新しい出会い
早朝、私はなんだかそわそわして、早くに目が覚めてしまった。
昨晩、祭りに護衛騎士が欲しいので訓練場を見学させて欲しいとお父様に頼んでみたところ、意外にもすんなり了承が出た。
(少し早いけど…行くだけ行ってみるのもいいわよね)
寝巻きのままでは良くないので、侍女を数人呼んで着替えを手伝ってもらう。
(本当は1人で着れたらいいんだけど…)
いかんせん、ドレスの着用は大変なのだ。昨日一日だけでもひどく実感した。
とにかく支度も終わり、私はストールを羽織って外に出た。
侍女達は着いていくと聞かなかったのだが、私も1人で行くと折れなかったので今は1人だ。
(真の目的がばれたら何を言われるかわからないものね。この家の侍女はなんだかみんな鋭そうだし)
外に出ると、冬の冷たい空気が肌を刺す。
それでも朝のすっきりした空気は心地いい。
社畜時代は会社で朝を迎えることなんてザラだったから長らく忘れていたけど、私はやっぱり朝が好きだ。
そんなことを思いつつ、昨晩アンリに教えてもらった場所まで足を運ぶ。
いざ到着はしたものの、重厚な鉄門を前に私は不安になってきた。
そもそも物音一つしない、来るのが早すぎただろうか。
(えーい、考えても仕方ないわ!)
思い切って門の取手を力いっぱい後ろに引く。
門を開けた向こうには、誰もいない…ように見えて、いた。1人。
こちらに目を向けることもなく、ひたすら鍛練に明け暮れている黒髪の青年。
深青の目つきは真剣そのもので、その様子に思わず見入ってしまう。
彼はよく見るとひどく美青年で、したたる汗はまるでクリスタルのようだ。
そんな彼はひと通り鍛練を終えたところで私に気がつき、慌てたようにこちらに走って来た。
「エミリア様、寒い中お待たせしてしまっていることに気が付かず申し訳ございません。お初にお目にかかります、ルークと申します」
そういって彼は深々と礼をした。
「団長ならまだ来ておりませんが。何か伝えることがあるのなら私が代わりに伝えておきましょうか」
「いえ、そうではないんです。いや、ないの」
こんなにも顔立ちの整った人と話すのは初めてで、思わず敬語が出てしまう。
不思議そうな顔をされたので、慌てて話題を切り替える。
「こんなに早くから鍛練なんて、とても熱心なのね」
「いえ、俺は全然力が足りなくて。最近この騎士団に入ったばかりなんです、もっと強くならないと」
へえ、ずいぶん誠実な人なんだな。
そんなことを思っている間に、他の騎士たちも続々と訓練場にやって来た。
「エミリア様!侯爵様からお話は伺っております。いくらでも見学してくださいね」
騎士達の中でも特に屈強な男性が話しかけてきた。おそらくこの人がここの団長なのだろう。
「見学?エミリア様がどうして?」
「さあ」
周りの騎士たちが各々の顔を見合わせる。
団長は彼らに向き直ると、よく通る声で彼らに伝えた。
「いいか、よく聞け。エミリア様は再来週のアルテーヌ王国への外出に伴う護衛騎士をお探しだ。選ばれたいのならば今日は頑張るといい。俺としては毎日頑張って欲しいところだけどな!」
その言葉に周りからどっと笑いが起こる。
横を見ると、表情の読めない顔でこちらを見ているルークと目が合った。
「とにかく、今日はそのつもりでいろよ!じゃあ稽古を始めるから、まず一列に並べ」
その言葉を聞くと、騎士達の顔がすっと真剣になったのが見てとれた。
騎士達の剣捌きはとても見事なものだった。
強靭なパワーを持つ者、相手の隙を突くのが上手い者、小柄な体を生かして華麗に攻撃を避ける者。
使っているのは木刀だけれど、さすが侯爵家直属の騎士団だ、とても強いのが素人目にも分かる。
中でも騎士達と剣を交えながらも、決して負けること無くアドバイスまでこなしてしまう団長の強さには目を見張るものがあった。
(やっぱり、強さを求めるなら団長さん?でも、、、)
迷っているうちに昼休憩も終わり、とうとう列の最後尾にいたルークの順番が回って来た。
互いが剣を構えた一瞬、ピリッとした独特の緊張感がその場を駆け抜ける。
瞬間、ルークが一歩前に踏み出した。
カン、カン、カン、と剣を交える音が空気をビリビリと震わせる。
(他の騎士たちも充分にすごかったけど、、、私でも分かる、ルークは何か違う)
思わず息を呑む。
近くにいた騎士が教えてくれた。
「ルークには光るものがあります。まだ入ったばかりで荒削りですが、あれはいずれ国内の騎士で最も強くなるでしょうね」
(そんなにすごい騎士だったなんて)
きっと才能だけじゃない。誰よりも早く練習場で鍛練に励む向上心、誠実さ。その全てが彼の強さに結びついている。
結局一瞬の不意を突かれてルークは負けてしまった。
それでも、私の背中にはぞくぞくとしたものが駆け巡る。
(見つけた、、、!求めていた存在を!)
私が彼に目を奪われている隙に、近くから数人の騎士の声が聞こえてきた。
「平民が調子に乗りやがって」
「どうせチヤホヤされるのも今だけだ。今に俺たちとの壁を思い知るさ」
(ちょっと…!)
前に出ようとした所で、目の前の手に静止された。
見上げると、いつのまにか側に立っていたらしい。
「エミリア様、ありがとうございます。でも貴方様が何か仰る必要はありません」
「でも、、、!」
「いいんです。ああいうのは口で何か言うよりも、態度で示したほうがいい。俺は、絶対に強くなります。今より、もっと」
冷静な彼の目に静かに灯る炎を見て、私の決意は完全に固まった。
(彼なら、絶対に負けない)
「ルーク、お願いがあるの。…私の護衛騎士になって」
まっすぐ彼の目を見てそう伝える。
「いいん…でしょうか。俺みたいな平民の半端者がエミリア様の護衛騎士だなんて」
「平民が半端者だなんて誰が言ったの?それに、私はルークがいいの。ルークに、私を護ってほしい」
我ながら強気に出るなんてらしくないな、と心の中で苦笑する。
それでも私は彼がいいと、そう思ってしまったのだ。
「精一杯…お護り致します。命に替えても、必ず」
ルークが私の手を取って、その場に傅く。
「うん。よろしくね、ルーク」