あなたのこと
ルイセーヌ様が男達を処理している間に、私とアルガード、ルークは温室の外に出た。
「俺も、ルイセーヌ様を手伝った方が良いでしょうか」
「必要ない。ルイセーヌはああいったことに長けているから」
まだ少し殺気の滲む声で、アルガードはルークと話している。
私の視線に気づいたアルガードは、ようやく瞳に穏やかさを戻して微笑んだ。
「大丈夫、殺しはしないよ。ちょっと色々質問するだけだ。
……すまないね、エミリア。君に嫌なものを見せた」
「いえ……。初めてではないので」
「はは、そういえばそうだね。でも、どちらにせよ見せたいものではなかったから」
すまない、ともう一度繰り返すアルガードの表情には、心からの心配の色が浮かんでいる。
いつもなら本心はわからないけれど、アルガードがこういう時に相手を気遣えない人ではないことくらいは、私も知っている。
私はその色を払拭したくて、いつもより明るく微笑んでみた。
そのまま、なんとなく気まずい空気が流れる。
聞きたいこと。色々あるけれど、それは私が踏み込んで良いことなのかわからなくて、ずっと喉の奥に溜め込んでいる。
私達の様子を見て何かを察したらしいルークが、やっぱり様子を見てきますと言って、温室の中に戻って行った。
再び沈黙が落ちる。
「別に、隠していたことではないんだ」
先に切り出したのは、アルガードの方だった。
「国家機密という訳ではないし、調べればすぐにわかることだからね。単純に話す機会がなかっただけだよ」
アルガードの出生のことを言っているのだと、すぐに想像はついた。
きっと私が気になっていることを悟って、自ら話を振ってくれたのだろう。
私はその厚意に甘えて、おずおずと尋ねてみる。
「……殿下のお母様は、どのような方なんですか?」
アルガードは遠い空を見つめた後、ゆっくりと話し出した。
「母上は異国の踊り子で、王宮に参上して舞を踊った際に父上ーー帝に見初められて子供を身籠ったんだ」
それが俺だよ、とアルガードは言った。
「帝の血を引く子を身籠ったのだから、簡単に王宮の外に出す訳にもいかない。けれどすでに王妃はいたし、王国で側室は認められていないからね。まあ結局、妾のような存在に落ち着いたんだ。妾は先代の王にもいたし、特段変わったことでもない」
妾。公的ではない存在ーー言うなれば、帝の愛人。
「母上は美しく、聡明で、使用人に対しても優しく振る舞い、いつもにこやかに笑っているような方だった。少し身体は弱かったけれど、皆からの信頼も厚く、母上がいるだけで皆が笑顔になる……そんな人だったよ」
アルガードの目には、懐かしさが灯っている。
「だけど母上が身籠ったとき、王妃はまだ1人も身籠ることができていなかった。俺が帝の第一子、その上男児だったんだ。城の者達の関心は当然、王妃から王子とその母親に移る。そして王妃の怒りは、妾とその息子に向けられた」
そう言って今度は鋭く目を細める。
その瞳は、微かに揺れていた。
「部屋の前に残飯を撒かれたり、頻繁に脅迫状が届いたり。誰の仕業かなんて皆わかっていたけれど、使用人たちは止めることができなかった。何せ、相手はあの王妃だ」
「王妃に対抗してくれた使用人もいた。だけど軒並み暇を出されたよ。他の貴族にその使用人達を雇わないよう圧力までかけて」
アルガードが微かに拳を握りしめる。
私がやっとの思いで出した声は、震えていた。
「こ……皇帝陛下は?実の息子達を、守ってくださらなかったのですか……?」
縋るように言ったけれど、アルガードは黙って首を横に振った。
「あの男は妃にすら碌に興味を示さないんだ。妾とその子供に何かしてやる情なんてあるはずがない。あの男の気まぐれで誰がどんな道を辿ろうと、あの男にとってはどうでもいいことなんだよ」
何も返すことができなかった。
これ以上口を開くのも憚られて、じっと黙って続きを待つ。
「使用人達のことは許せないが、嫌がらせに関しては肉体的な実害はなかったからまだ良かった。けれど、そのうち王妃にも男児が生まれた。そして王妃は王位の第一継承権を持つ俺が邪魔になり、殺そうと考えた。とはいえ王妃ほどの身分であっても、そう易々と王子に直接手出しは出来ない」
