なかったのんびり生活をしましょう!)
こうしてこの物語も幕を閉じた…はずだった。