判明してしまいました
アンリが言っていた、ガーデンシュタイン家の中がいいと言うのは本当だった。
あの後朝食を取るために食堂に向かうと、そこではエミリアの父親と母親が椅子に座って待っていた。
どうやら毎日一家揃って朝食を取っているようだ。
ちなみに不在だったエミリアの兄とやらは、ちょっとした遠征でしばらく家を空けているらしい。
2人は食事をしながらエミリアに対してにこやかに話しかけてきた。
当の私はというと、今朝からの記憶しかない上にうかつなことは言えないので、張り付いた笑顔で当たり障りのない返事をすることしか出来なかったけれど。
収穫があったとするならば、エミリアの両親のエミリアへの甘さは、悪役令嬢へのそれとは違うということだろうか。
(となると後は、メインヒロインかモブだけど…。うーん、全然わからないなぁ)
そんな私はさらなる手がかりを探すため、この侯爵家にある書庫へと歩いている。
「ここね」
私は重厚なドアノブに両手をかけて、ゆっくりと手前に引いた。
「わあ、、、!」
まず目に飛び込んで来たのは、吹き抜けになっている書庫の壁一面に取り付けられた本棚だった。
そこには沢山の分厚い本がぎっしりと納められている。
壁以外の場所にも等間隔で本棚が設置されていて、そちらもやはり本で埋め尽くされているようだった。
ところどころに見上げるほどの高さのはしごや螺旋階段があって、この広い書庫の本の数の多さが至る所で如実に現れている。
(すごい、さすが侯爵家…!)
思わず胸がときめく。
前世から無類の読書好きである私は、図書館や本屋など本に囲まれた場所が大好きなのだ。
お陰でモチベーションが爆上がりした状態で資料探しに取り掛かることができる。
「さて…とにかくまずは、この膨大な資料を読み漁るところからね」
私はドレスの袖をぐいっと腕まくりして、勇み足で本棚に向かった。
片っ端から本を読んでいくうちに、大きく分けて3つのことがわかった。
ガーデンシュタイン侯爵家のあるヴィンドール王国は、約1000年も前から続く伝統ある国だということ。
この世界には中心に大きな国が1つあって、ヴィンドール王国はその周りを取り囲む国々の1つだということ。
そして、この世界には魔法や精霊のような概念は存在していないということ。
特に最後のは重要だ。
この世界の世界観をかなり絞り込むことができる。
だけど。
「うーん…いまいちピンとくるような情報はないなぁ」
歴史書はその特性故か古いものが多く、最近の情報はあまり載っていないようだった。
(攻略対象になりそうなこの国の有力貴族の名前も、苗字だけじゃよくわからないし…。ここは一旦アンリに聞いてみたいところだけど、既に少し怪しまれてる気がするしなぁ)
うーんと頭を悩ませてせいると、誰かが書庫のドアを開ける音がした。
「お嬢様、朝からずっと書庫で探し物をしているのも疲れたでしょう。そろそろお昼にいたしませんか?」
どうやらアンリがわたしを気遣って声をかけてくれたようだ。
「そうしましょう。今行くわ」
行き詰まっていたところに気分転換の申し出はありがたい。
私はアンリの提案を受けることにした。
両親は用事で出掛けていていないようだからと、アンリは庭の一角、普段はティータイムなどに使われているらしい場所に昼食を用意してくれた。
こちらの気候はよくわからないけれど、日本でいうところのまだ冬なのだろうか、少し肌寒いためストールを羽織って庭に出た。
「わあ、、、!」
庭には赤や黄色、ピンクなど、色とりどりの花が咲いていてとても美しい。
庭師の手によって丁寧に手入れされているであろうそこは、まるで別世界のような錯覚さえ感じさせる。
とにかく、それほどまでに美しい場所だった。
昼食のあるテーブルに辿り着くと、そこには沢山のサンドイッチやスコーン、ジャムなどが用意されていた。
どれもとっても美味しそうで、思わず腹の虫が鳴る。
「お好きなだけお召し上がりください」
「ありがとう…!それじゃあ、いただきます」
まずはサンドイッチから食べようと、私はそれを手に取った。
みずみずしいレタスやトマト、美味しそうな薄切りのハムがパンの隙間から顔を覗かせている。
この世界の食材はもといた世界と変わらないのだな、などと思いつつ私は手に持っているそれを口に運んだ。
「!」
レタスのシャキッとした歯応え、新鮮なトマトの甘さ、ハムの薄切りながらもしっかりと伝わってくる肉厚さ。
社畜時代はこんなに美味しいものを食べる暇はなかった。今初めて転生してよかったって思えたかもしれない。
あっという間にサンドイッチを食べ終え、次はスコーンに手を伸ばした私は、私を見てにこにこしているアンリと目が合った。
(そうだ、アンリにこの国のことを聞かないと)
口を開きかけたその時、アンリがふとどこかを見て「あ!」と声を上げた。
「お嬢様!ほらあそこ…!」
この場所からは屋敷の外の景色も見ることができる。
アンリが見ていたのも、まさに外の景色だった。
私はそこを馬車が通るのを見た。
そして、その中にいる人物たちの顔も。
通り過ぎていく馬車の中には2人いた。
1人は濃いグレーの髪に赤い目の、凛々しい表情をした男性。
そしてもう1人は、黒い髪にこれまた赤い目の、少し挑発的な笑みを浮かべた男性。
どちらも顔立ちが整っていて、いわゆる美男子というやつだ。
普通だったら、こんなイケメンを見たら色めきたつところだろう。
でも私は違った。
全身から嫌な汗が吹き出して、手に持っていたスコーンを皿にボトリと落としてしまう。
体がわなわなと震えていて、自分では止められそうにない。
「お嬢様、どうかされましたか?」
私を心配するアンリの声も、もう私の耳には届かなかった。
この世界がどこなのかわかってしまった。そして自分が何者なのかも。
ここは前世私がプレイしていた乙女ゲーム「情熱の終焉」の世界で、あの2人はこの国の王子で攻略対象だ。
そして私はメインヒロイン。悪役令嬢でもなくヒロインだなんて、普通なら喜ばしいことだろう。
でもこの世界では違う。
このゲームは、何をどうあがいてもエミリアを待ち受ける結末は決していいものではないからだ。
攻略相手が誰でもバッドエンドならもちろん死亡、ハッピーエンドですら心中や亡命エンドなど、とにかく救いがない。
公式はメリーバッドエンドこそ美しい、なんてコンセプトで発表し、乙女ゲーム愛好者の中では議論が巻き起こるなど、界隈を揺るがせてきた問題作とも言えるだろう。
そしてそのヒロイン、エミリアに転生したということは。
(うう、いっそ悪役令嬢の方がマシだったかも…)
2度目の人生、既に詰んでいるかもしれません。