だからこうやって刺客を送ってくるようになった、とアルガードは締め括った。
話を聞いているうちになんとなく予想はついていた。
けれど、まさか本当に王妃から命を狙われているなんて。
「……すまない、そんな顔をさせたかった訳ではないんだ」
アルガードが私の頬をそっと拭う。
いつの間にか、涙がこぼれ落ちていた。
「っ……。ごめんなさい。私が泣くべきことではないのに……」
「どうして謝るんだい?」
アルガードの声はとても優しくて、だからこそ胸が締め付けられる。
アルガードは優しい。取り繕っている部分も多いけれど、上辺だけではなくて、本心から相手のことを慮れる。
こんな優しい人が耐えてきた仕打ちを、そのせいで付けられた心の傷を思うと、涙はどんどん溢れてくる。
泣きじゃくる私の頭を撫でながら、アルガードは言った。
「エミリア、俺は嬉しいんだ。母上が亡くなってから俺のために泣いてくれる人なんて、久しくいなかったから」
ありがとう、と囁く彼の声は私をあやすような響きがあった。
たまらず、私はアルガードに抱きついた。
かすかに息を呑む音が聞こえてきたのち、そっと後ろに手を回される感触がある。
たとえ婚約者未満でも、少しでも彼の心の拠り所になりたい、そう思った。
10分ほど経って、泣き止んだ私はアルガードの隣で頭をぐるぐるさせていた。
(うわあ、うわあ……!!)
思えば自分から殿方に抱きつくなんて人生初だ。
というか明らかにはしたない行動だった気がする。どうしよう。
アルガードの横顔は穏やかで、おそらく気まずいのは私だけだと思いつつも、この状況をなんとかする手立てはないかと思考を巡らす。
そこでようやく、先程街で手に入れた物の存在を思い出した。
考えるより先に行動してしまえ、そんな半ばやけくそな思いで言葉が口をついて出た。
「殿下!その……贈りたいものが、あるのですが」
我ながら急すぎやしないだろうか。そんなはらはらした私の思いとは裏腹に、アルガードは優しく微笑んだ。
「それは嬉しいな。何を用意してくれたんだい?」
私は慌てた手つきで小さな箱を取り出すと、アルガードにそれを渡した。
アルガードがそっと箱を開ける。
「これは……ブローチ?」
その中には、透き通った淡いグリーンの大きな宝石をあしらった宝飾品がひとつ置かれていた。
宝石の周りは細やかな金属細工で縁取られ、細い銀色のチェーンがその下に連なっている。
「今日、街で見かけて購入しました。エメラルドかと思ったのですが、ご店主の方いわくトルマリンだそうです」
高級店が連なるあの街には、言わずもがな宝石店もたくさん存在する。
アルガードを待つ間、ショーウィンドウで見かけたこの宝石に心惹かれたのだ。
「それから、殿下ならご存知かもしれませんが……ご店主の方が言うには、エメラルドやトルマリンは色鮮やかで濃い方が一般的な価値は高いとされているそうです。ですが、」
慰めようだとか、そんなおこがましいことを思った訳ではない。
むしろ、この話を聞いてアルガードがどのように受け取るのか怖くさえある。
それでも自分が勢いで行動したものを即座に止められるほど、私は器用ではなかった。
ただ、
「私は、この色がいちばん綺麗だと思ったんです。殿下の瞳の色だから」
あなたが、私の髪の色を綺麗だと言ってくれたように。
私もあなたの瞳の色が好きだと、そう伝えたかった。
アルガードはかすかに目を見開いたあと、口元を綻ばせた。
「……ありがとう。この目の色は母親譲りなんだ。俺の、誇りだよ」
そう言って優しい目をするアルガードの様子にほっとする。
私は和やかな気持ちで彼に笑みを向ける。
これ以上ないくらい穏やかな時間が流れていた。
「さて。問題もある程度片付いたことだし、そろそろきみを伯爵家に送ろう」
もう少しの間お喋りを続けたあと、アルガードはおもむろにそう言った。
そのままこちらに優しく手を差し出す。
「おいで、エミリア」
その瞬間、なぜか妙に懐かしい心地がした。
(……?)
不思議に思いながらも、気のせいだろうと思い彼の手を取る。
空にはオレンジ色の夕日が眩しく輝いていた。




